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3rd song

 その後一典は必死で学園祭までの日を過ごした。

 一日二時間は楽器練習。休みの日は一日つぶす勢いだった。学園祭参加の申し込みも終えた。「やっぱりやめた」と言いだしかねない茜とはメールでこまめに連絡を取った。カラオケボックスで茜と何度か練習し、ぎりぎり及第点をもらった。


 そして学園祭が始まった。

 体育館は人の熱気で充満している。生徒会役員の司会で開会式が行われ、生徒会長が開会を宣言すると、拍手が沸き起こった。

 会長が壇上から降りたのを合図に、生徒達は思い思いの場所へ散っていく。

 一典は級友たちとステージを見ることにした。一典達の出番は午後の三番目。今年は自分があそこに立つのだ。

 

まずは演劇部など文化部のステージから始まり、花形の吹奏楽部、その後一般の生徒達のステージだ。

 文化部の発表は予想以上に良い出来で、一般生徒の歌や芝居も目を引くものがあった。けれどそれ以上の衝撃にはまだ出会っていない。初めて茜の歌を聴いたとき以上のものは。

 不安がわき上がった。

 失敗することが、ではない。自分の演奏が茜の邪魔になるのではないかということが。

(いっそ、遅れたふりして行かない方が)

 そう考えたとき、茜の姿が頭に浮かぶ。一人で舞台に立つか。一人で辞退するか。もしもの場面を想像し、一典は首を振る。

 茜はどちらもあっさりと受け止めるだろう。一典のこともきっと責めない。けれどそれが耐えられない。茜のためではなく、自分のためだった。


 昼ごはんを早々に食べ、一典はみんなと別れて外に出た。人の気配がない場所を探し、楽譜を取り出す。指使いやテンポを確認した。だんだんと緊張が高まってくるのを感じる。頃合いを見て、バックヤードへ向かった。

 せまい中、人や機材で混雑している。その中にヘッドフォンをつけた茜がいた。

 一典に気付き、ヘッドフォンを外したのが見える。

「遅刻しなかったね」

「……しないよ」

 わざと遅刻しようと考えた後ろめたさから、素っ気なく返事をする。茜は気にする風もなく、まわりをながめていた。普段通りの茜の様子に安堵する。

 

 一組目の演奏が始まった。ギターを持った数人が舞台へ向かった。次の出演者が準備をし始める。その次が二人の出番だ。

 一典もあらかじめ用意してもらったキーボードを舞台入り口まで移動した。台がついており、立って演奏する形だ。

「…なんか、感じが違うな」

「ああ、君のとはサイズ少し違うね」

 学校で用意したものは、一典のものより小さいサイズのものだった。演奏するのに問題はないが、指の位置に戸惑う。小さな音量でためし弾きをして、冷や汗が出てきた。

(……なんか、やりづらい…かも)

 ここ一ヶ月でなじんだ指の感覚がずれる。テンポがゆっくりになっている。ただでさえ通常より遅いテンポで調整してもらっているのだ。ここにきて変わるのはまずい。


(鍵盤は変わらない。気持ちの問題だ気持ちの)

 音は出さず、指使いだけを復習する。譜面台の楽譜がひらりと落ちた。茜の手がそれを拾う。

 壁越しに拍手の音が聞こえた。一典はびくっとする。思ったより大きく響く。

 演奏を終えた生徒たちが戻ってきた。入れ替わりで、次のグループが舞台へ向かう。

 視線を戻すと、目の前で茜が楽譜を差し出していた。慌てて受け取る。書き込みだらけの楽譜。後悔が頭をもたげた。

「大丈夫?」

 そう言われて、気持ちが揺らぐ。弱気な表情で茜を振り返った。彼女は変わらない。フラットなまま。

「あの……あのさ、いざとなったら、僕のことは気にしないで。木野さんの好きなように歌えばいいから」

 彼女はじっと一典を見てから、黙って背を向けた。

 

 うまいとも下手ともつかない演奏が耳に入る。それでも客席はまつりの雰囲気で盛り上がっているようだ。張り上げるような男性ボーカルの声が途切れ、一瞬後に拍手が沸き起こった。

 ぎくりと胸がきしんだ。急に早鐘を打ち始める。舞台から前の演奏者がはけていく。その時間を使い、息を整えた。

「…えー、では次は二年生の二人組の演奏で……」

 司会者からコールされ、一典は焦った気持ちのままキーボードに手をかける。茜が首にかけていたヘッドフォンをとり、それを一典に手渡してきた。

「え?」

「持ってて」

 ぼそりと茜が言った。両手で受け取ったまま、一典は戸惑う。

「そこで聞いてて。好きなように、歌ってくる」

 合図、よろしく。

 言うが早いか、さっと彼女は舞台へ上がった。中心に待つマイクの前へうつむき加減で立った。マイクに手をかける。しかし、口をとじたまま動かなかった。一秒、二秒。客席が徐々にざわめき始める。

 

 一典は焦った気持ちで舞台を見つめ、はっとした。キーボードの電源を入れ、音量を最大にする。曲の最初の音を響かせた。

 茜が顔を上げた。放課後の教室で見た横顔。口が開き、そして声が広がった。

 第一声とは思えない、伸びやかで力強い声。一気に室内の奥まで飛ぶ。歌の持つ言葉がまっすぐに届く。

 冒頭のサビが終わると、スローで歌詞を聞かせる歌声になる。ぐっと穏やかに、けれど音量はしっかり保ったまま。

 

 この歌には直接的な表現は出てこない。だからこそ、歌い手の表現力が問われる。茜の歌は、ひろい。恋愛だけでなく、友情だけでなく、もっと大きなひろいもの。そして、きっとその中には、一典もひっそりと存在している。

 

 ステージの茜を食い入るように見つめる。ヘッドフォンのない横顔は、いつもより表情が豊かだ。優しい表情、強い表情。終わりに向けて、歌に熱がこもった。最後のフレーズを歌いきり、かすかな余韻を残して終わった。

 一瞬の静けさのあと、拍手がはじけた。歓声がそこかしこで上がる。これまでの拍手とは違う、強い波が会場を満たした。

 一典はあらん限りの力で手をたたく。視線の先では、茜が小さくお辞儀をして、こちらに戻ってくる所だった。口元にほのかな笑み。頬は紅潮し、目が輝いている。一典は、満面の笑みで迎えた。


「すごい! すごいよやっぱり! すごく良かった」

「……うん、ありがとう」

 客席では、アンコールの声がちらほら上がり始めていた。

「木野さん。呼んでるよ」

「出ないよ。もう歌うものない」 

 言いながら、舞台袖を後にする。次の出演者が、みな彼女を目で追っていた。

「ちょ、木野さん! いいの!?」

 追いかける一典の背後で、学園祭スタッフが呼び止める声がした。かまわず彼女は外に出る。舞台に釘付けの客席のわきを、早足に通り過ぎた。

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