11. 抑え切れない本音が出てしまいました
「久々に再会できたのに、もうよろしいのですか?」
「元々俺が会いたかったわけじゃない」
怒りを見せているレナルドにクィンが尋ねたが、彼の言う通りだ。
ここにマクミラン達を連れて来たのは、二人の希望であり、クィンの考え。
レナルドの意には反していた。
「……では、マクミランさんとアーノルドさんは? 話は終わったのですか? 言い残したことはありませんか?」
クィンは次に、マクミラン達の目を見て尋ねた。だが、そんなクィンの気遣いを、レナルドは良しとしなかった。
「そんなこと聞く必要はない。二人を連れて、ここから出て行け!!」
レナルドの低い声が、地下牢に響き渡る。
(なんでこう、男の人はすぐ怒鳴るのよ……)
レナルドの怒鳴り声は、クィンに父親を思い出させた。
いつもクィンに命令する父親。自分の思い通りにいかなければ怒鳴る父親。
この前も怒鳴られて、失望されたばかりだ。
そこに今度は、運命の相手に選ばれたレナルドが追加され、クィンの頭の中で何かが切れる音がした。
「……あなたの趣味は怒鳴ることですか?」
クィンは俯き、かなり小さな声で呟いた。
檻の中のレナルドにはその声が届かず、レナルドは何だ?、と聞き返す。
「だとしたら、高尚なご趣味ですね」
「お、お嬢様?」
いつものクィンではない。そう感じたナビアはクィンに呼びかけるが、クィンはナビアを見向きもしない。
「あなたは怒鳴られる側の気持ちを考えるべきです。怒鳴らなくても伝わりますよ?」
「これが俺の話し方だ」
「改める気はないと?」
「必要性を感じないからな」
「むしろ怒鳴る必要を感じませんが?」
「女のお前には分からないだろうな」
(人を怒鳴る必要があるですって!? こんな……こんな最低な人が私の運命の相手なの? そんなのひどすぎる!!)
クィンは心の中で叫んでいた。
これまでも二度、レナルドはクィンを地下牢から追い出していた。その度、クィンの気分は落ち込んでいたのに。
きっとレナルドはそんなクィンの気持ちなど知らないのだろう。
「そのように仰るのなら、女の私にも分かるように説明していただけますか?」
「……面倒くさい女だな」
「レナルド様……!」
側に立っていたマクミランがレナルドの発言を諫めるが、レナルドは気にしない素振りを見せてクィンに対して発言を続ける。
「俺はここで一生独りで生きていく。わざわざ訪ねてきたお前達のために生き方を変えるつもりはないし、その件でお前に文句を言われる筋合いも、それを説明する義理もない。分かったらとっとと帰れ!」
再び怒鳴り声をあげたレナルド。
彼としては、さすがにこれでクィンは引き下がるかと思ったのだろうが、むしろクィンは距離を詰めた。
言われっぱなしで終わる彼女ではなかったのだ。
「あなたの決意なんてどーーーーでもいい」
ここまで努めて冷静に、上品な振る舞いをしていたクィンが、豹変する。
「人を怒鳴る生き方? はっ! 何なのそのダッサい生き方!!」
クィンは両手を腰に当て、仁王立ちになりレナルドに物申す。
「いい? 怒鳴ったら私が怯えてすごすご帰るとでも思ったら大間違いよ! 厳しいことで有名なあのファスタール伯爵の娘なのよ? 怒鳴り声を聞かされて育ったんですから! 囚人に怒鳴られたって屁でもないわよ!!」
一度ついた勢いは止まらなかった。
まさか、“屁でもない”なんてそんなはしたない言葉が貴族令嬢の口から出るなんて。
「それがお前の本性か」
「本性? ただの本音よ!!」
取り繕う隙もなくクィンが胸を張ってそんな発言をしてしまい、ナビアは目も当てられない様子だ。
また、この状況をさらりと理解したレナルドとは違い、マクミランとアーノルドは呆気に取られていた。
だがクィンは、そんな周りの人間のことなど目に入らず、続けてレナルドに詰め寄っていく。
そして次の瞬間には、彼女の手は檻の中に伸びていた。
「ちょ、お嬢様……!」
レナルドに手紙を渡したときもクィンは手を入れていたが、そのときとは状況が違う。
ナビアはギョッとし、すぐにやめさせようとクィンの服の袖を掴んだ。だがナビアが掴んだと同時に、クィンの手の先も何かを掴んでいた。
「これ、鬱陶しいのよね」
そう言ってクィンが掴んでいたのは、なんとレナルドの前髪だった。
金色に光る長い前髪を、遠慮なく鷲掴みにしている。
「囚人は髪を切れないの? こんなに顔が覆われているとあなたの表情が読めないし、目が合ってるのかすら分からないわ」
クィンがそう話しかけながら、彼女は掴み取った前髪をひょいっと持ち上げて、髪の奥に隠されていたレナルドの顔を覗き込んだ。
「いい加減その顔を、」
(え……うそ…………)
クィンの動きが止まった。
頭からつま先まで硬直し、目蓋だけが上下に開閉されている。目の前に見えるものが信じられず、瞬きを繰り返しているようだ。
それもそのはず。前髪を退けて現れたその顔は、クィンの予想とは異なり過ぎていた。
整った顔立ち。
透き通るような綺麗な碧の目。
傷一つない、白い肌。
(これは……身綺麗にしたら世の令嬢が放っておかないレベルだわ)
囚人服にボサボサの髪、伸ばしっぱなしの髭が残念でならないが、それさえ取っ払えば、レナルドの見た目は控えめに言ってもかっこいい。まさか彼がそんな美貌の持ち主だとは予想していなかった。
しかも何よりその顔はクィンにとって……。
(どうしよう。タイプだわ、この人)
「おい、いつまで掴んでるんだ」
顔を覗かれて何の反応もしなくなったクィンを見て、レナルドは無理やり手を離させる。
「あ……」
せっかく見えた顔が、また前髪で隠されてしまい、クィンは残念そうな顔をする。
「あ?」
「いえ! 何でもありません!」
レナルドに不思議に思われ、クィンは慌てて両手を横に振った。
あなたの顔がタイプで見惚れてました、なんて言えるわけがない。
だが、先ほどまで暴走していたクィンは、しれっといつものクィンに戻っていた。やはり、かっこいい男性の前では女子はおしとやかになってしまうものなのだろうか。
「と、とにかく。その髪は切れないんですか? それと髭も」
「別にこのままでいい」
「でもせっかく……」
かっこいいのに、という言葉はクィンの心の中でだけで紡がれた。
「せっかく? なんだ?」
「……何でもないです」
クィンはそう言いながらも、むすっとしていた。何でもないという言葉が嘘であることが、誰の目から見ても明らかなくらいのむすっとだ。
見かねたレナルドが、少し考えてから、クィンに話しかけた。
「……全く切れないわけではない。ただ、切りに来る者が不定期でしか来ないから、次にいつ切れるかは分からない」
「! じゃあ、ユリウス宰相に聞いてみます!」
「は?」
「そんなに伸びてしまってるんですから! すぐにでも来てもらいましょう!」
レナルドの話を聞き、パァッと表情が明るくなるクィン。髪を切れるかもしれないと考えただけで、嬉しくなったようだ。
「そうと決まれば、今日はもう帰りますね。さ、皆さん。帰りましょう」
るんっとクィンは振り返り、帰ろうした。
そして、途中から置いてきぼりをくらっていたマクミランやアーノルドにも、帰ることを伝える。
「とりあえずユリウス宰相を捕まえて、理容師の方が次回いつ来る予定なのか聞いてみます。もしその予定まで日にちがあるようでしたら、早められないか相談してみますので待っていてくださいね」
「いやいや、何でそうなる」
「?」
「俺はこのままでいいと言っただろ。わざわざ話に行く必要は、」
「私が切って欲しいんですよ? 私の願望なので、私がお願いしに行くんです」
「俺はお前とこれ以上関わりたくない。二度と来るなと何度言ったら分かるんだ」
「二度も三度も、四度も五度も、大して差はありませんよ。そもそも、囚人のあなたに関わるかどうかを決める権利はありません。あなたはずっとここに閉じ込められているのですから、私が、会いに来るかどうかです」
身綺麗にしたレナルドを拝めるかも、と気分が高揚するクィンに、レナルドの発言はことごとく却下される。
“二度と来るな”と確かにレナルドは何度もそう言っていた。しかし、本日でクィンの訪問は三度目になる。
三度も来れば地下牢の雰囲気にも慣れたもので、次回四度目の訪問をしたところでクィンにとっては何も変わらない気がした。彼女にとってはそれよりも、綺麗にしたレナルドを見てみたいという興味の方が強いのだろう。
「それに。不本意ではありますが、ジャンヌ・マリアージュであなたの名前が呼ばれたときから、私とあなたは何かの縁で結ばれているのかもしれません。……結婚はできませんが、話し相手くらいにはなれるかもですよ?」
無理にクィンを遠ざけようとするレナルドに、クィンは笑顔でそう言った。
レナルドは、不意に向けられたクィンの柔らかい笑顔にドキッとし、反射的に視線を逸らした。
(なんだ今のは……)
自分で自分の感情が分からず、レナルドは困惑する。
いくら待っても、何も返事をしてくれないレナルド。
仕方がないので、クィンはそのまま別れの挨拶をする。
「じゃあ、また来ますね。さようなら、レナルド」
地下牢に来るようになって、初めてしっかりと挨拶をした。しかも“また来る”と。
「……勝手にしろ」
そんなクィンに、レナルドはぼそっと返事をした。前までは“もう来るな”だったのに。
三度目の訪問は、二人の関係性を一歩だけ進めるものとなった―――。
クィン、キレる。そして面食い。
貴族令嬢も普通の女子ということです。笑




