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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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25. 豪華な肩書きに驚かされました

 レナルドの手は、ファスタール伯爵の腕を力強く握っていた。


「手を放せ! 護衛騎士は何をしている!?」


 突然目の前に現れたレナルドに、ファスタール伯爵も驚きを隠せない。

 ファスタール家で雇っている護衛騎士達がここまで不審者の侵入を許したのかと、慌てて廊下に向かって叫んだ。

 

 だが、開け放たれた扉の奥、廊下にはキースが立っていた。



(ああ。キースがここまで、彼を連れてきたのね……)



 レナルドはファスタール伯爵がクィンに殴りかからないように確認しながら、そっと握っていた腕を解放した。

 そして、ファスタール伯爵に向き直って口を開いた。


「護衛騎士は呼んでも無駄です。ここに、私に勝てる者はいませんので」

「何だと? ……お前、その制服は……!?」


 レナルドを訝しげに見た伯爵だったが、彼が着ている制服を見て、目の色が変わる。


 彼が纏っていたのは王立騎士団の制服。

 しかもそれは、騎士団の制服の中でも、式典などでしか見ることのできない特別なものだ。飾緒もあり、袖口など細部に至るまで煌びやかな装いは、ただでさえその髪の色で輝きを放つレナルドをさらに輝かせていた。


 ほぼ彼の背面しか見えていないクィンでさえも、その神々しさには目も当てられない。


(っ……背中越しでこのかっこよさ、反則すぎない!?)


 クィンが呆気に取られている中、レナルドはファスタール伯爵に対して礼をした。


「申し遅れました。私の名前は、レナルド・コーネリウス。ジャンヌ・マリアージュでクィン嬢の相手に指名された者です」


 レナルドは改めて名乗り、正式に挨拶を済ませる。


 名前を聞けば、この不審者が誰であるかは理解できただろう。

 しかし納得はできない。……できるわけがない。


「まさか! お前は囚人のはずだ! それが何故、王立騎士団の制服を着てここにいるのだ!?」


 まだ興奮冷めやらない様子の伯爵は、怒鳴り散らしながらレナルドに尋ねた。

 その質問は、クィンも疑問に思ったところ。

 伯爵とクィンは、二人でレナルドの答えを待つ。



「……本日、王立第二騎士団の団長職を叙任いたしました」


 レナルドはその証として、帯刀していた剣を鞘ごとファスタール伯爵に差し出した。

 伯爵は彼の圧に少したじろぎながらも剣を受け取り、その柄に施された金色の模様を確認する。そこには間違いなく、金の昇り龍が描かれており、それは王立騎士団団長のみが持つことを許された剣を意味する。


「……っ」


 模様の細かさ、鮮やかさをみれば、その剣が模造品でないことは一目瞭然で、伯爵は反論の言葉を失う。

 だがレナルドは、さらに驚かせる発言をする。



「そして……コーネリウス家当主に復権し、本日、公爵位も叙爵して参りました」



(………………!?!?)



 レナルドの口から出てくる話があまりに突飛すぎて、クィンの頭がパニックを起こす。

 目の前にいるのは、地下牢で会っていた囚人のレナルドに間違いない。間違いないのに、次々と出てくるその肩書きはクィンの知るレナルドが持つものとは思えない。


 身に纏った制服やその語気からレナルドの話が嘘ではない、とは思うのだが、いかんせんその肩書きがあまりにもすごすぎて、理解するのには時間がかかった。



(騎士団長に、公爵位ですって……? 何をしたらそんな豪華な肩書きに……)



「何を馬鹿な!! 囚人であるお前が何故そんな、」

「クィン嬢のおかげです」


 突然名前が挙がったが、果たして自分が何をしたのかとクィンは困惑する。

 レナルドは困惑する彼女を見てフッと笑った後、伯爵に説明をした。


「クィン嬢が私を檻から出してくれました。……勇気がなく、地上に出ることを恐れていた私の背中を押してくれたのです。そして、陛下に拝謁したところ、先ほど申し上げた任をいただいたというわけです」


 陛下が何で、と伯爵が言いかけたところで、クィンが言葉を添える。


「彼は冤罪だったのです、お父様」


 それが全ての始まりだ。

 そのことを説明しなければ、伯爵は納得しないだろう。


「陛下もそれをご存知でした。しかし、十年前の陛下はまだ若く、冤罪の彼を救うことが出来なかったのです」


「現在の陛下は、私が思っていたよりもとても大きく、素晴らしい王となっていました。囚人だった私にこのような任を授けてくれた陛下には、感謝しかありません」


 レナルドは自身の胸に手を当てて陛下とのやり取りを反芻し、そして、と話を切り替える。


「……恐れ多くも陛下から、あるお言葉もいただいて参りました」


 ここまでの発表だけでも驚き疲れたというもの。

 これ以上何を投下するのかと、そこにいる全員がレナルドの次の言葉を待った。



「私がもし、ファスタール伯爵家ご令嬢、クィン・ファスタールを妻に貰い受けたいのなら喜んで協力する、とのことです」



 突如浮上したレナルドとの結婚話に、ファスタール伯爵はもちろん、当事者であるクィンも目を丸くしていた。


***


 話は少し遡り、レナルドが地下牢から出たときのこと。

 ゆっくりと階段を上った先、久しぶりの地上では、ユリウス宰相とジャンヌ様が待ち構えていた。


「! あなたは……」


 ともすれば脱獄の瞬間とも取られかねない場面だが、目の前のユリウス宰相は兵士を連れておらず、ニコニコと笑っているジャンヌ様が立っている。

 それが意味するところを、レナルドはすぐに察しがついた。


「……やはりあなたの差し金でしたか、ジャンヌ様」


 クィンは“ある方”と濁していたが、地下牢の鍵を持てる人間は限られている。

 何より、レナルドが冤罪だといまだに信じている、もしくは知っている人間は少ないのだ。

 その二点とも条件を叶えられる人間と考えたとき、レナルドが思い付いた中にジャンヌ様が含まれていた。


 地下牢への入り口近くで久しぶりに相まみえれば、その予想が当たっていたのだとレナルドは腑に落ちた。



「元気そうだな、レナルド」

「はい。ジャンヌ様も、お変わりないご様子で」


 まだ騎士だった頃にジャンヌ様と対面していたレナルドは、十年たった今でも変わらぬ姿を見せるジャンヌ様に真顔で返した。


「レナルド、少し目を瞑れ」

「? はい」


 突然そう言われ、不思議に思いながらもレナルドは目を閉じる。

 閉じられた瞼に、ジャンヌ様は手をかざした。


 レナルドがそのまま待っていると、目がぽうっと温かい空気に包まれる感じがした。何をされているのかは分からないけれど、まるで目の疲れが取れていくような温かさに、レナルドは癒されていく。


 数秒後、ジャンヌ様からもうよい、と言われてレナルドはゆっくりと目を開けた。

 ぱちぱちと瞬きをすると、心なしか目の負担が軽減されているような気がする。



「……長く地下牢にいたお前の目には、光の刺激が強すぎるだろう。お前の目が失明なんてことにならないよう、少しだけ力を使わせてもらった」


 十年振りに太陽の下に出るレナルドの目を心配したジャンヌ様。先手を打って彼の目に細工を施したようだ。


「ああ、助かります。ありがとうございます」


「それじゃあ行こうか」


 すうっとジャンヌ様は歩き始めたが、行くとはどこにだろうか。

 しかし、レナルドがその疑問を口にする前に、ジャンヌ様は答えを言う。


「行くのだろう? 陛下のところへ。お前はまだ囚人の身だからな。私が先導し、陛下に謁見を願い出る」


 疑問を口に出す前に答えが返ってきたこともさることながら、ジャンヌ様がしようとしていることにもレナルドは驚いた。

 囚人のレナルドを陛下に会わせてくれると言うのだ。


 檻から出した囚人を野放しにするのは危険だ。それに、後ろ盾がなくては囚人が陛下に目通りすることも難しい。

 一応クィンがマクミランを残してくれたが、いくらマクミランが優秀でも、王宮内で力を持たない彼では出来ることにも限界がある。


 全てを鑑みた上での行動だろう。



「どこまでがあなたの予想の範囲内ですか」

「…………全てだよ」


 振り向きながらにこやかにそう答えたジャンヌ様を見て、神の声も聞けるという聖女に投げるには愚問だったか、とレナルドは苦笑する。

 レナルドは抗うことなくジャンヌ様に付き従い、陛下のいる謁見の間に向かった。

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