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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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22. あなたの嘘は通用しません

 クィンが降りてくる足音に気づき、地下牢にいた全員が階段に目を向けた。


 アナスタシア、ナビア、マクミランの三人は動揺を見せ、レナルドだけが冷静にクィンの姿を捉えた。

 前半の三人にとってはあり得ない人がそこにいるのだから動揺するのも無理はない。クィンは今、自室で絶対安静かつ無期限軟禁中のはずなのだから。



「え、クィン!? 何で!? 部屋から出られないんじゃなかったの!?」


 最初に声を上げたのはアナだった。

 檻から離れたところでナビアと二人で立っていたアナが、驚きいっぱいの顔でクィンに近寄って行った。


「まあ、ちょっと……」


 ジャンヌ様のことを説明するのは後でいい。

 今クィンがするべきことは、一つだ。


「ちょっとって何? それに怪我はまだ、」

「ごめんなさいアナ。……説明は後でするから、レナルドと二人で話をさせてくれない?」


 クィンは申し訳なさそうに、しかしその目には強い意思を持って、アナにお願いをした。

 アナはクィンの目の奥にある何かを感じたようで、不本意そうにしながらも、分かったわ、と返事をした。



「ただし無理はしないでね? まだ体調も万全じゃないんだから」

「ええ。ありがとう」


 怪我のことを心配してもらえるのを嬉しく思いつつ、クィンはナビアに、アナをグラハムの邸宅まで送り届けるように命令した。


「私、ここには馬車を使わずに来たから、アナを送った後でまた戻ってきて欲しいの」

「はい? 馬車を使わずに、ってお嬢様はどうやって王宮まで来たのですか」

「それもまた後で説明するわ。だから今は、何も聞かずにアナを連れて行ってちょうだい」


 ナビアからも質問を受けたが、クィンはそれも後に回した。


 クィンからの命令を受け、ナビアはアナと一緒に地上へ戻った。きっとアナ同様にクィンのことが心配で堪らないナビアは渋々といった様子だったが、それでもナビアとアナを地下牢から出すことができ、残ったのはレナルドとマクミラン。

 これでようやくクィンがレナルドと面と向かって話す準備が整った。

 


(ふう……。ここからが本番ね)



 無意識に握りしめていた鍵を見つめた後、クィンは静かに歩を進め、レナルドの檻にかけられた錠前をもう片方の手で持ち上げる。



「クィン? 何をしている」


 いきなり来て、錠前を持つなんて不思議な行動をとるクィンに、レナルドが声をかけたがクィンの耳には届かない。



(これを開けて……レナルドを外に……)



 檻の中にいるのがレナルドで、彼が何の罪も犯していない囚人と知っても、檻の鍵を開けるとなると緊張感がある。

 それはきっと恐怖ではなく、初めて近づくことへの不安と、高揚。


 今まで二人の間に隔たっていた檻がなくなる。

 この鍵を開けたら、お互いは眼前で向かい合う。


 話そうとしている内容が内容なので、レナルドに怒鳴られる可能性も高いわけだが。

 そんな可能性を吹き飛ばすくらいの高揚感が、クィンの心を占め始めていたのだ。



 錠前に鍵を差し込み、回転させるとガチャッと音がしたと同時に、檻にかけられた錠前が外れた。


「「!?」」


 開くはずのない鍵を開けられて、レナルドとマクミランは驚きを見せる。


 クィンは外した錠前をそっと地面に置き、ゆっくりと檻の扉を開け、中へと一歩を踏み出した。



「止まれクィン!」


 地下牢に響く低い声で名前を呼ばれ、クィンは動きを止めた。体はまだ檻の外だ。


「……そんなに大きな声を出さなくても聞こえます」


 やれやれ、と言わんばかりにクィンは苦笑する。


「なぜそこの鍵が開けられた」

「……ある方に、ここの鍵をいただきました」

「何だと?」

「それからそのある方から、頼まれごとをしました。……あなたを檻から出して欲しいと」


 自分に牙を向けるレナルドに対しても怯まず、クィンは凛とした態度を見せる。

 同じ檻の中に入って欲しくなさそうにしながらも、レナルドは口を閉じた。それを確認し、クィンは完全に檻の中へと入った。

 またすぐに怒鳴られるかと思って少し身構えながら入ったけれど、クィンが言い放った“ある方”が誰のことなのかを考えているようで、二度目の怒鳴りは起こらない。


「今思えば、ここに兵がいない点やこの地下牢へ続く扉に鍵が掛けられていない点で気づくべきでした。囚人を捕らえているというのに、ここの警備は薄すぎます。おかげで自由に出入りが許されていたわけですが。……あなたが冤罪だったと聞けば、それも納得です」


 そんなことを言いながら、クィンはレナルドに向かって真っ直ぐ進み、腕を伸ばせば触れられるくらいまで距離を縮めていった。そして、レナルドの前に到着する。

 来客がある場所ではないので手頃に座れる椅子があるわけもなく、クィンはその場に立ったまま。レナルドがベッドに腰をかけているので、致し方なくクィンがレナルドを見下ろす形になった。


 ……クィンが目の前に来てもレナルドは顔を上げない。目も合わせないつもりなのか。

 レナルドの心中が掴めないまま、クィンは話を続けた。



「レナルド、あなたの過去を聞きました。今なら、先日マクミランがあなたにかけた言葉の意味が分かります。冤罪であるあなたはいつまでもここにいるべきではありません。ここから出て、自由になってください」

「…………」


 レナルドは何も答えなかった。

 てっきり即座に断られると思っていたクィンは拍子抜けし、思わずクィンも黙ってしまう。


「…………」

「…………」


(えっと……? レナルドは今何か考えてるのよね? 黙ってた方がいい? それとも何か説得するような言葉をかけた方がいい?)



 沈黙しながら、クィンは次の一手をどうするべきか考えていた。


 すると、レナルドが重い口を開いた。



「……俺は一生、ここから出ない」

「あなたは謀反なんて企んでいないのでしょう?」


 やっと戻ってきた返事は予想通りのもので、クィンはすかさず反論する。


「いいや。俺が全てを、」

「嘘です」


 レナルドもクィンに反論しようとしたが、クィンはそれを最後まで言わせなかった。

 ジャンヌ様に真実を聞いた今、レナルドの言うことが真実でないことは明白だ。


(誰かを守るための嘘なんて、私には通用しない)


「なぜそんなバレバレな嘘をついたんですか? 反逆罪の自白だなんて、一歩間違えれば処刑されていたはずです。“殺されるかも”と言う恐怖があなたにはなかったんですか?」


 レナルドを見下ろしながら、クィンは強気で質問を投げた。表情が見えないから強気に出れたというのもあるかもしれない。

 誰かのために自白をしたレナルド。死にも繋がりかねないその行動には勇気がいるはずで、クィンは疑問に思っていた。


「それとも、殺されはしないという絶対の自信があったのでしょうか?」


(例えば、処刑の可否を決める権力者の中にレナルドを支持する味方がいたとか)


 クィンが重ねる質問に、レナルドはまただんまりだ。

 いつもならテンポ良くできる会話が、今日はひどく噛み合わない。


 再びそこに沈黙が流れ、レナルドは静かに語り始めた。


「陛下は……まだ小さかった」

「はい。十三歳、でしたね」

「まだ成人もしていない」

「そうですね」


 紡がれる一つ一つの単語たちに、クィンは丁寧に相槌を打つ。


 無理矢理彼の口を破らせているので、順序立てられた綺麗な話が聞けるとは思っていない。少しくらい遅くて、辿々しくても、しっかりと話を聞こう。クィンはそう決めていた。


「俺は陛下の騎士として生きると決めていた。コーネリウス家に生まれた者の宿命に従って生きると」

「はい」

「両親が亡くなっていることは話したな?」

「はい、聞きました」

「コーネリウス家当主だった父が突然亡くなったため、俺は四歳で当主に任命されたんだ」

「はい……え!?」


 淡々と相槌を打っていたクィンだが、これにはつい驚きが出てしまった。

 当主が亡くなって息子が後を継ぐのは不思議ではないが、さすがに四歳で当主になるなんてあり得ない。政治の“せ”の字も分からないような子供に当主の大役が務まるわけがない。


「まあ、当時実際に家のことを回してくれたのはマクミランだがな。あと俺が成人するまでは叔父が後見人になってくれてたから、貴族会議や表向きの場には叔父が当主代理として出ていた」

「そうだったんですね」


 叔父が当主になれば良かったのでは、と思わなくはないが、正式な跡取りはレナルドで、元王女を母に持つレナルドは王族の血も引いているから、彼を推す声の方が強かったのだろう。

 そしてきっと、レナルドの叔父も当主になるつもりがなかったんだろうな、とクィンは思った。


(なんだろうこの……既視感。当主になれる人がいたのに、まだ幼い子供を当主にするって…………あ)


 クィンは頭の中でもやもやしていたものを探る。記憶の中に答えを見つけると、その瞬間さぁっと視界が開けていくようだった。


 既視感。

 あるはずだ。


 だってこれは。


「……似ていますね。陛下とあなた。と、あなたと叔父様の、関係性」



(だから自然と、あなたの叔父様が当主になるつもりがなかった、って思えたのね私……)


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