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3話


 アタシはちょっと気落ちしながらも職員室に向かっていた。それは、学級委員長の幾間(いくま)くんに虐められていることがバレたというのもあるかもしれないが、一番は職員室に行くから怠いからだと思う。

 (だる)いといえば明美ちゃんと放課後、いつもの場所に集合というのも正直怠い。

 でも、怠かろうがなんだろうが笑顔を振りまかなければアタシは壊れる。

 アタシはそんな生き物で、生物だ。

 それはともかくとして、職員室前に着く。

 

 「失礼します! 1年4組の松岡千秋です! 神田先生はいらっしゃいますか?」

 

 大きく明るく、アタシはそんな声で職員室の前で、用件を言った。

 

 「はい、いますよー」と、そう言いながら神田先生はこちらに向かってきた。

 

 神田先生――本名は神田美香だ。

 学生からの評判や人柄もよく、アタシのクラス――1年4組の担任。そしてけっこうな美人さんで、女子たちは憧れをもっているし、ヤバい人までいくと先生に告白したという噂まである。

 まだ一ヶ月と少ししか経っていないのに、生徒の一人がそんな行為をとるほど、凄いと思える美人で優しい先生だ。

 

 「千秋ちゃん、ちょっと外で話そうか」

 

 「分かりました!」

 

 アタシは敬礼するような大きな声を出した。

 迷惑かも知れないけど、それがアタシ――松岡千秋だから仕方ない。

 そして、職員室から場所を移動する。

 場所は、職員室の周辺と言えど、あまり人気(ひとけ)の少ない場所……。

 ……幾間(いくま)くんとの会話を思い出しちゃうな。それほどシチュが似てた。

 

 「千秋ちゃん? 大丈夫? 寝不足って何があったの?」

 

 そんな考えとは裏腹に、神田先生は優しく語りかけてくる。

 ある先生なら、先に寝不足というのは自身の怠慢だ……なんてことを言うのかもしれないけど、神田先生は別だ。

 生徒に耳を傾け、状況を把握したあと、それが嘘かどうか見極めて、最終的に怒るか(なだ)めるかする。アタシから見れば正しいことをしていて、尊敬している先生だ。

 だからといっても、嘘は吐く。アタシがアタシであるために。アタシが壊れないために、自身を守るために。

 

 「実は……、昨日本を読むことに没頭してしまって……。気づいたら寝てて遅れました。すいません!」

 

 怒られてもいいけど、アタシがイジメを受けていることはバレたくはないので、そんなふうに、話を違う方向にもっていく。

 

 「そう…………」

 

 先生は何かを考えているようだった。

 変なことを思われたら面倒だ。

 適当に話をたぶらかそう。

 

 「えっと、何か罰ってありますか?」

 

 当たり障りのないようなことを話す。他の先生では怒りを買うかもしれないけど、神田先生はこの質問で怒ることはないと知っていた。

 

 「いや、罰とかはないわよ。ただ……」

 

 「ただ……、どうしたんですか?」

 

 アタシはただただ疑問に思う。

 神田先生は優しい先生で、生徒想いな先生――少なくとも、この一ヶ月と少しで感じたことはそんなイメージ。

 だけど、今の先生の顔は何かを真剣に考えている人だった。それは優しいと言えなくもない……、そんなふうに思えたけど、表情を見ればわかる。

 アタシの思っている優しいとは少し違う。

 アタシは神田先生の性格の認識を誤っていた。

 神田先生は、チョロいとかそういう優しいではなく、何か、別の優しさをもつ先生に見えた。

 

 「…………千秋ちゃんって前にも保健室行ったことあったわよね?」

 

 「はい! そうですね!」

 

 元気よく応える。

 それがアタシの性格で、アタシの真実を語っている性格なのだから。

 

 ……アタシは何か、見落としていた。自身の性格のことを最優先としてしまったから、何かを見落とした気がした。

 

 「千秋ちゃん……正直に言って欲しいんだけど……。家族か、学校かでイジメ受けている?」

 

 「…………」

 

 ……なんで……、なんで……、なんで、なんでなんでなんでバレたの?

 分からないわかんない知らない知りたくもない。

 ……否定しなきゃ……イジメを受けてないって……。――アタシがアタシであるために、学校に知れ渡る前に終わらせないと――、

 

 「――アタシっ! 虐めなんて受けてないですよ!」

 

 強調する。

 

 胸に右手を当て、主張を強くする。

 

 一生懸命、明るいアタシを演じれば、先生もこれ以上深追いをすることは――、

 

 「いたっ……!」

 

 先生がその右手を掴んだ。

 痛かったのは、右手を掴んだ神田先生の力が強かったからというわけではない。アタシも、ようやく気づいて、戦慄した。

 

 「千秋ちゃんの右手の甲にある……このアザは……家族間での虐め? それとも学校での虐め? それともどこかで怪我してしまったもの?」

 

 アザが、右手にアザが残っていた。

 それは、明美が腹を殴っていたとき、抵抗してしまったから、できてしまったアザ。

 

 「…………」

 

 ……答えなきゃ……! 何か……! なんでもいい! 先生を騙せるような、適当な――、

 

 「あのっ! これはですね……、そのっ! ……っと、そうそう! このアザは昨日野球のボールが偶然当たってしまって――」

 

 「……嘘はつかなくていいわよ」

 

 「――!?」

 

 ――バレてる!?

 

 「このアザは誰かに殴られたぐらいでしかつかない傷よ。……私も、嘗ては同じようなアザがあったわ」

 

 「えっ……?」

 

 突然の告白に驚きを隠せない。

 というか、この先生も虐めを受けていたことがあるのか――、

 

 「私の場合は……虐められた相手に蹴られ、殴られて、最後にはカッターナイフまで使われた始末よ」

 

 「…………」

 

 「って、私のことより千秋ちゃんのことよ! ……大丈夫……は、おかしいよね。同情だけしかしないのは絶対ダメ! 私の担任の先生も同情しただけで結局は私を助けてくれなかったんだから!

 ……千秋ちゃん。少し話しにくいかもしれないけど、誰に虐められているか教えてもらえる?」

 

 多分、神田先生は虐めから解放してあげたいんだと思う。

 でも、アタシはイジメから解放されることは正直どっちでもいい。問題は、

 

 「先生、その前に質問してもいいですか?」

 

 「何かしら?」

 

 「アタシが虐められていることは内密にできませんか? 他の先生や生徒にも、……できれば外部者も」

 

 これ以上バレたくなかった。委員長の幾間くんにバレて、今は神田先生にバレた。

 正直、バレる人がこれ以上増えてしまえば、アタシは死ぬ。社会的に、人間として終わる。

 だから、誰にもバレず、このことを解決したい。

 

 「それは……先生として言えば……難しいわね。……でも、誰にもバレずにやって見せるわ。千秋ちゃんがイジメを受けていて、担任が黙ってられるもんか!」

 

 先生の口調は乱れ、いつもより闘争感マシマシに思えた。けど、それはいつもより……という話で、それだけなら、明美たちに虐めを止めさせるのは難しいだろう。

 神田先生は柔道や空手なんてしていない、普通の女性だろう。

 それなのに、明美ちゃんは恐らく武器を使用する。相手が狂っていれば、説得なんて効かない。

 

 「先生がアタシの言ったことを守れるなら、是非とも相談したいんですけど……」

 

 「もちろん! 先生に任せなさい!」

 

 「――その主張、心掛け、実に有り難いんですけど、相手は武器も持っている可能性があります。その場合、先生一人では怪我を――」

 

 「――いい? 千秋ちゃん、私が怪我しなかったら誰が怪我するの?」

 

 「…………」

 

 その答えは、アタシだ。アタシが怪我をする。

 先生がこのまま何もしなければアタシはイジメを受ける日々が待っている。

 寂しくて、痛くて、気持ち悪くて、そんな日常が繰り返される。

 でも、アタシが明るくない人間に思われたら、アタシはどうなってしまうのか分からない。

 アタシがアタシで、まったく変わらないアタシを目指すなら、……この先生は邪魔だ。

 だから、邪魔はさせない。

 

 「アタシが怪我をします。でも、だからと言って先生一人だけの協力では、失礼ですけど二人とも怪我に遭うだけです――」

 

 「……でも! ――」

 

 「一人より二人で虐められた方が怪我はマシになる? そう言いたいんですよね、先生は?」

 

 「…………」

 

 「でも、その人たちには無意味ですよ。むしろ逆効果。先生に知られたら、あの人たちは何をするか分からない。

 ピンチに陥った人間が愚行に走る……、それは先生の今まで生きてきた経験でも分かるはずです。アタシも分かっているので。ですから、先生一人だけが協力者の場合、最悪あの人たちは監禁もするかもしれないです。なので手出しはしないでください。お願いします……!」

 

 深々と頭を下げる。

 それは、アタシは先生が――神田先生が大切だから、言った忠告だ。

 アタシは先生を尊敬している。普通の先生なら、アタシが虐められていることに気がつかない。彼女は、生徒が困っていればよく気がつく。そして助けるために、協力して生徒の仲を深める先生だ。

 でも今回、アタシは仲間を作ることが難しい。

 虐められていることを知っている人は協力者にできるけど、それだと今度はその協力者にも虐めが及ぶ。

 もっとも危険なのは明美ちゃんたちから見て、恐れる人物だけど、拘束できる人間だ。

 該当するのは、目の前にいる神田先生だ。先生というのは生徒から見れば、完全に目上の人間。そんな人間に見られれば、明美たちは間違いなく異常な行動をとる。例外は明美たちが武器を持っていても返り討ちにできる人間だ。だけど、虐めを知られている人の中にそんな人はいない。

 

 だから、アタシはまだ、一人でイジメを受けなければいけない。

 なのに、

 

 「ダメ、私も一緒に行くわ! イジメなんて、私がぶち破るわ!」

 

 普段は気弱そうな先生が、強く、強い意思をもってアタシの邪魔をする。

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