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1. ジャンヌ・マリアージュ

 太陽が照り付ける真夏の暑い日。

 クィンが外に出るとかなり眩しく、彼女も思わず額の辺りに手をやって日差しから顔を守っていた。そこへじめっとした風も吹き、腰まで伸ばした彼女の青みがかったストレートの黒髪が攫われる。


 いつもなら外を歩くのが不快に思えるこんな日でも、今日だけは無条件に心が躍る。肌を刺す紫外線も、髪を攫う嫌な風も、気にならないほどに。



―――今日は、とても特別な日。



 クィンは淡いブルーのドレスを着て、馬車で王宮へと向かう。そのドレスはグラデーションになっており、下に行くにつれてブルーが濃くなる。その色はまるで海のように美しく、髪色にもぴったり合っていた。


 クィンを乗せた馬車は市街地を走って行く。道中、クィンはずらりと立ち並ぶ店々を馬車の中から眺めている。だが頭の中は、見える景色ではなく、この後の事でいっぱいのように見えた。


 ……馬車に揺られて二十分。クィンにとってはあっという間に感じられつつ、王宮に到着した。


 馬車の扉が外から開けられる。

 そこにはクィンの執事が立っていた。

 執事がすっと手を差し出したので、クィンはそこに手を乗せ、綺麗なドレスの裾を踏まないように少しだけ裾を持ち上げつつ、ゆっくりと地面に降り立った。


 すると王宮仕えのメイドがクィンに近寄り、そのまま中へと誘導した。何も言わずに付いて行くと、王宮の中心に位置する大広間へと案内され、そこには既に何百人もの人が集まっていた。


 クィンと同じ年齢の女子が複数、そしてその子達の親族と、王宮仕えの者と、ただの見学と……。内訳も見分けられないほどたくさんの人だ。



「クィン!」


 大広間の広さと人の多さに呆気にとられていると、突然クィンの名前が呼ばれた。


「アナ!」


 クィンが振り向くとそこには、親友のアナスタシアがいた。アナスタシアと呼ぶのは長いので、クィンはいつも彼女をアナと呼ぶ。


 アナはまるでお人形のように可愛らしい見た目の女の子だ。透き通るような銀髪に、赤く映える目はくりっと大きく、髪はウェーブがかかっており見るからにふわふわしている。

 アナも、きっと今日の為に新調したであろう真っ赤なドレスを着ていた。それは、アナの可愛らしさをより一層引き立てている。


「クィン、そのドレスとっても素敵! あなたによく似合ってるわ!」

「ありがとう。アナもすごく可愛い」


 お互いに気合を入れて選んだドレス。

 それを褒められて、二人とも笑みがこぼれる。


「だって今日は一生に一度の運命の日」

「今までで一番美しい姿をお見せしないと、ね」



 今日は年に一度、『ジャンヌ・マリアージュ』が催される日。


 ここディラント国では、女は十六歳で成人と認められ、結婚が可能になる。そして、その年十六歳になる女子の中から二十人を選出し、神の声が聞こえるという聖女―――ジャンヌ様が、その女子達に運命の結婚相手を教えるという行事。

 それが『ジャンヌ・マリアージュ』だ。


 聖女と呼ばれるジャンヌ様の言葉は、民達に深く信じられている。一種の信仰のようなものだ。


 ジャンヌ・マリアージュでは運命の相手を教えるというだけで、必ず結婚しないといけないなどという強制力は存在しないのだが、これまでほぼ100%の女子が、教えられた運命の相手と婚姻している。加えて、実際に運命の相手と結婚した後、離婚した夫婦はいないばかりか、皆一様に幸せな生活を送っているらしい。


 そんな情報から、ジャンヌ・マリアージュに憧れる女子は年々増えていった。

 またいつしか、それに選出されること自体が名誉と捉えられ、名誉ある二十人に選出されるように幼い頃から英才教育を受けさせる親達も自然と増えていった。


 選出される条件は、貴族令嬢・容姿端麗・頭脳明晰の三点。

 国内の女子達は試験を受け、この三点を競う。

 その試験で上位二十名に入ったいわゆる才女だけが、運命の相手を神様からの言葉として、ジャンヌ様を通じて教えてもらえるという訳だ。


 かくいうクィンやアナも、漏れなくジャンヌ・マリアージュに昔から憧れており、その試験を突破した才女だったりする。


「ようやくこの日が来たのね……」


 たくさんの人で隠れ、クィン達が今立っている場所からはよく見えないが、大広間の最奥には祭壇が設けられているようだ。これから一人ずつ名前を呼ばれ、呼ばれた者から順にそこに上がり、ジャンヌ様からお告げをいただく。


「クィン様、アナスタシア様。間もなく始まりますので、あちらにご整列をお願い致します」


 ここまで案内してくれたメイドが、大広間の奥に手を向け、整列するよう促す。


「分かりました」


 クィン達は案内されるままに前方に進み、祭壇の前に整列する。十人ずつ二列に分かれ、試験の上位順に並ぶ。この後名前を呼ばれるのも、上位の才女からだ。

 クィンはその中でも三番目、アナは七番目に位置している。



 その後続々と大広間に集まる人間も増え、才女全員が整列し終えると、まずはクィン達が入ってきた大広間の入口が閉められた。そして次の瞬間、入り口とは反対側、大広間の最奥にあった扉がキィ、と木が軋む音と共にゆっくりと開かれ、そこからジャンヌ様が現れた。


 その姿は上から下まで白一色のドレスに、綺麗な白髪はくはつ。だが、その顔は白い布で覆われており、拝むことは出来ない。本来肌色の部分までもが白で覆われており、まるで汚れを知らない、清廉潔白を全身で表しているような姿をしていた。


 また、布で視界を遮っているからか、ジャンヌ様はメイドの一人に手を引かれ、ゆっくりと祭壇に上がって行く。

 それまでざわついていた大広間も、ジャンヌ様が祭壇に上がりきる頃にはしん、と静まり返る。


 ジャンヌ様が祭壇の中央に到達すると、手を引いて来たメイドはすすっと、静かに祭壇から下りて行く。そして、メイドが下りるのを確認し、楽隊の指揮者が指揮棒を振る。すると、高々しくファンファーレが演奏され、金管の音が大広間に響き渡った。


 演奏が終わると、祭壇横に作られた王族の席で国王陛下が立ち上がり、開会を宣言した。


「それでは、今年のジャンヌ・マリアージュを始める! 聖女ジャンヌに名前を呼ばれた者は速やかに祭壇へ上がり、そのお言葉を頂戴せよ」


 大広間いっぱいに聞こえるよう、陛下は声を張る。そしてその宣言を受け、ジャンヌ・マリアージュが始まった。


 ジャンヌ・マリアージュは仰々しい行事ではあるが、その流れは至ってシンプルなものだ。

 試験の成績上位者から一人ずつ名前を呼ばれ、呼ばれた者は祭壇に上がり、ジャンヌ様から運命の相手の名前を告げられる。その後、感謝を述べ、祭壇を下りる。言ってしまえばそれだけだ。


 たとえ告げられた相手に不服があったとしても、ジャンヌ様の言葉は神聖なお告げ。その場で批判や文句を言う事は出来ず、ただ、感謝するだけとなる。



「それでは、今年最も優れた才女―――ヴィクトル公爵ご令嬢、サーシャ・ヴィクトル。こちらへ」


 ジャンヌ様は試験で最も優秀であると評価された才女の名前を呼ぶ。


 サーシャは最優秀という優越感に浸りながら、自慢気な表情で祭壇へと上がる。選出されるだけでも狭き門なのに、その中でも一番を取れるのはたった一人なのだから、当たり前の表情だ。


 サーシャはジャンヌ様の前に立ち、一礼をする。そして、その時が来る。


「貴女に、運命の相手を授けましょう。……その者の名前は、トーマス・イレイン」

「感謝します、ジャンヌ様」


 サーシャはお告げを聞き入れ、感謝を述べる。そしてまた一礼し、踵を返して祭壇を下りた。その時の彼女の顔はにやついてしまう頬を抑えるのに必死という感じがクィンには見てとれた。

 それもそのはず。

 サーシャの運命の相手、トーマスはイレイン公爵の長男。公爵令嬢であるサーシャには申し分ないくらい相応しい身分の者だ。

 トーマスの名前が呼ばれた瞬間、サーシャも含め、親族の皆が喜んだに違いない。


 この国では、結婚はビジネスだ。

 子供を政略結婚させることにより家同士の関係値を築こうとする貴族は少なくない。だが当人達からすれば親の道具に使われるなんて簡単には受け入れられない。

 だからこそ、もしその相手が自分を幸せにしてくれる運命の相手なら、とジャンヌ・マリアージュに希望を持つ貴族令嬢が多いのだ。


 クィンの父親であるファスタール伯爵も、漏れなく結婚をビジネスと考えている内の一人である。特に最近、新たな事業を展開しようとしているファスタール伯爵は、クィンの結婚相手の家柄によっては、融資の話を持ち掛けようと画策しているようだった。



 ……そうこうしている内に二番目の才女へのお告げも完了し、三番目。クィンの番がやってきた。


「次。ファスタール伯爵家ご令嬢、クィン・ファスタール。こちらへ」


 名前を呼ばれ、クィンの鼓動が跳ねる。

 ゆっくりと深呼吸をして心臓を落ち着かせながら、クィンは祭壇へ上がって行く。


 速くなる脈とは逆に、歩はゆっくりとしていた。

 ここに来て、早く聞きたいという思いと、まだ聞きたくないという矛盾した思いがクィンの中でせめぎ合っているようだ。


 ドレスの裾を握る手に、ぎゅっと力が入る。


 そして、クィンがジャンヌ様の前に到着し、一礼する。




「貴女に運命の相手を授けましょう」


 次の言葉に向けて、クィンの神経が研ぎ澄まされる。すっと目を閉じ、相手の名前が告げられるのを待つ。



「……その者の名前は、レナルド・コーネリウス」


(え……?)


 クィンは一瞬、耳を疑った。

 彼女はその名前を知らない。

 だが、集中して聞いた名前だ。聞き間違えたわけではないだろう。


(コーネリウス家なんて、あった……? 社交界でも聞いた事がないんだけど)


 その名前に疑問はあったものの、今この場でこれ以上聞くことは出来ないと思ったクィンは、通常通り礼を述べ、祭壇から下りた。


「感謝します。ジャンヌ様」


 しかし、祭壇から下りながら、クィンは周辺の様子がおかしい事に気づいた。

 そこに集まった大人達が、皆険しい表情を浮かべている。それは、クィンの両親も同様だった。


 普通であれば、喜ばれ、嬉しい表情を浮かべるはずの両親までも、険しい表情を浮かべている事に、クィンは不安を覚えた。


(お父様があんな顔をなさるなんて。あまり良い家柄の方ではなさそうね……)


 この時のクィンはそれぐらいにしか思ってなかった。まさかレナルドが、クィンの予想を遥かに超える人間だなんて、露にも思っていなかったのだった。

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