14. 言い合いの絶えない二人ですが
美味しいものを食べて一息ついたところで、クィンとレナルドはまた言い合いを始めていた。
「私がここに来ているのはあなたのせいなんですよ? それを暇人扱いされるなんて心外です!」
「俺はただ、毎日来るなんて暇なのか、って言っただけだろう。それに、なんでここに来るのが俺のせいなんだ」
「それはあなたが……!」
理由は二つ。
一つは、レナルドが綺麗な顔をしているから。
そしてもう一つは、レナルドが運命の相手になったから。
前者はともかく。
後者に関して言えば、一歩外に出ればそのせいで嫌な噂が流れているし、クィンが仲良くしていた令嬢達は皆、結婚に向けて動いていて忙しそうで会えない。会えたところで否応なしに各々の結婚の話になってしまうので、現状結婚相手も決まっていないクィンとしては、むしろ誰にも会いたくない状況だろう。その上、邸宅の中では、ファスタール伯爵や使用人達の目が冷たく突き刺さり何とも居心地の悪さを感じてしまう。
今のクィンは、地上のどこにも居場所がなかった。
(……でもそんなこと、レナルドには言いたくない)
プライドが邪魔をして、言葉を濁すクィン。
「あなたが何だ?」
「……何でもありません。とにかくあなたのせいです」
理由は言わず、クィンは押し切った。
「何だってんだ」
理由もなく自分のせいにされるのは納得できないレナルドだったが、クィンがバッサリと会話を切ってしまったのでそれ以上は何も言えなかった。
その代わりに、レナルドはマクミラン達の話題に変える。
「それで、マクミラン達はどうだ? お前の家でしっかり働けているか?」
今後何度もマクミラン達をレナルドの元に連れていく可能性を考えたクィンは、マクミランを執事として、アーノルドを護衛騎士としてファスタール家で正式に雇っていた。ちなみにアーノルドについては彼たっての希望により、クィンも彼をキースと呼ぶようになった。
生涯レナルド以外に仕える気はないと豪語していた二人ではあったが、そのレナルドに会いやすくなるから、とクィンが説明し、ファスタール家に雇われることを了承させたのだ。
そのことを聞いていたレナルドは、そんな二人の働きっぷりがどうなのかを気にしていた。
「しっかりどころじゃないですよ。彼ら、かなり優秀で。ね、ナビア?」
「はい。お二人共順応力も高く、即戦力になっています。入ってまだ数週間ですが、既にいくつか改善案も出しているそうで、近いうちに旦那様から役職が与えられるかもしれないとまで言われています」
「さすがだな」
使用人側のことなので、クィンがナビアに話を振ったところ、ナビアはマクミラン達を褒めちぎった。
元部下の誇れる話を聞けて、レナルドは嬉しそうだ。
それを見て、クィンも微笑みながら話す。
「あの二人に引き合わせていただいたことは、感謝しないといけませんね」
「俺としてもあいつらの将来は心配だったからな。雇ってくれたことに感謝する」
今ここにいない二人の件で、お互いに感謝の意を述べた。
「本当にあなたは部下想いな人ですね」
「まあ、あの二人は特別だからな」
「え! その話、是非聞きたいです!」
レナルドがマクミラン達との関係をほのめかした瞬間、クィンは前のめりで食いついた。
檻を両手で掴み、今にも壊しそうな勢いだ。
今まで頑なに自分のことを話さなかったレナルドから、初めて何かを聞き出せるのでは、と期待したのだろう。
「そんなに面白い話じゃ、」
「是非!」
面白い話じゃない、とレナルドが言おうとしたが、クィンはそれを最後まで言わせなかった。
言葉をかぶせたのは無意識のようで、気になったことは追求したくなるクィンの性格が出てきてしまっている。
簡単には引き下がらなさそうなクィンの目を見て、レナルドは少しだけ昔の話をすることにした。
「……マクミランは、俺が生まれる前からコーネリウス家に仕えていた執事だ。四歳くらいの時に両親を亡くしてからはマクミランが親代わりみたいな感じだった。マクミランは、父親の厳しさと母親の優しさを両方持ってるような、有能な執事だったな」
「え……」
クィンは驚いた。
まさか、レナルドの両親が亡くなっている話を聞かされるとは思っていなかったのだろう。
そして、後悔した。勢いで聞いていい話ではなかったのではないかと。
「おい」
下を向いていたクィンの頭に、何かが乗っかった。
(? ……何?)
不思議に思いクィンが顔を上げると、レナルドがこちらに腕を伸ばしていた。
乗っかったのは、大きくて力強くて温かい、レナルドの手。
そしてその手は、優しくクィンの頭を撫でた。
「両親のことは、幼すぎてほとんど記憶にないんだ。悲しみも何もない。だから、気にしなくていい」
それは、あのレナルドから出てきたクィンへの慰めの言葉。唐突にクィンの頭を撫でた手をスッと離して、レナルドは話を続けた。
「それからキースは、剣の練習相手としてマクミランが連れてきた。あれは確か、俺が六歳くらいのとき。それからはよく庭で二人で剣を交えて、それをマクミランが見守ってたな。……キースはまあ、たまに扱いが面倒になるときもあるが、剣の腕前と忠誠心は信用している。子供の頃からの長い付き合いだからこそ、あいつらは俺にとって特別なんだ」
「そうなんですね……」
レナルド達が強い絆で結ばれているように感じた理由が分かった。
クィンとナビアのように、彼らも長い年月を経て、家族のような仲になっていたのだった。本物の家族を失ったレナルドにとっては、殊更その思いが強くなったことだろう。
元々クィンがマクミランとキースを無下に扱うはずはなかったけれど、こんな話を聞いては尚のこと、レナルドの代わりに彼らを大事にしなくてはいけないな、とクィンは思った。
「彼らのことはお任せください。私が責任を持って、彼らの生活を守ります」
クィンは胸に手を当て、レナルドに誓った。
するとレナルドは、ふっと笑った。
「守るのは騎士の務めだ。キースの仕事を奪うなよ?」
「!」
「ほんとお前は、変わってるな」
笑いながら言われたので、それが悪口ではないということは察せたが、自分のことを優等生だと思っているクィンとしては、変わり者扱いを聞き流せない。
クィンはすぐに言い返す。
「私のどこが変わってるのです? 至って真面目ですけど」
「……“屁でもないわよ”」
「!? そ、それは……!」
「まさか貴族のお嬢様からあんな言葉が出てくるとはなあ。さっきの“守る”発言だって、普通はそんな勇ましい言葉は出てこないと思うぞ?」
レナルドの意見は確かにその通りで、クィンは二の句を告げなかった。恥ずかしさとちょっとの怒りをもって、クィンはそっぽを向く。
(誰のせいであんな風になったと思ってるのよ……! ああ、もう。早く忘れてほしいっ!)
クィンにそっぽを向かれてしまい、言いすぎたか、とレナルドは頭を掻く。そして、機嫌を直してもらえるようにフォローを入れた。
「まあでも、そっちの方が俺は好きだがな」
入れられたフォローの言葉に、クィンは目を見開いた。すぐ喜んでしまいそうになったが、まずは冷静に聞き返す。
「……そっちの、方?」
「屁でもないって言う方」
「!! あなたね、」
「あっちが素のお前なんだろ? お淑やかにお嬢様演じているお前よりはよっぽど良い」
二言目には、またからかわれたのかと思った。だからクィンは拳を握って言い返そうとしたのだが、その後にレナルドが続けた言葉は予想外のものだった。
(私がお嬢様を“演じている”……?)
クィン自身に演じている自覚はなかった。ただ、本音を出さずに礼儀を重じていただけだ。それがファスタール家の教育方針で、クィンの体にも染み付いていた。ただそれだけ。
しかし言われてみれば、それが演じているということになるのかもしれないと、レナルドの言葉はクィンの心にすとんと落ちた。
「私、演じているように見えますか?」
「自覚ないのか?」
「ええ、全く」
「そうか」
そんな風に言われてクィンは戸惑い、今まで自分がどうやって受け応えていたか、分からなくなった。
レナルドからもそのあとの言葉が出てこず、その場には沈黙の時が流れる。
しばらくして、沈黙を破ったのはナビアだった。
「お嬢様、もうそろそろ帰らないと……」
地下では太陽も臨めないため正確な時間の経過は分からないが、恐らく長い時間いたはずだ。
それに加えて、クィン達は今日、元々は街での買い物を目的として外出してきているので、あまり遅い時間に帰るのはまずい。
「分かったわ」
クィンは釈然としない表情のまま、スッと立ち上がった。レナルドの顔を見て、礼をする。
「また、来ますね」
「ああ。気をつけて」
レナルドは別れ際にそんな言葉をかけるようになった。
会えば言い合いにはなるけれど、それはクィンとレナルドがお互い本音でぶつかれる相手になったということで。
それに、今回レナルドは初めて自分の過去を話していた。
二人の距離は、本人達も気付かぬうちに、着実に近づいているのだった―――。




