10. 最後まで追求したい性格なので
王宮から帰ってきて、クィンは自室のソファに腰かけた。
「見事に玉砕したわね」
クィンは自嘲しながらナビアに言った。
「ですが、お嬢様に落ち度はありませんよ」
「そうね。でも、あの二人になんて言おうかしら」
腕を組み、マクミランとアーノルドの二人にどう伝えるべきかを考えるクィン。しかしナビアは、何を考えることがあるのかと疑問に思う。
「そのままお伝えすれば良いではないですか。あの二人がどう出るかは分かりませんが、これ以上お嬢様がこの件で悩まれる必要はないかと思います」
そう。ナビアの言う通り、クィンはレナルドからの伝言をそのまま伝えれば良い。むしろそれ以外の選択肢なんて無いと思った。
「……ナビア、私の性格忘れたの?」
クィンはにやっと不敵な笑みを浮かべていた。それを見たナビアは嫌な予感がした。そして二日後、その予感は見事に的中することになる。
***
「……どういうつもりだ」
ここは王宮の地下牢。
檻の中には苛立ちを見せるレナルドが一人。
そして、檻の外には、
「はてさて、なんのことでしょう」
満面の笑みでシラを切るクィンが一人。
と、
「ああ、レナルド様! ようやくお会いできました!」
「このようなところに入れられていたなんて……。なんと嘆かわしい」
念願叶って主君に会えたことに嬉々とするアーノルドと、主君の現状を目の当たりにして悲しみを見せるマクミランの二人。
あとは例によって、クィンに付いてきたメイドのナビアだ。
「まさか伝言もまともに出来ない女だったとはな」
「ご冗談を」
レナルドに“出来ない奴”扱いを受け、クィンは咄嗟に反応する。
「伝言はしましたわ。一言一句、間違いなく」
クィンは胸に手を当て、堂々と言う。
自分は、言われたことは行ったと。その上で今度はクィンの言い分を伝える。
「私、一度気になると最後まで追求したい性格なんです。主君に会いたがる部下と、自分を忘れろという主君。こんなの、気にするなという方が無理ですわ。正直言って、私はあなた方の関係や……レナルド、あなた自身に興味を持っています。それが、今日ここに二人を連れてきた理由です」
クィンは真っ直ぐにレナルドを見つめて言い切った。
「さ、私の話はこれぐらいにして、あとはお三方でどうぞ好きなだけ話してくださいな」
今日の主役である三名に中心を譲り、クィンは後方へと回りナビアと並んで立つ。
……クィンが離れていくことを確認し、話したくてうずうずしていたアーノルドが切り出した。
「ここではどのような生活を送っていましたか? 食事や寝床は満足のいくものですか? 我々に何かできることはありませんか?」
レナルドが心配でたまらないというのがよく分かるくらいに、アーノルドはレナルドを質問攻めにした。
「キース」
「はい!」
「……落ち着け」
何か命令してもらえるかと思ったのに、レナルドからはアーノルドが拍子抜けする一言が出た。
「すみません……」
その言葉に、アーノルドはしゅんとした。まるで飼い主に怒られた忠犬のようで、心なしか垂れた耳と尻尾が生えて見える。
「怒ってはいない。ただ少し、落ち着いてくれ」
「! はい」
落ち込んだアーノルドに対し、レナルドが怒ってはいないことを伝えると、彼はすぐ元気を取り戻した。そんな二人の掛け合いを見て、マクミランは微笑ましく思った。
「キース副隊長も、ずっとレナルド様のために動いていたのです。ようやくお目にかかれて、感情が昂ってしまうのも無理はありません」
「俺なんか……忘れて良かったんだがな」
「レナルド様。私達はあなたの命令であれば何でも従いますが、その命令は聞けません」
「そうですよ! 私は生涯をあなたに捧げると誓ったのです! あなた以外の主君なんて考えられません!!」
マクミランとアーノルドの覚悟と熱意は、レナルドに真っ直ぐに向けられた。
仲間にそんな風に言ってもらえる。普通なら嬉しく思う場面なのだろうが、レナルドの胸中は複雑なようだ。
「俺は一生檻の中だ。どんなに待たれても、地上には戻れない。そんな俺に、お前達の人生は背負えないんだぞ」
(まるで小説の名シーンね……)
後ろから見つめていたクィンは、三人の会話を聞いてそんな風に思った。少し離れたところにいたので全部が聞こえたわけではないが、聞こえてくる単語だけで、彼らの会話はなんとなく推測できたのだ。
三人のお互いを想う力はクィンが考えていたよりも強固なようで、そんな三人を会わせることが出来て良かった、とクィンは心の中で思った。
しかし同時に、深まった謎がある。
“レナルドが犯した罪は何か?”
クィンの耳に聞こえた“一生檻の中”という単語。
犯した罪が軽ければ、地下牢からは数年で出られる。
逆に、その罪が重ければ地下牢から数十年は出られず、ひどければ一生檻の中。
国法にそこまで詳しくないクィンでも、一生出られない罪となると人殺しやその類であることは分かる。
クィンの中に、レナルドは人殺しかもしれない、そんな可能性が生まれる。
(なーんて、ね。もし人殺しだとしても何か理由があることは確かね。ただの人殺しだとしたら、あの二人があそこまで慕わないだろうし。だからこそ余計に気になるわ。レナルドも含めて、あの三人は一体何者なのかしら?)
深まる謎に頭を悩ませているクィンをよそに、レナルド達は会話を続けていた。ここからはクィンに絶対に聞かれないよう、より声を小さくしての会話だ。
「戻れないなど……! あなたはここにいるべき人間ではありません。我々はそれを知っています」
「いいやキース。俺のいるべき場所はここだ」
「あなたのいるべきは誇り高きコーネリウス家当主の座です。こんな地下牢ではない」
「マクミラン……。キースはともかく、お前はもう少し賢い選択が出来ると思っていたのだがな。地下牢に入った主君には仕えられないだろう。お前のような優秀な執事は、その能力を奮えるところへ行くべきなのだ」
「私はコーネリウス家の執事です。他の家に仕える気はありません」
両者一歩も引かず、堂々巡りする会話に終わりは見えない。
「揉めているようですね」
途中から声は聞こえなくなったが、三人共に神妙な面持ちになっていたことから、ナビアがクィンに話しかけた。
ナビアの言うことに、クィンも同意見だ。
「そうね。でもまあ、私が割って入っても邪魔をするだけだろうし……殴りかかったりしない限りは放っておきましょう」
クィンは静観する姿勢だった。
老いたマクミランはともかく、レナルドとアーノルドに関しては騎士だと言うし、騎士であるからには、いきなり暴力沙汰なんて野蛮な真似はしないはず、とクィンは踏んでいたからだ。
「あの人達、本当に騎士だと思う? しかも、王家を守る騎士」
コーネリウスは王家を守る騎士の家系。
マクミランにがそう言っていたことを、クィンは改めて思い出す。
「王家を守るとなると、護衛兵や……王立騎士団も候補になりますね」
「護衛兵ならそこら辺にゴロゴロいる。でも王立騎士団となると……」
「あの方々を見直さざるを得ませんね」
王立騎士団は、王族のために作られた騎士の集団で、入団できるのはわずか一握り。剣術、馬術、学術と、あらゆる面で秀でている者しか所属が許されないと聞く。
……志願すればほぼ誰でもなれる護衛兵とは雲泥の差。
率直に言って、レナルド達はそこら辺にゴロゴロいる護衛兵には見えない。体格の良さや放つオーラが全然違う。
「王立騎士団だと仮定した場合、それを確認する方法はあるかしら?」
クィンは頭上を見上げて、王立騎士団の情報を思い出す。
例えば名簿。過去の名簿さえ見られれば一発で解決するだろうが、貴族とは言え一般市民であるクィンがそれを手に入れることは難しい。
次に思い付いたのは、事情を知っていそうな大人に聞くこと。一番近いのは父親であるファスタール伯爵だが、簡単に質問できる仲ではない。
(あと知っていそうなのは……)
「おい!」
クィンが熟考していたとき、突然レナルドの声が飛んできた。
「な、なに?」
クィンは驚きつつ、レナルド達に近寄って様子を確認する。
「一体どうしたのですか? いきなり大声を出されては驚きます」
「申し訳ございません。我が主が失礼を」
大声を出したレナルドに代わり、マクミランが謝罪した。
そんなマクミランをよそ目に、レナルドはクィンに話しかける。
「こいつらを連れて帰れ。そしてもう二度と、顔を見せるな」
さっきまで揉めているとは思っていたけれど、こんなに怒りを露わにはしていなかったのに。どうやらマクミランかアーノルドが、レナルドの逆鱗に触れてしまったようだ。
マクミランが謝罪した様子を見るに、恐らく、触れたのはアーノルドか。




