7話
「ただいまー! お母さん、友達入れてもいい?」
家に帰ると同時に、アタシはそう言った。
最初は彼女の家に寄る予定だったらしいけど、助けてもらったのにさらに家にお邪魔になるのは困ったのでアタシの家にお邪魔させることになった。
「いいわよー」と言われ友達……ではない人間をアタシの部屋まで連れていった。それは、さっきアタシを助けてくれた彼女のことだ。
天ちゃんは……あのあと、一人で帰ってしまった。
アタシはイジメに天ちゃんを巻き込んだ。だから、天ちゃんとはもう友達との縁を切った方がいいのかもしれない。そんな悲壮感に浸りながら……。
「どこに座ればいい?」
彼女はそう聞いてきた。
「うーん、適当に、どこでも」
曖昧に答えた。
すると彼女はアタシの前に寄ってきた。
もしかしてアタシの近くに来たかった?
「なんで虐められていたの?」
ああ、問い詰めたいから近づいてきたのね。
「虐められていたから、虐められていた。それ以上でもそれ以下でもない、かな?」
本音は隠す。だから濁した。
彼女には、できればアタシの気持ちを話したくない。
「ふーん……。そう言えば貴方の名前まだ聞いてなかったわね。私は松木優華。よろしく」
「アタシは千秋、松岡千秋だよ!」
「貴方のお母さん、貴方と同じで茶髪なのね……」
「――? そうだよー」
脈絡関係なかったけど、アタシは正直に答えた。別に髪を染めたからではなく、地毛で茶髪だ。
しかし今はそんなことよりも重要な話をしなければならない。
「早速で悪いんだけど松木ちゃん……って、呼んでいいかな?」
松木ちゃんはコクりと頷く。
それを見てアタシは話を続ける。
「実は…………イジメから救ってほしい」
アタシは考えていた。
アタシの明るい性格によって、イジメがバレるというのは最も最悪だ。
明るい性格でもう振る舞えなくなる。振る舞っても虐められたことがあると知られるだけで同情されて、アタシを明るい性格として見ない人間が増えるだろう。
それを防ぎたかった。
そして防ぐ可能性を見いだした。それが彼女――松木優華によってイジメを収めてもらうことだ。
彼女は強い。そしてアタシに協力してくれる。恐らく、正義感強い人。
だからそれを利用して、明美ちゃんとの間柄を終わらせたいとアタシは考えていた。
「分かった……だけど、条件がほしいわ」
「何かな?」
当然、善人だろうが正義感強い人間だって、条件を出すときもある。それは予想の範疇で、そして受け入れるべきなんだろう。
「一つ目は貴方に少し酷いことをしてしまうかもしれない。だから先にそれを謝っておくわ」
松木ちゃんがペコリとお辞儀する。
……アタシに酷いこと、か。……何をする? 明美ちゃんにもう一度虐めてもらうからか? その可能性は……ある。
さらに二つ目によってアタシはさらなる条件が加わってさらに酷いことになるかもしれない。
「二つ目。これは完全に私的なことだけど、……眼が見えない人と付き合うにはどうすればいい?」
「……へっ?」
あまりの突拍子な話にアタシは驚きを隠せなかった。
優華ちゃんも思ったところがあるらしく、顔を赤くしていた。
「あー……、今のは忘れて…………。ホントの二つ目の条件は貴方が普通に学校を登下校する生活をしてほしい」
「――? うん、分かった!」
さっきの質問のようなものはなんだったんだ……。まぁいい。
それよりも気になったのは二つ目の条件だ。
「因みにさ、松木ちゃん。二つ目の――『普通に学校を登下校する生活をしてほしい』っていうのは、つまりアタシは貴方の計画を知らずにいつもの生活を過ごせばいいってこと?」
「うん、そういうこと。ついでに、他にもいろいろ質問してもいい?」
「もちろんだよ」
そして質問が始まる。
質問は以下の通りだ。
・何年何組?
・学校には何時に着く?
・学校はいつも何時に帰る?
・どの校門を通る?
・いつもの顔の向きは上?下?
・明美に虐められている期間
・明美にどのくらいの頻度で会うか?
・明美の登校と下校時間は?
・学校の屋上に入ったことがあるか?
・相手(明美)の普段持ち歩いている武器は?
意外と、多く質問された。
恐らく、彼女はいくつかイジメを解決する質問とは別に、ダミーの質問があるのだろう。そうでなければ、ここまで多くない。
多分、アタシにどんな計画かマトを絞りづらくするため。
思ったよりも、頭がキレるな……。
しかし、計画を絞らせないにしろ、不思議な質問が多かった。でもまぁ、考えるだけ無駄ということにする。正直、今日はいろいろありすぎて疲れている。早く寝たい。お布団先輩にダイブして枕をモフモフして抱き枕をギュッとして寝たい。……ヤバい、相当疲れてるな……。
「変な話だけど……千秋さんってホントにここに住んでるの?」
疲れて変な考えをしてたアタシに、変な質問が飛んできた。
「そうだよ、ここに住んでるけど……それがどうかしたの?」
「いや、私の家から近いと思ってね」
「そうなんだー!
それで、どこに住んでるの?」
「…………隣……」
「えっ? ホントに?」
「うん、ホント。でも、貴方小学校のときいなかった気がするから……もしかして、中学生になったと同時に引っ越してきた感じなの?」
「そんな感じだけど……まさかお隣さんとは思わなかったよー」
「私も」
確かに、お隣さんで挨拶したときに同じ同級生がいるって言ってたっけ?
でも、優華はあのときいなかった。……誰かと遊んでいたのか? でも今はそんな詮索よりも目の前にあることだ。
「優華ちゃん。アタシは本当に何もしなくて大丈夫?」
「大丈夫。多分いろいろ支度するのに時間がかかるからイジメがなくなるのは明後日ぐらいから。だから明日アイツらが虐めてきたら、私は対処できない……。それは理解してほしいかな」
「分かった。明日だけなら問題ない。イジメが解決するのは明後日で確定なの?」
「いや、準備に時間がかかれば明々後日以上の可能性もある。明日で終わることはない。そこは謝るわ」
「いや謝らなくていいよー。むしろイジメから解放させてくれる方が嬉しいから」
イジメがなくなれば、アタシは普通に立ち回れる。そうすれば、明るい性格の人間として振る舞いやすい。
「あっ……千秋さん。言うの忘れていたけど、合言葉を教えるから、それを覚えてくれないかな?」
……合言葉? そもそも、イジメは優華ちゃんが一人でなんとかするはずだったんじゃ……。まあ、いいか。彼女は嘘をつけないし、嘘から騙されやすい。なんとでもなる。
だからアタシは、
「うんいいよ。それで合言葉は何かな?」
「『死ね』。それが合言葉」
「――!?」
意味が分からない。
合言葉に『死ね』なんて聞いたことがない。
……もしかして合言葉ではなく、そのときに『死ね』とアタシが言うことで何かが起きるのか? だとしたら目の前の彼女はどれだけ先を読んでいるんだ? スポーツもできて戦略も戦術も長けている……そう捉えていいのか? 嘘は下手で、それ以外はすべて得意だと捉えて……いや、やめよう。先を考えても埒が明かないほど分からない。なら、後回しだ。
「分かった。けど、合言葉っていつ言えばいいのかな?」
「貴方にはそのときが分かる、絶対に。だからそれは考えなくていい」
「……分かった」
優華ちゃんが恐ろしく見える。アタシには到底そんな先は読めない。でも、従っておけばアタシはイジメから解放される――これは間違いない。
このあと、特に会話も続かなかったので、緊急のために優華ちゃんとラインの交換をした。そして、優華を隣まで見送って家に帰した。