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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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17. 二人目の婚約者候補なんて初耳です

「ニルマー侯爵ですって……?」


 アナが挙げたその名前は、確かに有名人で、クィンも知っていた。


 周りから陰でブタ侯爵と揶揄される彼は、見た目にかなり特徴がある。

 風船のようにぱんっぱんに膨らんでおり針で刺したら破裂しそうなお腹に、年がら年中むくんだ顔。お世辞にも良い見た目とは言えない。


「あん、あんな方をタイプだなんて言うはずないでしょ!」


 会話がすれ違っていたとは言え、自分がブタ侯爵をタイプだと言ったと思われているなんて、と慌ててクィンはアナに物申す。


「だから驚いたんじゃない! でもだとしたら、クィンは誰の話を?」


 今度はアナが疑問に思う。

 

「レナルドよ。ジャンヌ・マリアージュで私の相手として名前を呼ばれた人」

「あーそっか、ジャンヌ・マリアージュの。え、でもじゃあクィンはその人と婚約するの? 私が聞いたニルマー侯爵の話が間違い??」


 婚約者候補の枠に突如二名が出現した。

 まずはクィンがレナルドの話をする。


「レナルドと結婚の話なんてしてないわ。噂になっているからもうアナの耳にも入っていると思うけど、彼は囚人なの。王宮の地下牢にいる囚人。私がファスタール家の娘である以上、彼と結婚なんて絶対に認めてもらえない」


 そうは言っても、ジャンヌ・マリアージュで縁が結ばれた関係ではあるので、婚約者候補という肩書きもあながち間違っていないのだ。

 だからクィンはレナルドの話だと勘違いした。


「じゃあ次。アナが聞いたニルマー侯爵の話って? 一体誰が、侯爵が私の婚約者候補だなんて話していたの?」

「あ、それは……」


 アナは白々しく目線を逸らした。

 話してはいけなかったのか、と気づいたらしい。

 

「ア〜ナ〜〜?」


 クィンは目を細めてアナを追及する。

 

 ちら、ちら、とクィンの顔を見て、アナは考えた末、観念した。



「んー、もう! …………お父様が言ってたの」


 アナの父親と言えば、グラハム伯爵だ。


「先日行われた貴族会議のとき、ファスタール伯爵がニルマー侯爵と話しているのを見たそうよ。あの二人が話すなんて珍しかったから、お父様はファスタール伯爵にそれとなく聞いてみたんですって。そしたら“いずれ姻戚関係になる予定だ”と」


 姻戚関係とは、家族の結婚により親戚関係になるということだ。

 今、ファスタール家で結婚するとすれば、娘のクィンしかいない。

 一方ニルマー侯爵は、以前に結婚したことはあるものの子供はもうけないまま離婚していたはずで、結婚するとすれば侯爵本人だ。



「これってつまり、あなたとニルマー侯爵が婚約するってことよね?」


 アナは念押しするかのように、自分の考えが合っていたかを確認する。

 だがその事実に、クィンは開いた口が塞がらない。


「ク、クィン……?」

「…………」

「あ、えっと、でもあれね。クィンが知らないってことは、結局話がまとまらなかったのかも」


 何も話してくれないクィンに、アナは必死にフォローを入れる。

 でもそのフォローは違うだろうな、と思ったクィンは、なんとか気持ちを持ち直させて答えた。


「……いいえ違う。ニルマー侯爵は、侯爵位かつ、独り身でお金も余っていると聞くわ。それにあちらとしても離婚歴があるから次の結婚は難しいはず。ビジネスのためにお金が欲しいファスタール家と、余り金で若い嫁を手に入れられるニルマー家。言われてみれば利害関係は一致するわ」


 侯爵は、伯爵より位が高い。

 しかも侯爵本人に嫁ぐとなれば、いきなり侯爵夫人だ。


 位だけ見れば良い縁談。

 だけど話はそう簡単ではない。

 何せニルマー侯爵はあのブタ侯爵。


 侯爵夫人とは言え、夫があんな見た目では恥ずかしい。そう考えるのが一般的だ。

 その上、これはあくまで噂だが、彼は性格にも難があるらしい。侯爵の地位をひけらかし、横柄で不遜な態度を取ると聞く。そのせいで陰ではブタ侯爵というニックネームを付けられ、大勢から揶揄されているのだ。

 前の奥さんに離婚され、その後も結婚できずじまいの様子を見るに、その噂はあながち間違いではないのだろう。



 そんなニルマー侯爵との婚約が発表されれば、恐らくクィンは世間から哀れみの目を向けられる。

 それによって受けるクィンの屈辱は、きっとレナルドと噂になることの比ではない。


「なんでよりによって……。それとも、ジャンヌ・マリアージュで囚人の名前が呼ばれた私は、ニルマー侯爵くらいしか嫁のもらい手が見つからなかったってことかしら……」

「そんなこと! クィンはこんなにキレイだし、頭もいいし優しいし! 私が男だったらジャンヌ・マリアージュなんて関係なく結婚したいわ!」


 アナは落ち込むクィンを全力で褒めちぎる。

 そこに、同感です、とナビアが参戦してきた。


「お嬢様ほどの方ならもっと素敵な方と結婚できます。ニルマー侯爵だなんてあんまりです」

「ほら、ナビアもこう言ってるじゃない!」

「当然です。せめてお嬢様にも意見を聞くべきです。それもなく話を進めているのが解せません」


 ナビアはほんのり怒りも露わにする。

 

「こう言ってはなんですが、旦那様はお嬢様を軽視しすぎです。娘をなんだと思っているのか」

「きっとお家繁栄のための道具でしょうね」

「お嬢様……」


 娘をなんだと思ってるのかと聞かれればきっとそう答えるだろう、とクィンは思ったのだ。

 ファスタール伯爵にとって、娘は道具。

 

 クィンはそれを、幼い頃から感じてきた。


「少なくとも、私を人と思ってくれているのならこんな怪我はしないでしょう」


 自嘲気味に笑いながら、怪我をしている頭を指して言うクィンを見て、その場にいた全員が何も言えなくなる。


「……やだ、皆でそんな顔しないで。お父様からの扱いは今に始まったことじゃないし、今更よ。これがファスタール家なのだと理解もしている。それよりも今は、ニルマー侯爵との婚約をどうするか考えないと」

「どうするおつもりですか?」


 ナビアはクィンの気持ちを確かめる。

 ニルマー侯爵との婚約を受け入れるのか、それとも阻止したいのか。


 うーん、と考えてクィンは答えた。


「できることなら、ニルマー侯爵と婚約はしたくない。……でも私、お父様に“どなたでもいいから婚約者を選んでください”って言っちゃったのよね」


 ジャンヌ・マリアージュが行われた日。

 父親から面と向かって“失望した”と言われたあの日だ。


 あの場では、ああ言うしかなかった。

 しかし、誰が予想できるだろうか。

 誰でも良いと言ったって、まさかニルマー侯爵を選んでくるとは思わない。


 娘には良い相手をと考える。少しでも娘に愛情のある父親ならば選ぶはずのない相手だ。

 それだけ、ファスタール伯爵はクィンのことを考えておらず、彼の頭の中にあるのはファスタール家の繁栄だけなのだろう。


 クィンは大きくため息を吐く。



「こうなると、囚人とは言えレナルドの方がよっぽどマシかもしれませんね」

「たしかに! お金持ちのブタ侯爵か、顔がタイプの囚人かでしょ? ……究極の二択ね」


 ナビアとアナはレナルドを引き合いに出し、話はニルマー侯爵とどちらが良いかというものにすり替わる。


 お金か顔か。

 極端ではあるが、確かにその二択になる。


「ねえ、そんなにかっこいいの?」

「え」

「囚人の、レナルド」


 クィンが思案中のところに、アナはふとそんなことを言い出した。


 まあそうね、とクィンは答える。

 当初会った時はボサボサの髪の毛と手入れされていない髭で顔が覆われていたが、蓋を開けてみれば美しい顔が出てきたときのことを思い出す。

 今のレナルドなら、アナが見てもきっとかっこいいと言うはずだ。


「ふーん。……ねえそれ! 私も見に行けないかな!?」


 ピーン、と何かを閃いたようなアナは、前のめりでクィンに尋ねる。


「はい?」

「あなたの運命の相手に興味が湧いちゃった! 一度で良いから彼に会ってみたい!」


 その瞳の中には煌々ときらめく星が見え、アナのわくわくが真っ直ぐクィンにぶつかった。


「興味って、」

「クィンのタイプに会ってみたいの! 今までそんな人いなかったし、気になる!」

「アナが行くようなところじゃないわよ? 地下牢にいるから暗くて狭いし」

「クィンが行ってるなら大丈夫!」

「それに……私は当分、外に出られないの」


 クィンと一緒にレナルドに会いに行こうとしているアナに、クィンは父親から無期限軟禁の罰を与えられていることを話す。


 そこまでするなんて、とアナは唖然とした。

 しかもそれを受け入れているクィンを見て、ますます唖然とする。


 可愛らしい見た目と愛嬌を持ち、両親から愛情たっぷりに育てられたアナからすれば、クィンの家族事情はまるで異次元だ。

 密かに、ファスタール家に生まれなくて良かった、とアナはこれまで何度も心の中で思ってきた。

 今日は最上級にそう思っている。



「えー……あ、じゃあナビアは?」


 すぐ近くに立っていたナビアと目が合い、またしてもアナは閃いた。

 クィンが行けないならナビアだ、と。


「ナビアも行ったことあるんでしょう?」

「はい。それはまあ、」

「じゃあナビアと私でどう?」

「ちょっとアナ」

「いいじゃない、ちょっとだけ! ね!」


(ちょっととかそんな話ではないと思うんだけど……)


 アナは何を言っても聞きそうにない。

 ここはクィンが折れるしかないようだ。

 

「……分かったわ。その代わり、マクミランも一緒に行かせる」

「マクミラン?」

「レナルドの元執事で、今はうちの執事として雇っている人よ。万が一を考えて、マクミランも一緒なら安心できるから」


 ナビアとアナの二人だけでレナルドのところへ行かせるのは心許ないため、マクミランの同伴を提案した。

 クィンが当分会いに行けなくなった今、マクミランからしてもこの機会を喜んでくれると考えての提案でもある。


「うん、ありがとうクィン!」

「本当にひどい場所だから、行った後に文句言うのはなしよ?」

「もちろん!」


 目を細めながら、クィンはアナに最後の忠告をしたが、アナは満面の笑みで答えた。

 何も分かってなさそうなアナは置いておき、クィンはナビアに、よろしくね、と頼んだ。


 その後、ナビアとマクミランで合わせて休みを取り、三人はレナルドの元へと向かった。


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