冥土からの仕切り直し
七月十三日
享年十五年の僕は今、『あの世』で四足歩行の『きゅうり』に跨がっている。
◆ ◆
一年前ぐらいだったかに僕は自殺した。理由はクラスメイトからのいじめだ。
ノートとか教科書破られたり、くつ隠されたり、突然殴られたり。
一回、「なんでこんなことするの?」って訊いたら、「お前いじめるの楽しいから」って言われたな。
いや、それが答えとかサイコじゃねえか。脳味噌にウジわいてんだろ。
そんなこと思ったりもしたけれど、僕にはそれを口に出すことも、ましてや殴り返すこともできなかった。
怖かったのだ。
言い返せばもっと酷いことをされただろう。殴り返せばそのまま返り討ちエンドが目に見える。
先生には相談しなかった。そんなことして、アイツらにバレたらどうなることか。
だからといって、親には相談したくなかった。不安にさせたくなかった。
だから、「学校どう?」なんて訊かれたときは「めっちゃ楽しい!」って答えてた。
嘘ですごめんなさい。本当は楽しくないです。辛いです。
今思えば、親に言っておけばよかったな。変な見栄張って不安にさせたくないってなんだ。死んだら元も子もないだろ。
生前は『イジメ』、死後は『後悔』。
とっても遠くに逃げてきたはずなのに、僕はそこでもなにかに苦しめられていた。
◆ ◆
「出発は日本時間で十分後、午前三時ぐらいなんですよね。おそらく、アナタの出身地までは五・六時間は要するでしょう。ちなみにフルでフリータイムですんで。時間になったら『茄子の牛』がアナタの現在地まで迎えに行きます。ですので潔くお別れできるよう、心の準備をお忘れなく」
きゅうり、こと精霊馬が僕に『お盆』のスケジュールについて説明している。なかなかシュールな光景だ。というか五・六時間って結構長いな。日本から飛行機で中国行けるぞ。
『霊に一刻も早く家に帰ってきてもらう』ための胡瓜の馬じゃないのか。
「いや、日本から中国って。『あの世』と『この世』ナメてるんですか。飛行機とか一生着きませんよ」
「心の声を読むな!」
そうして十分後、僕らは予定通り『この世』へ出発した。
『この世』。僕の生まれた世界。僕の生きた世界。僕の死んだ世界。もう僕の存在しない世界だ。
◆ ◆
「あ、そういえば私『千引石』の話しましたっけ」
僕を背中に乗せて走りながら、きゅうりは思い出したように僕に言った。
「もしかしてコレのこと」
そう言って僕はポケットに仕舞っていた石をきゅうりに見せた。
「なんか『あの世』に来たとき知らない人に渡されたんだけど」
「あーコレコレ。コレですよ。『あの世』に来た人に最初に配布されるんですよね」
「で、コレがどうしたの?」
「いやね、『あの世』と『この世』って何か透明な壁?みたいなのがあるんですよ。だから交わることってないんですよね。ただ『お盆』のときだけはこの壁の力が少し弱くなるんです。そこで・・・」
「この『千引石』ってやつを使うの?」
「そうです。でも『千引石』は消耗品。しかもコレ結構貴重らしくて、一人一個しか貰えないんですよ」
そんなに凄い石だったのか。ゴミ押し付けられたと思ってたけど捨てなくてよかったな。
「千引石で生前の後悔を晴らしに行くって人は結構多いですよ。生前にやり残したことをやったり、懐かしのお母さんの手料理を食べに行ったり。」
「やり残したこと」で思い出したが、僕は遺書を書かなかったんだな。僕は最後まで自分の心内を明かすことができなかったんだ。
精霊馬が会話の最後にまた心の声を読んだのか、「アナタのやり残したことは何ですか?」と興味本位で訊いてきた。
僕はその質問には答えなかった。
まだ、答えを持っていなかったから。
◆ ◆
「そういえば、アナタってなんで死んだのですか。お若いので病気だと思っていたのですが」
出発して二時間くらいか経った頃に精霊馬がそんなことを問いかけてきた。
「イジメられて自殺。そんだけ」
僕はその言葉を投げつけるように放った。
別に死んだ身でこの話をするのにはなんの抵抗もないはずなのに、
『イジメ』、『自殺』。この言葉を発した途端、あの頃の記憶が鮮明に蘇った。
それと同時に怒りがこみ上げてくる。
あの頃、僕をイジメていた奴らに、
助けてくれなかった奴らに、
生前はこんな事思えなかった。恐怖が僕を取り込んでいたから。
なにより、言い返せない、殴り返せないヤツに腹がった。
生前はこんな事思わなかった。アイツはただのかわいそうなヤツだったから。
すると、精霊馬はまた僕の心の声を読んだような口ぶりで、
「あぁ、すみません。地雷トークでしたかね、コレ。嫌なら話さなくても良いんですよ。私は相手のプライバシー守る派なので」
精霊馬のこの場の空気を察したうえでの少しふざけた話し方に心が落ち着いた。
僕は大きく深呼吸をしてから、「そんなことない」といって生前の話を訥々と語った。僕は涙が出そうだった。
◆ ◆
「私、野菜として胡瓜の酢の物になりたかったんですよね」
僕が生前の話をし終えると、精霊馬は突然よくわからない事を言ってきた。なにいってんだ。
「いや、お前胡瓜じゃん。後で酢の物にしてもらえば?」
それがねぇ、と言って胡瓜は話し始めた。
「精霊馬、精霊牛になるともう野菜じゃなくなるんですよね。亡くなった人の乗り物にジョブチェンジ。私びっくりしましたよ、野菜も一応生きていますからね。いや、野菜じゃなくて乗り物とかナメとんのかって思いましたよ」
でも・・・、と精霊馬は続ける。
霧の先にうっすらと『この世』が見えてくる。
「私を作ったのって貴方の親御さんなんですけどね、いや本当すごかったですよ貴方の愛され様が。二人の『会いたい』って意志の強いこと強いこと。まぁ、なんでこんな話したかと言うとね、精霊馬の行動原理は作った人の意志に基づいているんですよ。だから結局は私この仕事やらなきゃならないんですけどね。でも、原理とかじゃなくて二人の意志を知って私、心の底から思ったわけですよ。精霊馬がんばろうって」
そう言った精霊馬は笑っていた。
僕は男泣きしていた。泣きすぎだ。
僕は精霊馬にバレないよう鼻をすすってから尋ねた。
「じゃあ、お前は野菜になれないのか」
「はい。精霊馬は最後川流しされるはずなんですけど、最近はコレご法度らしいですね。おそらく可燃ごみ行きでしょうか・・・。私はできれば川流しがいいんですけどねぇ」
霧がなくなり家屋や山が見えてきた。
「まぁ、世の中自分の思い通りのハッピールートに簡単に進めることなんて稀ですよ。だからそういうのって自分で作るしかないんです。そこで大切なのがどこに行くにしても『後悔』を持ち歩かないことです。『後悔』は私たちの『可能性』を隠してしまいます。きっともう見返したくない『後悔』もあるでしょう。しかし、恐れず立ち向かってみなさい。死んだからといって進む道は閉ざされない」
精霊馬が止まった。どうやら『この世』に着いたようだ。
「ありがとう」
僕は精霊馬にお礼を言う。
見た目は胡瓜なので表情はわからなかったが、精霊馬は喜んでいるのではないのだろうか。
コイツも何か別れの言葉とか言うのかと思っていたけどそんなことはなかった。
ただ、
「貴方のやり残した事は何ですか?」と。
その言葉が耳に入ってすぐ、精霊馬の姿はなくなっていた。
望み通り川に流れることはできたのだろうか。いや、できていると思いたい。
僕は千引石を握りしめる。
「僕は、
◆ ◆
八月十六日
「おまたせしました」
『精霊牛』である私の姿を見て、その少年は驚いているようだった。
「あれ、もうそんな時間なんですね。やっぱり死んでも時間感覚は生前と変わらないんだなぁ。楽しいことはすぐ終わる!」
「久々に友達と鬼ごっこしてきたんですよ!また来年もしたいなぁ」
そう言って少年は私のほうへ駆け寄ってきた。
「それはよかったですね。ではもう出発の時間なので。私の背中に手をかけてください」
私たちは小さな町を背にあの世へ向かった
サイレンと紅いライトに包まれた町を