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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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12. 散髪計画を立てましょう

「理容師ですか?」

「はい。レナルドのところに次回来る予定をお聞きしたいのです」



 マクミラン達をレナルドの元に連れて行ってから二週間後、ようやくユリウス宰相に話す時間をもらえ、クィンはナビアを連れて王宮を訪れていた。


 ユリウス宰相からすれば、話があると言われて時間を取った相手に、囚人の髪事情を聞かれるとは思っていなかっただろう。さすがに驚きが隠せていない。


「そんなこと、聞いてどうするおつもりですか? まさか、彼と婚約を?」


 そんなはずはないと思いつつ、ユリウス宰相は念のため婚約の意思を確認する。


「それはあり得ないお話です」


 クィンはくすりと笑いながら、目の前に用意されていたティーカップに口をつけた。


「私はただ、あの者の話し相手にはなれるのではないかと思っているだけです。しかし、あのままでは彼の顔が見えず話しづらいのです。そのため、あの髪とついでに髭も、綺麗にさっぱりしていただきたく、確認に参りました」


 クィンは事の背景を説明したが、それでもユリウス宰相は信じられないというような顔をしている。

 結婚はしないと言っても、伯爵令嬢であるクィンがあの気難しいレナルドの話し相手になるなんて、おかしな話だから当然だろう。


「ふふ。何を考えているかは分かりますが、あまり深く考えないでください。たまに時間があったら話し相手になってあげようかな、くらいの軽い気持ちなんです。それにそもそも、不定期で理容師の方が行くそうではありませんか。その予定を教えていただければいいのです」


 クィンは、そこに深い意味はない、と言いながら笑顔で再度要求する。


「……承知しました。少々お待ち下さい」


 まだ腑に落ちない顔をしながらも、ユリウス宰相は立ち上がり、レナルドについての資料を探し始める。


「お仕事を増やしてしまって申し訳ございません」

「資料を探すだけであればそこまでではないのでお気になさらず。……誰とは申しませんが、先日は、ジャンヌ・マリアージュで選ばれた男性の仕事を減らして欲しいという何とも身勝手なお話をされに来たご令嬢もいらっしゃいましたので、それに比べれば簡単ですよ」


 ユリウス宰相はげっそりした表情を見せる。

 そのときのことを思い出しているようだ。


(うわあ……。才女の中にそんなことを言う人がいるの? かわいそうに……)


 ジャンヌ・マリアージュで選ばれた才女は学も礼儀もある貴族令嬢のはずなのに、宰相にそんな話を持ちかけるなんて自分勝手すぎる。


「大方、“男性が仕事を理由に会ってくれないので、仕事を減らして欲しい”という要求でしょうか。ご苦労、お察しします」


 クィンの予想が正しければ、その才女は自己中心的な性格だ。加えて、相手の仕事がどれだけ大変かの理解もない。また、その要求を偉い立場にあるユリウス宰相に直談判しに来ているあたり、相手の立場というものも考えられない才女らしい。


 ユリウス宰相が断ったところで、果たして自己中令嬢がすんなり受け入れたかどうか。

 ……ユリウス宰相の表情を見るに、おそらくかなり食い下がられたのだろう。もしくは、断りきれずに願いを聞き入れ、その結果ユリウス宰相の仕事が増えてしまっているか。

 どちらにしても、ユリウス宰相の苦労は計り知れない。


「さすがクィン様ですね。お気遣いありがとうございます」


 クィンに労われ、ユリウス宰相はお礼を述べる。

 そんな会話をしている内に、ユリウス宰相はレナルドの資料を見つけた。


「ああ、これですね。レナルドの散髪は……」


 ファイルに綴じられた紙をぱらぱらとめくる音がした。クィンは立ち上がり、ユリウス宰相が立っている場所へ近づいて行く。


「……」

「? どうしましたか?」


 近くに行っても、“散髪は”の後

の言葉が出て来ず、クィンはユリウス宰相に尋ねる。


「いえ、あの……」

「?」

「申し訳ありません、クィン様。レナルドの散髪ですが……予定が組まれておりませんでした」


 ユリウス宰相はパタンとファイルを閉じた。

 そこに、知りたかった情報が書かれていなかったからだ。


「予定が組まれていない? でもあのレナルドを見るに、もう長いこと行っていないですよね?」

「はい。……管理担当の者が変わったときに引き継ぎがうまく行われていなかったようです」

「そうでしたか……」


 クィンの行動により、レナルドへの対応が疎かになっていたことが発覚した。


(彼には悪いけど、レナルドは所詮地下牢の囚人だものね。優先度は低いし、忘れられても仕方ないか)


「それではすぐに手配いただけますか? 忘れられていたということであれば、可能な限り最短でお願いできると助かります」


 忘れられていたことを逆手に取り、クィンは最短での手配を願い出る。ただしそれは、ユリウス宰相を責めるものではなく、あくまでお願いだ。

 落ち度があると責め立てられ、明日にでも行えと命令されればユリウス宰相は聞き入れるしかない状況なのに、クィンは事情を察して最短日程でお願いするという形を取った。



(無理な日程を提示しないあたりが、クィン様の器量の良さなのだろうな)


「承知いたしました。最短で手配いたします」


 ユリウス宰相はクィンの発言に感嘆しながら、何も言わずに承諾した。


「ありがとうございます。……ところで、話は変わるのですが」


 クィンはもう一つ、ユリウス宰相に聞きたいことがあった。


「レナルドは昔、王宮に勤めていましたか?」


 気になっていたレナルドの過去。

 マクミランの発言から、王立騎士団の騎士だった可能性が出ている。

 それを確かめられる最適な人物がユリウス宰相であるとクィンは考えたのだ。


 だが、ユリウス宰相はその質問を聞いて目を細めた。


「……誰に何をお聞きになったのでしょうか?」


 質問に質問で返されるのは、大抵良くない流れだ。聞いてはいけない質問だったのかと、クィンはこれに切り返す方法を瞬時に考える。


「誰にも聞いていませんわ。ただ、先日会ったときに彼の体つきが予想外に素晴らしかったので、武術に長けているのでは? と思っただけです。そして、武術に長けているとなれば、貴族個人を守る護衛騎士や王宮に仕える護衛兵……それから、王立騎士団の騎士なんかも候補になりうるかと思ったのです」


 ユリウス宰相はクィンの発言を険しい表情で聞き続ける。まるで、発言の中におかしな点がないか粗を探しているようだ。

 クィンの緊張感が一気に高まる。



 クィンは、ユリウス宰相にはマクミラン達のことを伏せていた。レナルドの仲間を彼に会わせるとは言えなかったからだ。そのため、マクミラン達は、あくまでファスタール家が雇った執事と護衛騎士という肩書きにしていた。


 マクミラン達を調べられては困る。

 そう考えたクィンは、マクミランから“レナルドが騎士だった”と聞いたことは言えなかった。彼らの名前は出さずに、この場を回避しなければならない。



「そうですか」

「はい。王宮勤めだったかどうかで彼の過去が少しは分かるかと思って聞いてみたのですが……あまり聞かない方が良いようですね」


 クィンの言ったことを信じたのか、ユリウス宰相から深く聞かれはせず、内心、クィンは安堵する。


「そうですね。レナルドの過去については聞かない方がクィン様のためです。話し相手になることも、それ自体を止めはしませんが、あまり口外はなさらないことをオススメいたします」


 それはクィンのためと言いながら、明らかな牽制だった。

 レナルドについて簡単に口に出してはいけない。ユリウス宰相の顔は本気でそう言っていた。


(レナルド……一体何をしたらこんな扱いをされるのよ)


 あまりにも頑なユリウス宰相の物言いに、クィンはそんなことを思う。

 だが、本気で言ってくれているユリウス宰相にここで逆らう意味もない。


「承知しました。今後、興味本位で話題にしないようにいたします」

「それが賢明です。今日のように、今のレナルドの環境についてであればお話はうかがいますので、何かあればご連絡ください」

「ありがとうございます」

「理容師の件は後日改めて連絡いたします」

「よろしくお願いします。それでは、本日は失礼いたしますね」



 今日は理容師の約束を取り付けただけでも良しとして、クィンは笑顔で帰路に着いた。



***

「嬉しそうですね」


 ナビアは、笑顔が隠しきれていないクィンにそう話しかけた。


「え? そうかしら」


 クィン自身はそれを顔に出している自覚がなかったらしい。


「あの方の散髪は明日ですよね。待ちきれないというお顔をしています」


 最短での手配をお願いして早数日。

 ユリウス宰相から伝えられた散髪日が明日に迫っていた。


「レナルドの顔、すごく好きなタイプだったの。綺麗にした顔が見られると思うと楽しみでしょうがないのよ」


 ふふ、とクィンから笑みが溢れる。


「お嬢様は昔から綺麗な顔立ちの方がお好きでしたものね」

「……綺麗な顔って、眺めているだけで心が洗われるじゃない? 芸術みたいなものよ、うん」


 クィンにとっては、綺麗な顔は芸術と同義らしい。


「もしあの方の姿が見違えたら、クィン様は地下牢に通うようになるかもしれませんね」

「通う? 私が?」

「はい、綺麗な顔見たさで。それこそ毎日会いに行ったり」

「そんなまさか。冗談が過ぎるわよナビア」


 この時はそう、ナビアの発言を否定した。

 一度だけその綺麗な顔を見られれば満足する。クィンはそう思っていた。


 だがしかし、この時一蹴されたナビアの発言は、この数日後に現実のものとなってしまうのだった。

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