10話
「千秋さん!?」
幾間くんは思わず声を上げた。
まぁ、アタシが来ないとでも思っていたとか、そこらへんだと思う。
ともかく、だ。
「幾間くん、この件には関わらなくていいってアタシ言ったよね?」
「…………ごめん」
幾間くんは謝る。けど、そんな雰囲気にまったく侵されない彼女が目の前にいる。
「はっ! 誰かと思えばお前か、千秋。生憎今日はイジメをする予定はない。昨日のヤツが来たら困るしな」
「それはありがとう……なのかな?」
「どちらでもいいさ。さて、そろそろクラスのヤツらも来るから私はここからで帰るか」
「うん、じゃあねー!」
明美ちゃんは帰る。
彼女は自由奔放で天真爛漫。本能のままに赴いて、本能のままに従い、だから本懐し、されど壊れにくい。
それを言えるのが今の状況だった。
昨日、優華ちゃんに返り討ちにされた。それなのに、朝にはケロっと治って…………いや、もともとしょんぼりなどはしていない。でも、優華ちゃんと完全に敵対するのは厄介と本能がそのように導いて、なんとなく今日のイジメは消えたんだと思う。でも、また彼女はアタシを虐めかねない。本懐を――自身のカタルシスをアタシにぶちまけるから。
「あの……千秋さん……ごめん……」
こいつは…………偽善者野郎か……。
「大丈夫だよー! その代わり、今後明美ちゃんに近づかないでほしいんだけど……いいかな?」
「……うん……分かった」
幾間くんは自分の席に戻った。
アタシは……、……アタシも自分の席に着こうか。
*****
その日、アタシの回りはガラリと変わった、変わってしまった。
天ちゃんとは、昨日のイジメによって話すことが難しく、何も話すことなく一日が終わった。
すべてがイジメによって変わってしまった。
普段なら、学校帰りには天ちゃんと一緒に帰る。でももちろん帰れない。
昨日の一件から、まるで他人のように口を聞かない。というか、怯えている。怖がっている。いくらアタシが明るい性格を振る舞いたいからといって、それで友達を傷つけてしまうなら、当然話しかけない。話しかけないことが正解だと思っている。
だからアタシは特に何も、何事もなく帰った。
誰にも話しかけられなかった。
天ちゃんにも、明美ちゃんにも、誰にも話しかけられることはない。天ちゃんはどこか、寂しげそうに席に座っていた。……さすがに、一緒に帰ろうなんて言えなかった。
家に帰ったアタシは少し……不安になった。
何が不安かと言えば、果たして本当に明日で虐めはなくなるのかということ。
「でも、明日じゃないかもしれない」
そうやって自問自答して、緊張のような何かを和らげていた。
当然、明日が決行日というわけではない。でも、そう考えておくに越したことはない。
緊張もなにも、優華がこのイジメを端から端まで解決……、
「端から端……まで……」
……いや、まさか、そんなことまでやる可能性があるのか?
端から端まで解決するとしたら、飽くまでも仮定だけど、もしそうならイジメを解決するだけじゃ……ない。
まさか。
ない。あり得ない。あり得るはずもない。考えるべきじゃない。考えなくていい……はず。
何から何までを解決するなら、本当に全部だ。アタシと明美ちゃんの関係を良好に、天ちゃんとアタシの関係を戻し、さらには幾間くんとの関係もどうにかして、あまつさえ神田先生との関係までも変えることが……可能なの……か?
「無くはない」
思わず呟くアタシ。
でも、彼女なら、優華という人間はそのくらいやってしまうかもしれない。
いや、でも、そもそもアタシがお願いした依頼は『イジメの解決』。……いや、だからこそ、イジメで起きてしまったことすべてを解決するなら、それらをも解決する。
まさか、そんな、時でも戻さないと目標を達成できないかのような方法を人間が、それもただの女子中学生ができるはずがない。
だけど、もしもそれを行うなら何をする? 明美ちゃんに約束としてイジメをしないことを取り付け……いや、ここまでさえも難しい。
……。
念には念を。
『アタシ』を殺そうとするなら、武器は……必要か?
…………。
「考えすぎだ、アタシ。ポジティブになれ」
明るい性格がアタシだ。
難しいことは考えるな。
明るく笑顔のまま、自然とイジメが解決することだけを待とう。




