↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都四条の物語~前世の記憶~  作者: なにわしぶ子
PR
1/4

1話~旅籠屋へ売られた娘~



それは幕末の物語ー



昔々ある所に農家の一家が住んでいた。両親と子供は5人。

生活は貧しかったけれど、でも家族みんなで楽しく暮らしていた。


子供は長女の美花、妹である次女、下には3人の弟達。


畑仕事で忙しい両親に変わり、長女の美花が母親代わりで兄弟達の世話を

一手に引き受けていた。

妹、弟達も皆、姉の美花が大好きだった。


両親は生計を立てる為、畑仕事の傍ら稲作で生じる藁を使って藁草履を作り、

京都の商家へ卸していた。

朝から夜中まで働いても働いても、その日暮らしな生活は楽になる事はなかった。


ある日の事、美花は父に呼ばれた。


「明日は京の四条の商家さんに、草鞋を持っていくのを一緒に着いてきておくれ」


そう言って、これを着ていくようにと新しい着物を手渡された。

何故うちが?美花はまずはそう思ったものの、手渡された初めて手にする

綺麗な着物に有頂天になった。

美花は舞い上がり、何度も袖を通した。

やっと父の手伝いをできるくらいになったのだと思うと

とてもとても嬉しかった。





◇



京へいく朝ー


美花は手渡された新しい着物を母親に着付けてもらっていた。


「お姉ちゃんええなぁうちも行きたい!」

「帰ってきたらお話たくさん聞かせてや」


妹や弟たちが周りを囲み、美花は少し困った顔をした。


「さあ出来た。べっぴんさんの出来上がりや」

母親がそう言って、優しく美花に微笑みかけた。


「ほないこか、美花」


美花は父に促され、立ち上がった。

すると母がいきなり、涙目で美花の両手をつかんだ。


無言でただ美花を見つめる母に困惑しつつ


「だいじょうぶ、うちそんなへましたりせえへん。安心しておかあちゃん」


そういって両手で母の手を握り返すと、元気よく手を振り

美花は京都へ父と向った。



◇


「うわぁ人がいっぱいやなぁ・・・。」



初めて訪れた四条の景色は私を驚かせた。

口をあんぐりと開けてキョロキョロと周囲を見渡しながら歩く。


四条大橋の真ん中でしばし鴨川の水流にみとれた。

すると父の呼ぶ声がした


「今からこちらへご挨拶に行くからはようおいで」


そちらに目をやると「旅篭」と大きく書かれた看板が目に飛び込んでいた。

それにも驚いたが、その向こう側にきらびやかに建つ小屋に目を奪われた。


「あれがお父ちゃんが前に話をしてくれた歌舞伎座やろか」


ドキドキしながら美花は小走りで父に駆け寄った。

旅籠屋の前に立つ父の側に行くと、父は優しい目でこう言った。


「お前はしっかり者やし大丈夫、お父ちゃんは安心してる」


美花は急に褒められた照れ隠しもあって、

すかさず「お父ちゃんこっちは歌舞伎座?」と話を変えた。


「そや、そっちは北座や。向かいが南座。凄いやろ?

ほな、此方に入ろうか、挨拶ちゃんとするんやで」


父に促され美花は旅籠屋の中へと入っていった。



◇


あれからどれだけの月日が流れただろう―


「みんな元気やろか」


美花は店先の掃き掃除をしながら空を見上げた。


「美花!はよぅ!七さんが来とる部屋にお茶や!」


旅篭の女将にどやされ、美花は慌てて店内へと戻った。

父と一緒にこの店に来たあの日、美花はこの旅籠屋の奉公人となった。


挨拶の途中からやっと色々な事を理解した。

あの新しい着物の意味も、母の悲しそうな微笑みも。


そして、私は売られたのだという事を。。


「美花!はようお茶や!喉が乾いとる」


部屋に入ると、満面の笑顔の顔の整った男性が寛いでいた。


「また油を売りにきはったっんですか?」


美花はその男性にお茶を出した。


彼は隣にある歌舞伎座北座のいわゆる花形。

皆からは七さんと呼ばれていた。


「ここが一番落ち着くんや、ここは俺の第二の故郷や。」



七さんは私が出したお茶を一気に飲み干すと

ゴロリと寝転び寝てしまった。


七さんはここに来てからの最大の味方だった。

女将さんに叱られて泣いていたらいつも庇ってくれた。


いつもこっそりお菓子をくれた。

子供だった私は大人になるにつれ、自然と七さんを慕っていった。


七さんは出番の合間に店に来ては色々な事を教えてくれた。

三味線も躍りもしきたりも。


師匠であり父親であり兄の様な存在であった。


「お前は筋がいい」


優しい目でいつも誉めてくれた。

私は誉められたくていつも一生懸命だった。


七さんには妻がいた。

会ったことはなかったが、とても裕福な出自らしい。


「神さんは不公平やなぁ」


一日働き通しでやっと迎えた夜の月を見上げながら

そう呟いた美花は16になろうとしていた。





◇


「今日は鴨川で興行やから、美花も連れていくぞ女将」


七さんは突如やってきて私を連れだした。


女将も七さんには弱く


「お給金ははずんでもらいますからね!」と、諦め口調で返事をする。


美花が外へ出ると座の面々がいた。

ここに来てからこの方々がいたから、美花は寂しくはなかった。


「美花さんこれお願いできますか?」


黒子で座を支えてる正吉が私に三味線を渡してきた。


「正吉さんはいつも皆の為に動いてて大変ですね」


美花がそう言うと正吉は笑顔でこう言った。


「私はこの座が好きなだけですよ」


興行も無事終わり、七さんはうちの店でまた寛いでいた。

美花はいつもの様にお酒を持って行った。


七さんは興行がうまくいったからか上機嫌だった。

美花は七さんのお猪口に酒を注いだ。


すると七さんはお酒を呑むのを急にやめて、ポツリとこう言った。


「美花、夫婦になろうか」


美花は驚いた。

「もう酔ったんです?」と、笑って答えた。


「公の妻には出来ない。式もあげられない。でも、今夫婦(めおと)になろう。」


私は俯いて恐る恐る聞いた。


「七さんは私を捨てられたりせえへん?」


「お前がここに来てからずっと傍にいたのは俺やないか、当たり前や」



七さんはいつもの満面の笑顔でそう言った。




私は泣きながら一緒に笑った。

それは美花が17の誕生日の事だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。