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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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21. 歴史の裏側を知りました

「謀反を企んだのは、王権の弱体化を恐れた貴族達と、レナルドの部下だ」


 王権の弱体化?、とクィンの頭上にはてなが浮かぶ。

 ヴィラント国は周辺国の中では一番大きく領土を占める国であり、ここ数年は周辺国からも攻め入られないほどに安定した強さを持っているはずだ。この国に“弱い”という単語は不釣り合いだ。


 クィンの疑問を解消させるため、ジャンヌ様は問題を出した。


「現王が即位したのは何年前で、何歳の時だったか分かるか?」

「はい。即位されたのは十一年前、前国王陛下がご病気で亡くなられ、まだ十三歳だった王太子殿下が国王に即位されました」


 国の歴史は、才女になるために勉強していたクィンには簡単すぎる問題だ。


「では、十三歳の子供が治める国は、強いと言えるか?」

「? ……陛下は幼いながらにしっかりと国を治められ、そのおかげで今のヴィラント国があると、」

「模範解答だな」


 まるで教科書に載っている文章のような発言をしたクィンに、ジャンヌ様は釘を刺す。


 教科書は一辺から見た歴史でしかない。

 そこに書かれていない、裏側に隠された歴史もあることを知るべきだ、と。



 十三歳の子供が国を治めることに不安を抱く貴族達。

 そこに都合よく、当時最強の騎士として君臨したのがレナルド・コーネリウスだ。彼もまた当時は十八歳と若かったが、歴代最年少で騎士団長を務め、人望も厚く、人の上に立つ素質が十分にあった。

 そして幸か不幸か、レナルドの母は前王の妹。つまり、元王女であった。

 元王女でも降嫁された時点で王族ではなくなるため、息子のレナルドに王位継承権が与えられることはない。

 だから、彼に白羽の矢が立つなんて誰も予想していなかった。


 ……幼い王太子が即位したことを周辺国に知られ、国境侵略を目論む国が増え始めたとき、レナルドは騎士団長として自ら戦地に赴き、多くの戦果をあげた。

 そこであることが発覚する。



―――レナルドは、強すぎた。



 しかも、戦果を上げれば凱旋の数も増える。凱旋を重ねていくごとに、彼は街々で暮らす民の間で有名になっていった。

 その圧倒的な強さと透き通る金髪が風になびく凛々しい姿から、民はいつしか“勝利の獅子”という異名でレナルドを呼び始めたとかなんとか。


 れっきとした王族であっても、幼く、何の実績もない陛下。

 王位継承権はないが王族の血が流れており、その強さでいくつもの戦果を上げ、部下に慕われ、民にも親しまれる若き騎士団長。


 どちらが玉座に相応しいかと考えたとき、貴族達の意見は二つに割れてしまった。



「勿論、レナルドは玉座に興味はなく、貴族達から言い寄られても断っていたのだがな。貴族達もそこで止めればいいものを、馬鹿な奴らがレナルドに黙って謀反の計画を立てていた」


 本人の知らないところで自分を玉座に据えようとする謀反が画策され、貴族達が下手をしたせいで、やってもいない罪を着せられたというのか。

 クィンは呆れと、少しの憤りを感じた。

 そして彼女の脳内には、なぜか、という疑問が次々と湧き上がる。


「でもどうして……。ジャンヌ様が冤罪だと仰れば、彼はあそこから出られるのではないですか? そこまで分かっていて、なぜ彼は今も地下牢にいるのです?」


 その疑問は確かに真っ当で、話を聞く限り、レナルドの置かれている状況は理不尽極まりない。


 その質問に答えるべく、ジャンヌ様は二つの理由を挙げた。


「まず第一に、レナルドは嘘の自白をしている。そして第二に、地下牢に入ったのはレナルド自身の意思だ」


 一つ目。

 最初こそ否定をしていたレナルドが、尋問される中で意見を変えた。やってもいない罪の自白を行ったのだ。本人の自白ほど罪を立証できるものはない。


 そして二つ目。

 罪の自白は……レナルドが罪を被ることで守れる人がいたから。ジャンヌ様は、馬鹿な真似はするな、とレナルドを諭したが説得は出来ず。それでもレナルドが無罪だと主張する者と、本人の自白もあるのだから有罪だと主張する者とで王宮内は混乱が一層激化した。それを知ったレナルドは、自ら地下牢に入る選択をした。



「……反逆罪となれば通常処刑されるが、レナルドの場合は自ら進んで地下牢に入り、一生を檻の中で過ごすと宣言した。だから、処刑はしない方向でようやくこの件は落ち着いた」



 ジャンヌ様が教えてくれた話は、現実離れしていてにわかには信じ難かった。

 それでも、レナルドが反逆罪を犯したとする話よりはよほど信じられる内容である。


 この短期間で、クィンは彼を信用していた。


 その顔がタイプだったのもあるけれど。

 表情や、仕草や、発言。

 その全てが、彼の優しさや強さを語っていて。


(誰かを守るために罪を背負ったなんて、彼らしいわね……)


 マクミランやキースが十年経っても彼を信じ、敬意を払っていることも、ようやく腑に落ちた。

 レナルドが無罪だから。

 彼らは、無罪の主君を檻から出したいのだ。



「そこで、だ」


 ジャンヌ様は先ほど隠したアレを取り出し、テーブルの上に乗せる。

 チャリ、とかすかに金属音がした。


 ジャンヌ様がそっと手を退けると、そこには一本の鍵。


 クィンには見慣れない形の鍵だ。



「これは……地下牢の鍵だ。この鍵で眠れる獅子を、解放してほしい」



 ジャンヌ様はとても真剣な表情で、切なる願いをクィンに委ねた。

 冤罪のレナルドを檻に閉じ込めてしまっていることに、心のどこかで罪悪感を抱き続けていたのだろう。


 ずっと機会を伺っていたのだ。

 ジャンヌ・マリアージュで彼の名前を読み上げた瞬間、ようやくこの時が来たと思ったに違いない。


 だが、クィンはそれを素直には受け取れなかった。


「それは……なぜ……? どうして私に?」

「十年という月日がレナルドの罪を風化させてくれたからだ。それに今なら、奴が外に出ても再び謀反を企てようと思うものもいないはず。……だがおそらく、ただ鍵を開けるだけでは奴は外に出ない。だからそなたに説得してほしいのだ」


(…………説得? そんなの無理だわ。彼が私の言葉を聞くわけがないもの)


 クィンが心の中で無理だと思ってしまったところに、ジャンヌ様は大丈夫、と断言する。


「今、一番レナルドに提言できるのはそなただ。マクミランとアーノルドも候補として考えたが、あの者達は所詮レナルドの部下だからな。レナルドと同等、もしくはそれ以上の立場から奴を説得できるのはそなたしかいない」


 そう言われてもクィンは自分にそんなことが出来る自信は持てなかった。そしてそれ以上に頭をよぎった懸念点がある。


「では、私が彼を説得できたと仮定して。もしも私が囚人を外に出したと知られたら、家族に危険が及びませんか?」


 もし説得に成功しても、クィンがレナルドを外に出したと知られれば重い罰がのしかかる。それこそ、自分だけでなく家族もろともに。

 レナルドに自由を与えたい気持ちはあっても、家族に迷惑はかけたくはない。クィンの心に葛藤が生まれる。


「そなたを殴る父親に守る価値があると?」

「それは関係ありません」

「そうか……。だが安心するがいい。このことでそなたが罪に問われぬよう、私も尽力する」


 クィンの考えを聞き、ジャンヌ様は誓った。


「私だけでは不足だと言うならユリユリも付けよう。聖女と宰相が味方となって動くなら安心だろう?」

「人使いの荒い人ですね」


 ユリウス宰相は目に見えて嫌そうにしたが、それでもジャンヌ様の発言を差し戻したりはしなかった。

 きっとジャンヌ様の命令は絶対なのだろう。

 ユリウス宰相も動いてくれると言うのなら、不安材料は確かに減る。


「どうだ? ……やって、くれぬか?」



 ジャンヌ様は鍵をクィンに向けてグッと前に押し出しながら、再度ダメ押しの形でクィンに頼んだ。


 半ば強引ではあるものの、もう断るという選択肢はない。

 クィンはジャンヌ様からの頼みを受けることにした。

 ただしまだ気は進まず、複雑な心境のまま、クィンはその鍵を手に取って言う。



「……承知しました。レナルドと話してみます」


 その言葉を聞き、ジャンヌ様は安堵の表情を浮かべ、クィンに礼をした。


「ああ。ありがとう。ではすぐに飛ばそう」


(……ん?)



 ジャンヌ様が放った最後の言葉に、クィンの理解は追いつかなかった。



(“飛ばす”……って?)



「そなたがここに来た時と同じことをする。そなたをレナルドのいる地下牢まで飛ばす」

「え!?」

「ではクィン嬢。頼んだぞ」



 クィンが驚きで声を出してもジャンヌ様は気に留めない。

 崩れぬ笑顔で右手を前に出し、クィンに対して掌を広げた。


 何がされるのかとクィンはギュッと目を閉じた。次の瞬間。




―――すぐに、自分がいる場所が変わったと思えた。


 先ほどまでいた部屋の暖かさがなくなり、目の前にジャンヌ様やユリウス宰相がいる感じもしない。


 クィンが恐る恐る、ゆっくりと目蓋を上げると、目の前には見覚えのある扉。


 左右に首を振って景色を見れば、それもまた見覚えのある、長い廊下。



 ……クィンが立っているそこは、レナルドのいる地下牢に続く扉の前。



(ほんと、すごい能力だわ……)



 一瞬にして自分を移動させたジャンヌ様の能力に感嘆しつつ、クィンはふう、と深呼吸をし、グッと力を込めて扉を開ける。


 覚悟を決めたクィンは、一段一段を重い足取りで下りていき、レナルドのいる檻まで進むのだった。

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