練習試合
本日、2話投稿です。
シリルが、協力するから先に会場へ行っているといい。とだけ残して、姿を消した。やはり、忙しいのだろう。
けれど、練習試合の時間も迫ってきていたため、シャルロットも部屋を後にした。
コツコツと王宮の横にある騎士たちの練習棟へと足を動かす。
すれ違う人々が、シャルロットを見てその美貌に驚き、目を見張るが当の本人は、緊張のあまり周りが見えていなかった。
少し歩くと、目的地へと着く。
会場となる練習棟の中は、円形状で360度客席が周りを囲っているという仕組みだ。
そこは、練習棟とは名ばかりの場所で、こういう行事の時にしか使われることはあまりない。
そのため、普段は騎士たちが第一、第二と別れてそれぞれ違うところで鍛錬を行っている。
会場へ着くと、もう既に席は埋まりかけている。
今日は、平民、貴族関係なく観覧することができるため、シャルロットのようにドレスをまとった若い女性や、席の周りを走り回って怒られている小さな子供まで、老若男女問わずに多くの人が客席に座っている。
とはいっても、貴族と平民の席は、簡単に分けられている。
シャルロットたちが入ってきた入口から見て、右側奥の半分が貴族専用席。真正面が、王族専用席。残りは、平民席となる。けれど、このルベルトワ王国は平民と貴族との距離がとても近い。そもそもの国があまり大きくないため、必然的に関わる時間が多くなる。
貴族専用席に平民が座ることは無いが、平民席には貴族がチラホラと座っている。
シャルロットは侯爵家のため、平民席に座ることは無い。
だが、社交界デビューしたばかりのシャルロットには、貴族専用席へ行くことがとても難しかった。
なぜなら、シャルロットが会場の入口へ顔を出した途端、会場中の視線が一気に彼女へ向いたからだ。
王宮からここまで、テオドールに会うということで頭がいっぱいになっていたシャルロットは、多すぎる視線に我に返り、人見知りと恥ずかしがり屋が姿を見せてきた。
しかし、さりとて公爵令嬢。なぜ自分にこんなに視線が向いてるのか分からないが、胸をはり、歩き出す。
(な、なんで、みんな、私のことを見てるの?!このドレスかしら!?やっぱり、私みたいな小娘は、来ては行けないところなの!!??ど、ど、どうしましょう、!!)
穀然と歩いているシャルロットだが、内心はとても慌てていた。
ところが、貴族専用席へ向かっている途中で、シャルロットに向いていた視線がなくなった。
それに、少し悲鳴のような歓喜のような声が聞こえてくる。
何が起きたのかと、周りを見渡してみると、王族専用席からこちらへ歩いてくる男に、先程まで向けられていたものが向いていた。
「シャル!こっちだよ。」
シャルロットがいる方向に手を振って笑顔で呼びかけてくる。
よく見ると、その男は、先程別れたシリルだった。
シリルがこちらに歩いてくると、なぜだか不穏な空気になっていく。
先程まで、聞こえていた黄色い歓声もなくなり、またシャルロットに視線が注がれる。
(どうして、また見られているの??知らないうちに私またなにかしてしまったの?!??)
そこでふと、数日前の母アリスとの会話を思い出す。
【知らないかもしれないけれど、シリルとシモンは、社交界では知らないものはいないと言うくらいにはモテているのよ?】
お茶会でシャルロットが恋に気づいた時、アリスに言われた言葉だ。
シャルロットが想いを寄せるテオドールは、見目麗しい男性ではないこと。
アリスは、シリルとシモンたちがモテると言っていた。
実際にそのようなところは見たことがないが、この光景を見て納得する。
(お兄様がおモテになるって本当だったのね!でも、どうしてこんなに見られているの?はっ!もしかして、妹だと認識されていないのかしら!?)
社交界デビューをしたばかりのシャルロットは、他家が主催するお茶会や舞踏会に顔を出したことがない。
そのため、貴族や平民の知り合いは、全くといっていいほどいないのだ。
つまり、相手もシャルロットを知らない可能性が高い。
もし、シリルの恋人や婚約者などと間違えられては、シャルロット自身の恋にも影響が出てしまう。
シャルロットは腹を括る。
「お兄様!こちらにいらっしゃったんですか!」
大きな声を出すと、はしたないと言われ育ってきたが、この時ばかりは致し方ない。
人に注目されることが恥ずかしくて仕方なかったが、テオドールと会うためには、妥協はしていられない。
なるべく堂々と歩き、兄だということを強調する。
すると、いままで刺さっていた視線が柔らかくなる。
と同時に、ザワザワとまたうるさくなる。
「レイヴァロワ家の御息女?」
「いままで表舞台に出てこなかったあの?」
「確か、先日デビュタントを迎えたとか、、」
そんな言葉があちこちから聞こえてきた。
けれど、当のシャルロットは、そんな言葉など聞こえていなかった。
早くこの場から、この視線から逃れたくて、シリルに助けを求めた。
「お兄様!なんでこんなに目立っているのですか!これでは、普通に観戦することが難しいです!!どうしてくれるのですか!!」
なるべく周りに聞こえない声で話しかける。
涙目になりつつ、シリルを責める。
「ごめんごめん、でもこれは俺のせいって訳でもなさそうだけどな。それより、席はこっちだよ。予め取っておいたんだ。」
どう見ても、シリルのせいなのにシャルロットにも非があるように話す。
けれど、そんなことよりも早くこの場から立ち去りたくて、シリルの後について行く。
「予めって、さっきお願いしたばかりなのに取れたのですか?」
「ううん、もともと俺が座る席しかなかったんだけど、シャルのお願いなんだ、少し無理を言って空けてもらったよ。」
「無理を、、そんなことして頂かなくても、、」
席を譲ってくれた誰かも分からない人に申し訳無くなって、立って観戦すると口を開く。
「まあまあまあ、成人してから初めてのお出かけなんだ。お兄ちゃんにまかせなさい。」
そういい、シャルロットの頭を撫でる。
「あれ?お兄様、貴族専用席はあちらですよ?そっちは、王族専用席ですよね?」
シリルのあとを歩いていたシャルロットだったが、貴族専用席を通り過ぎていることに気づく。
「大丈夫だよ。今日は、俺たちより上の身分の人達は居ないから。それに、あんな状態でゆっくり観戦なんて出来ないでしょ?」
そういい、王族専用のガラス張りの席へと向かう。
今回は、練習試合なので王族はいないようだ。
この国には、公爵の位がすでに国に返上されているため、今ここにいる中で身分が1番高いのは、侯爵家であるシリルやシャルロットになる。
王族専用席は、少しだけ高い位置に設置されており、会場全体を見下ろす形になる。
席は、2列になっていて前に障害物がないためとても見やすい。
シリルは、シャルロットが他の観客に先程のような視線を向けられることが分かっていたのか、なんの迷いもなく席に着いた。
シャルロットもそれに続く。
(確かに、あの状況の中で観るのは嫌だけれど、王族専用席を使って本当に大丈夫なのかしら?)
「お兄様、本当に大丈夫なのですか?」
「だーかーらー、大丈夫だって!心配症だな〜シャルは。そんなことより、ほら、そろそろ始まるよ。」
話をはぐらかされたが、シリルが無茶なことをするとは思えないので、いつでも立てる準備をしておく。
それよりも、シャルロットの意識は、突然鳴り響く鐘の音に向けられた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
練習試合、開会式の合図だ。
この音をきっかけに、ぞろぞろと騎士たちが入場してくる。
第一部隊、第二部隊と入場し、シャルロットたちがいる王族専用席に向かって整列する。
シャルロットたちがいるところは、ガラス張りとはいえ、外からは光の反射で中の様子が分からなくなっている。
お読みいただき、ありがとうございました。