表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2nd song

 一時間ほどたち、茜が帰り支度を始めた。一典もそれに習い、二人で玄関まで連れ立って歩く。いつも通り、特に話題もなく廊下を進む。

(さて、どう切り出すか……)

 一典は思いめぐらす。出会いから数ヶ月、この機会を待っていたのだ。そろそろ学園祭の準備が始まる。時間がない。

「じゃあまた」

「あっ、ちょっと待って!」

 あっさりと言って自転車置き場へ向かう茜を呼び止めた。彼女のまっすぐな視線を受け、一典は二の句が継げない。

「えーっと……」

 視線をそらしながら、一典は次の言葉を探した。

「あ、そう、学園祭なんだけどね!」

「……学園祭がなに?」

「えーっと、その、そう、木野さんのクラスは何をするの?」

 各クラスで出し物をすることになっている。演劇やダンスなどが多い。

「さあ。なんかダンスとかするみたいだけど」

「木野さん……自分がやるんでしょ」

「私は適当に裏方やるから」

「そっか」

 その様子は想像できて、一典は納得する。

(って、だからなんなんだ)

 

話したいのはそんなことではない。しかしきっかけがない。

 茜が滑り込むように言った。

「この期間は、教室が空かないから面倒なんだよね」

 素っ気ない中にも切実さを感じて、一典は茜をみた。それから廊下の方に目を向ける。今日はまだ静かだが、本番が近づくにつれて、校舎は騒がしくなってくることだろう。

 その間、茜はどうしているのか。けだるげにクラスの出し物の小道具でも作っているのだろうか。歌いもせずに。

「木野さんっ!」

 勢いの良い一典の声に、茜が驚き、振り返った。

「歌えばいいじゃん。学園祭で!」


 学園祭では、クラスや部活の発表の他に個人的な枠もある。大抵趣味でやっているバンドの演奏が多い。

「なんでわざわざそんなことしないといけない。私は別に誰かに聞いてもらいたいわけじゃない」

 一典は小さく頷く。それはこれまでの言動から察しがついている。

「でもさ。学園祭でなら、今までみたいにおさえて歌うこともないでしょ。思いっきり声出せるじゃん」

 茜は考えているようだった。一典は興味のないふりをしつつ、心中は期待しながら返答を待った。学園祭で彼女が歌う姿を想像する。きっと会場内は空気が一変するだろう。

「……いや、やっぱめんどくさい」

「ええっ! そんな。じゃ、色々手続きとか僕がやるから」

「出ない人にそんなことさせられないし」

「じゃあ出るから! 僕も出るから!」

 そう言った一典を、茜が意外そうに見る。

「出るって何。何するの?」

 茜の視線を受けて、一典は勢いよく言った。

「楽器。一緒に楽器演奏する!」

「……本気で言ってるの?」

「まじまじ大マジ!」

 勢い良く一典が言った。茜の視線が一典に刺さる。一典はひるみそうになる自分を押しとどめた。

「わかった。じゃあ、今度ちょっと演奏聞かせてくれる?」

 

(なんでこうなった……)

 夕食後、自室に籠った一典は、電子キーボードを前に悪戦苦闘していた。

 物置の奥から探し出したそれは、ほこりをのぞけばほぼ買ってきた時と同じ状態だった。

 さまざまな種類の楽器音が出る機能など、最初こそ楽しんでいたが、いざ曲を弾こうとすると一筋縄ではいかない。しかし、なんとかするしかない。茜が歌うかもしれないのだ。

 一典は昔の音楽の教科書とネットの知識を参考に、見よう見まねで音を出してみる。

 壁にかかったカレンダーを見た。学園祭まであと一ヶ月。

(一曲だけなら……なんとかなる!)

 たどたどしい指使いで練習を続けた。


 二週間後。

 一典は重苦しい気分で歩いていた。背中には、キーボードを背負っている。

 カラオケボックスの入り口で、茜が待っていた。私服姿は新鮮だったが、浸る余裕もない。

「すごいかっこうだね」

 茜のひとことに生返事を返し、二人は店内へ入った。


 そろそろ聞かせてほしい、と茜に言われた時、一典は聞かなかったことにしようかと思った。

 校舎内は徐々に学園祭ムードになってきている。教室には出し物の小道具らしきものがちらほら見える。今は空いているこの教室も、あと数日もすれば生徒達でにぎやかになるだろう。

 一典も茜と会う機会が少なくなる前にとは思っていた。しかし、とても言いだせるレベルではなかった。

 茜が選んだ歌は、高校生にも人気のグループの曲だった。一典も知っている。普段茜が歌う傾向とは違うが、一典には有難かった。楽譜が読めないので、知っている歌でないととてもできない。

 しかし、問題は前奏だった。この歌はサビから始まる。前奏なしでは、合わせづらい。しかし前奏はほとんど聞いたことがなかったため、大変手こずっていた。


「じゃ、時間ないし早速やってもらっていい?」

 普段よりくだけた調子の茜が、今は遠く感じる。

 一典はのろのろとキーボードをテープルに置いた。「けっこういい楽器だね」などと言われ、ますますプレッシャーを感じる。

(もういい! やるしかないっ)

 あとは茜に委ねよう。一典は電源を入れた。


 電子音の響きが消え、曲が終わった。一典はうなだれる。

 間違いはしなかった。今の自分はこれしかできない。けれど、不十分なのは間違いなかった。

 茜の手が楽譜を手に取った。全て音階や注意書きがある、書き込みだらけの紙きれ。

「……日比谷君さ、楽器やったことないでしょ」

 一典は力なくうなずいた。茜の方を見ることができない。

「それでもやるの?」

「……ごめん。ほんとごめん。偉そうなこと言っといて…」

 茜がのぞきこむように一典に近づいてきた。思わず顔をあげる。

「別に責めてるわけじゃなくて」

 そこで考えるように間を置いた。

「なんでそんな必死になるの? 私の歌なんて、たいしたことないよ」

「そんなことないよっ! みんな聞けば分かるよ。僕は最初から思ったし。この人大成するって!」

 噛み付くような勢いで反論すると、茜は不思議そうに一典をながめた。小さく笑う。

「変だね。日比谷君て」

 

 茜がマイクを手に取った。

「最初の音、くれる?」

 何のことか理解できず、一瞬固まってから、一典は慌ててキーボードの一音を押した。

 すっと息を吸い、茜が口を開いた。

 教室で聞いたものとは違う、広がった声。音量は大きく、けれど近くにいる一典の耳にもぶつからない滑らかさ。

(すごい)

 予想はしていた。けれどそれ以上だ。

 最初のフレーズだけ歌い、茜は歌を止めた。

「あのさ、合わせるから。日比谷君は、できるだけやってくれればいいから」

 いつもと変わらぬ調子で茜が言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ