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12話


 扉を開いた先、そこに優華はいなかった。

 代わりにいたのは、

 

 「明美……」

 

 「いよいよ、明美ちゃんって言わなくなったな。本性を現したってとこかなー、あはっ!」

 

 「……明美、ちゃんもどうしたの? そのボロボロの身体。まさか優華になんてやられたわけではないよね?」

 

 フェンスに寄りかかって、ボロボロで、今にも倒れそうな明美。だから皮肉を口にした。

 

 「もちろんお前の思ってる通りさ。私は優華に負けた。惨敗中の惨敗。でもお陰様でいい『約束』も取り付けてくれた。先に言っておくと、だ。私は今から優華とそして千秋、お前らと友達になるってことだ」

 

 「…………。はぁ……?」

 

 「意外とおかしくはないと思うだろうさ。私はアンタのことが嫌いだったわけではない。むしろ好きなくらいだ。その根性に、その怒り。私の部下だった奴らより数段、数百段は優秀な人間だよ、アンタは」

 

 「そりゃどうも。アタシは優華ちゃん殺したいんだけど、何処にいる?」

 

 「おお、怖いな。ってそんな眼で見るなよ。私が対戦相手みたいになるだろ? さすがに今からタイマン張るのはご勘弁、だな。ボロボロだし。でもお前もボロボロだよな、もっとも……、身体ではなく目から出るものがボロボロと出てるよな。おいおいそんな鬼みたいな眼で見るなって。

 お前の相手は後ろにいるぜ」

 

 後ろを振り向く。

 そして、いた。

 見つけた。

 

 「おはよう、千秋さん。今日はどうしたの?」

 

 「死ね!」

 

 アタシはすでにいつの間にか、無意識のようにポケットに入れていたカッターを引き抜いて、優華の喉元を貫こうと――、

 

 「『死ね』は合言葉。今はただ戦うだけよ」

 

 「ぐぁ……」

 

 喉元への攻撃を飄々とかわし、腕を取られ、肘を曲げられない方に曲げられる。激痛はなく、しかし痛みはある。相手の思うように動かされているのかもしれない。しかも何故か身体が思うように動けない。

 柔道だか空手だか知らないけど、やっぱりコイツは何かしらのスポーツをやっている!

 だけどなぁ、アタシだってスポーツなんてやってはないが、覚悟を持って――殺す覚悟を持ってここにきてる!

 

 こいつを殺せるなら。腕の一、二本関係ない。

 

 「――っ!?」

 

 アタシは囚われていた利き腕――右腕の肘を“逆”に折り曲げ、自身の腕を折った。

 腕が優華の支配から解放され、相手が戸惑っている間にアタシは左肘で優華の顎に思いっきりぶつける。

 感触はあった。

 そう思って、畳み掛けようとしたが、

 

 「っ……!」

 

 あまりの腕を折った痛さに悲鳴は上げないにしろ、攻撃を止めてしまう。

 活動限界だ。

 今まで骨を折ったことがないけど、これほどまでに支障にきたすのか……!

 

 「骨なんか折るつもり……無かったのに……」

 

 いつの間にか、優華は距離を取っていた。

 それにしても思った以上に痛い。

 でも関係ない。

 

 「言ったでしょ? 殺して解体(ばら)すって。アタシは今それを体感してるの。そして優華ちゃんにも同じ思いをさせてあげるからね」

 

 殺してあげる。

 そしたらまずはノコギリか鉈で人体を十個くらい分けて、いや百個くらいに小分けして。そしたら包丁で微塵切りにして、集めて焼いて灰にして……アタシの存在も消して、『アタシ』は終わりだ。

 

 「今、貴方は暗闇にいるわ。後少しで助けてあげるからね」

 

 何言ってんだ?

 

 「なら、その前に死ねよ。あるいは殺せよ。救済しろよ、お前はそういうことが平気でできるんだろ?」

 

 思考が纏まらずに喋るアタシ。

 ちくしょう……、痛さでおかしくなってやがる。

 アタシは今、何を言ってるんだ?

 

 「貴方は混乱しているだけ。明るい貴方も貴方だけど、それ以上に普通の貴方こそが貴方よ」

 

 「普通イズベストか? いいよ。でもそれには普通イコールで明るいってことにしといてくれると嬉しいかな?」

 

 「貴方イコール貴方よ。貴方イコール明るいだけでは貴方は言い表せないわ」

 

 アタシは明るい性格。

 なのに、なのに!

 

 「いつも邪魔ばっか入る! クソ喰らえだ!

 なんでアタシの考えを否定する!

 思想は自由だろ!? それを束縛させるな!」

 

 「貴方は自己暗示が激しい。それが回りの環境かは分かんないけど、貴方は明るくなくたって、貴方は貴方。

 貴方という人間を私は否定しない!

 他の奴らを敵に回しても!

 世界を敵に回しても!」

 

 「嘘だ!

 そんなのなんのメリットもない!

 人の意見は一瞬で変わる!」

 

 人の意見なんて変わる。

 いい奴が悪い奴に思ってしまえば、それだけで意見は変わる。

 アタシが虐められれば、アタシの印象が、意見が変わる。天ちゃんが、アタシに話しかけなくなってしまったときと同じように。

 

 「それは違うよ! 千秋!」

 

 明美でも、優華でも、ましてやアタシでもない声が、屋上に響く。

 その声をアタシは知っている。

 

 

 アタシの友達――天野(あまの)(てん)、天ちゃんだ。

 

 

 アタシの友達、天ちゃんはアタシの方に大声で、すでに涙を流しながら話す。

 

 「なんで千秋は私に相談しなかったの! なんで千秋は私を頼らないの!?

 教えてよ!!」

 

 「それは……」

 

 たじろぐ。

 理由が、アタシがアタシであるためとか、アタシが明るい性格がいるために虐めを黙っていた。今そんなことを言っても分かってくれない……。

 

 「まさか私を友達だと思ってないとか、そんなん言うんじゃないよね!?」

 

 「違うよ……天ちゃんは友達だ!」

 

 そう、違う。友達だ。天ちゃんは友達だ。

 正真正銘、間違いなく、一切の淀みなく友達だ。そこに間違いなんてあるわけがない。

 

 「友達なら辛いことを共有してよ、千秋! 一緒に虐められるでもよかった。千秋がそれでいいなら虐められても私良かった!」

 

 …………。

 …………。

 アタシはどれほどの大ばか野郎なんだろう。

 そうだ。天ちゃんが虐められてしまってから、天ちゃんを避けたのはアタシだ。

 勝手に天ちゃんが落ち込んでいるように見えた。いつもアタシが話しかけるから、「一緒に帰ろう」とそう言ったから帰っていた。昨日も、待ってくれたんだ。

 こっちを向いているような気がした。それを向いていないと、勝手に解釈してた。……戯れ言だ。解釈じゃない。アタシは逃げたんだ。

 

 「私! 今でも千秋とは友達だよ!

 千秋はどうなの!!」

 

 アタシには、『アタシ』を捨てても、明るいアタシを捨てても友達になってくれる人が、友達がいるじゃないか。どうしてこうも簡単なことを気が付かなかったんだろう。

 アタシは言った。

 

 「もちろん!」

 

 アタシはアタシだった。

 アタシは『アタシ』ではなく、明るいアタシでもなく、ごくごく普通で、ごくごく平凡なアタシだった。

 それこそが、アタシだった。

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