20. レナルドの罪はなんでしょう
張り詰めた空気の中、クィンはごくりと息を飲み、ジャンヌ様へ聞く。
「レナルドの過去を教えてください」
「ふむ。過去とは例えば?」
抽象的な質問ではダメらしい。
クィンはもう少し具体的に聞いてみる。
「……レナルドはいつから地下牢にいるのでしょうか」
「十年くらい前だ」
「じゅ、うねん……」
長くいるのだろうとは推察していたが、実際の年数を聞き、クィンは目を見開いた。
だがこんなことで驚き呆けて、時間を無駄にするつもりはない。クィンは質問を続ける。
「では、十年以上前。あそこに入る前は、彼は何をしていましたか? もしかして王立騎士団の人間でしたか?」
ジャンヌ様は、ほう、と感嘆の声を漏らした。
「そこまで知っているのか」
「確信はありませんが。彼の執事だったという方から、コーネリウス家が王家を守る騎士だと聞き、彼が王立騎士団だったのではないかと思いました」
「なるほど、マクミランか。……その通り。レナルドは王立騎士団にいた」
“レナルドの執事だった方”と濁した言い方をしたが、ジャンヌ様はすぐさまマクミランの名前を出した。
本当に何でも知っているようだ。
「しかもただの団員ではない。レナルドは団長だった」
ジャンヌ様は、これはさすがに知らないだろう、と誇ったような笑みで、レナルドが当時就いていた役職をクィンに教えた。
「団長!? あのレナルドがですか!?」
「ああ。七部隊ある内の一つ、あれは第二騎士団だったか? そこの元団長だ。それに、マクミランと一緒にアーノルドもいただろう。奴はその補佐で、副団長だったぞ」
ここに来てキースの元役職も知り、クィンは言葉が出なくなる。
(信っっじられない……! あの二人が王立騎士団の団長と副団長!? そんな素振り全くなかったじゃない! え、知らなかったとは言え、私ってば、すんごい失礼なことしてないかな!!!? あ、でも“元”だから失礼も何もないかな?)
表情はただ驚いてる状態で、心の中のクィンは大慌て。
自分の言動を顧みて、あの二人に変なことを言っていないかを思い出す。
だがその心は、心が読めるジャンヌ様には筒抜けだった。クィンが見せる外側と内側のギャップに、ジャンヌ様は堪えきれずに吹き出した。
「ぷふっ!」
「え?」
クィンは吹き出された笑いに瞬時に反応する。
そしてふと、ジャンヌ様の言葉を思い出す。
ジャンヌ様は、心が読める。
「あ……え。ジャンヌ様? もしかして、」
「すまない、悪気はない……ふっ、んだ。クィン嬢は常に冷静なイメージで、ふふ、心の中がそんなことになっているとは思わなくて」
言葉の端々に笑い声が混じっていて、全然謝意が感じられない。
「か、勝手に心を読まないでください!」
本音ダダ漏れの心を読まれたと知り、恥ずかしさでクィンの顔が真っ赤に染まる。
「いやはや、可愛らしい」
「可愛くないです!!」
可愛いなんて言い慣れていないクィンは、反射的に叫び返して顔を背ける。
そこで扉がノックされ、ユリウス宰相が部屋に戻ってきた。
手にはお茶のセットを乗せたお盆を持って。
「お茶をお持ちいたしました」
「なんだ良いところに」
「あなたが持ってこいと命じたではないですか」
ジャンヌ様が持ってこいと言ったお茶と、アレ。ユリウス宰相はその命令に忠実に従っただけで、野暮なことをしたと責められても困る。
「例のものは?」
「こちらに」
ユリウス宰相はジャンヌ様に手のひらに収まるサイズのアレを手渡した。
その手渡しがクィンの死角で行われたので、例のもの?、とクィンは心の中で不思議に思ったが、目上の方々にそれが何かを聞くことは出来ず、その様子を黙って見ていた。
すると、ジャンヌ様はユリウス宰相から受け取ったモノをサッとお尻の後ろに隠し、何事もなかったかのようにクィンとの対話を再開する。
「さてクィン嬢。他に聞きたいことは?」
ジャンヌ様の目線がクィンに向き直ったところで、ユリウス宰相は持ってきたお茶セットをそれぞれの前に置いていく。
「他……それでは、」
クィンは顎に手を当てて、ジャンヌ様に一番聞きたかった質問を考え、口に出す。
―――レナルドは、どんな罪を犯したのでしょうか?
膝の上に置いていた手に力を込めて、クィンはそれを聞いた。
ずっと聞きたかったが、誰からも教えてもらえなかったそれを、ようやく聞ける時がきたのだ。
「まあ、そこに行きつくとは思っていた」
ジャンヌ様の目線が少し下がったのをクィンは見逃さなかった。
やはり聞いてはいけないことだったかと、心配になる。
「ああ、他の者では答えられない質問だから、私に聞くので正解だ」
クィンの心を読み、ジャンヌはクィンにそう声を掛けた。しかし、ジャンヌの表情は浮かばないままだ。
「だが、そうだな……。“どんな罪を犯したか”と聞かれると、私は答えられない」
「! ですが先ほど他の者では答えられないと、」
「落ち着け」
答えられないという発言に咄嗟に反応し、クィンは前のめりでジャンヌ様に詰め寄った。
しかしすぐに、ジャンヌ様に静止される。
「“どんな罪を犯したか”は答えられないと言ったのだ」
それは先ほどの言葉の繰り返しに過ぎず、クィンは首を傾げる。
「レナルドが犯した罪とは、一体何なのだろうな……」
今度はクィンの質問の繰り返しだ。
ますます意味が分からない。
そしてようやく、ジャンヌ様はレナルドにかけられた罪を教えてくれた。
「レナルドの表向きの罪名は……『反逆罪』だ。王座を狙い、謀反を企てていたとされて地下牢にいる」
それは、このディラント国で最も重い罪名だった。
謀反を企てたとなれば、本人だけではなく一族皆死刑となってもおかしくない。それくらいに重い罪だ。
想像を遥かに超える答えが出てきて、クィンは言葉を失った。
地下牢に長く入っていることや、レナルド自身が“自分は一生檻の中”と言っていたこと。
反逆罪と分かれば、合点がいく部分はある。
しかし、少なくともクィンから見たレナルドはそんな人間ではなかった。だから、それが答えだと言われても、まだ信じられないという思いが強い。
「……信じられないという顔だな」
「あ、いえ。すみません。ですがレナルドは……っ」
ジャンヌ様に応えようとして、クィンは口から出かかった言葉を飲み込んだ。
―――そんな人には見えませんでした。
クィンはそう言おうとした。
一歩間違えれば、レナルドを擁護したと取られかねない発言。
たとえ信じられなくとも、彼が反逆罪に問われている囚人と知った今、不用意な発言は命取りとなる。
「まこと、出来た娘だな」
ジャンヌ様は微笑みながらそう言った。
それは、どこか苦笑いとも取れるような笑みだ。
「そなたは、レナルドがそんなことをしたとは思えぬのだろう? このところ地下牢に通っていたようだし、奴の人柄を見ればそう思って当然だ」
「あ……」
そこで同意することは問題ないか、少しだけ考え、クィンは小さく頷いた。
クィンの反応に躊躇いがあったこともジャンヌ様にはお見通しで、ここにはユリユリと自分しかいないから気にしなくていい、とジャンヌ様は言う。
その上で、ジャンヌ様は言葉を追加する。
「レナルドが玉座を狙うような人間に見えないというクィン嬢の目は正しい。レナルドは……謀反を企んではいない」
「!?」
「奴は義理堅く、人一倍忠誠心がある男だ。謀反を考えたことなど一度もないだろう」
ジャンヌ様の言うことが矛盾していて、理解するのに少々時間がかかった。
表向きは『反逆罪』。
しかし、本人は謀反を企んではいない。
……それは要するに、
「冤罪、ということですか?」
恐る恐る尋ねるクィンに対し、ジャンヌ様は何も言わず、ただ複雑な感情の笑みを返した。
クィンはその笑みを見て真意を悟った。
(ああ、レナルドは……犯罪者ではないのね…………)




