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京都四条の物語~前世の記憶~  作者: なにわしぶ子
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1話~旅籠屋へ売られた娘~



それは幕末の物語ー



昔々ある所に農家の一家が住んでいた。両親と子供は5人。

生活は貧しかったけれど、でも家族みんなで楽しく暮らしていた。


子供は長女の美花、妹である次女、下には3人の弟達。


畑仕事で忙しい両親に変わり、長女の美花が母親代わりで兄弟達の世話を

一手に引き受けていた。

妹、弟達も皆、姉の美花が大好きだった。


両親は生計を立てる為、畑仕事の傍ら稲作で生じる藁を使って藁草履を作り、

京都の商家へ卸していた。

朝から夜中まで働いても働いても、その日暮らしな生活は楽になる事はなかった。


ある日の事、美花は父に呼ばれた。


「明日は京の四条の商家さんに、草鞋を持っていくのを一緒に着いてきておくれ」


そう言って、これを着ていくようにと新しい着物を手渡された。

何故うちが?美花はまずはそう思ったものの、手渡された初めて手にする

綺麗な着物に有頂天になった。

美花は舞い上がり、何度も袖を通した。

やっと父の手伝いをできるくらいになったのだと思うと

とてもとても嬉しかった。







京へいく朝ー


美花は手渡された新しい着物を母親に着付けてもらっていた。


「お姉ちゃんええなぁうちも行きたい!」

「帰ってきたらお話たくさん聞かせてや」


妹や弟たちが周りを囲み、美花は少し困った顔をした。


「さあ出来た。べっぴんさんの出来上がりや」

母親がそう言って、優しく美花に微笑みかけた。


「ほないこか、美花」


美花は父に促され、立ち上がった。

すると母がいきなり、涙目で美花の両手をつかんだ。


無言でただ美花を見つめる母に困惑しつつ


「だいじょうぶ、うちそんなへましたりせえへん。安心しておかあちゃん」


そういって両手で母の手を握り返すと、元気よく手を振り

美花は京都へ父と向った。




「うわぁ人がいっぱいやなぁ・・・。」



初めて訪れた四条の景色は私を驚かせた。

口をあんぐりと開けてキョロキョロと周囲を見渡しながら歩く。


四条大橋の真ん中でしばし鴨川の水流にみとれた。

すると父の呼ぶ声がした


「今からこちらへご挨拶に行くからはようおいで」


そちらに目をやると「旅篭」と大きく書かれた看板が目に飛び込んでいた。

それにも驚いたが、その向こう側にきらびやかに建つ小屋に目を奪われた。


「あれがお父ちゃんが前に話をしてくれた歌舞伎座やろか」


ドキドキしながら美花は小走りで父に駆け寄った。

旅籠屋の前に立つ父の側に行くと、父は優しい目でこう言った。


「お前はしっかり者やし大丈夫、お父ちゃんは安心してる」


美花は急に褒められた照れ隠しもあって、

すかさず「お父ちゃんこっちは歌舞伎座?」と話を変えた。


「そや、そっちは北座や。向かいが南座。凄いやろ?

ほな、此方に入ろうか、挨拶ちゃんとするんやで」


父に促され美花は旅籠屋の中へと入っていった。




あれからどれだけの月日が流れただろう―


「みんな元気やろか」


美花は店先の掃き掃除をしながら空を見上げた。


「美花!はよぅ!七さんが来とる部屋にお茶や!」


旅篭の女将にどやされ、美花は慌てて店内へと戻った。

父と一緒にこの店に来たあの日、美花はこの旅籠屋の奉公人となった。


挨拶の途中からやっと色々な事を理解した。

あの新しい着物の意味も、母の悲しそうな微笑みも。


そして、私は売られたのだという事を。。


「美花!はようお茶や!喉が乾いとる」


部屋に入ると、満面の笑顔の顔の整った男性が寛いでいた。


「また油を売りにきはったっんですか?」


美花はその男性にお茶を出した。


彼は隣にある歌舞伎座北座のいわゆる花形。

皆からは七さんと呼ばれていた。


「ここが一番落ち着くんや、ここは俺の第二の故郷や。」



七さんは私が出したお茶を一気に飲み干すと

ゴロリと寝転び寝てしまった。


七さんはここに来てからの最大の味方だった。

女将さんに叱られて泣いていたらいつも庇ってくれた。


いつもこっそりお菓子をくれた。

子供だった私は大人になるにつれ、自然と七さんを慕っていった。


七さんは出番の合間に店に来ては色々な事を教えてくれた。

三味線も躍りもしきたりも。


師匠であり父親であり兄の様な存在であった。


「お前は筋がいい」


優しい目でいつも誉めてくれた。

私は誉められたくていつも一生懸命だった。


七さんには妻がいた。

会ったことはなかったが、とても裕福な出自らしい。


「神さんは不公平やなぁ」


一日働き通しでやっと迎えた夜の月を見上げながら

そう呟いた美花は16になろうとしていた。






「今日は鴨川で興行やから、美花も連れていくぞ女将」


七さんは突如やってきて私を連れだした。


女将も七さんには弱く


「お給金ははずんでもらいますからね!」と、諦め口調で返事をする。


美花が外へ出ると座の面々がいた。

ここに来てからこの方々がいたから、美花は寂しくはなかった。


「美花さんこれお願いできますか?」


黒子で座を支えてる正吉が私に三味線を渡してきた。


「正吉さんはいつも皆の為に動いてて大変ですね」


美花がそう言うと正吉は笑顔でこう言った。


「私はこの座が好きなだけですよ」


興行も無事終わり、七さんはうちの店でまた寛いでいた。

美花はいつもの様にお酒を持って行った。


七さんは興行がうまくいったからか上機嫌だった。

美花は七さんのお猪口に酒を注いだ。


すると七さんはお酒を呑むのを急にやめて、ポツリとこう言った。


「美花、夫婦になろうか」


美花は驚いた。

「もう酔ったんです?」と、笑って答えた。


「公の妻には出来ない。式もあげられない。でも、今夫婦めおとになろう。」


私は俯いて恐る恐る聞いた。


「七さんは私を捨てられたりせえへん?」


「お前がここに来てからずっと傍にいたのは俺やないか、当たり前や」



七さんはいつもの満面の笑顔でそう言った。




私は泣きながら一緒に笑った。

それは美花が17の誕生日の事だった。






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