1話
アタシは松岡千秋――少し背がちっこい。誕生日は8月24日、そして血液型はB型のごくごく普通の女子中学生!
今は中学一年生の五月上旬……だったかな。でも、月日なんて重要なことじゃない。これから話すのは月日とはなんにも関係ない――そんなお話だから。
アタシは小学生のとき結構明るい性格で――特にキャラとして演じてるワケでもなく、自然と。そう、自然と明るい性格だ。髪も明るい色で、皆からは明るい人間そのものと思われていたはず。
だからクラスの皆とメチャクチャ遊んだし、楽しい生活を過ごせた。過ごせたんだけど……両親の都合によって、小学校のときの友達がいなくなった中学生からはちょっと無理そうだと実感していた。
その理由が今、中学校の空き教室で起きていた。
アタシは明るい性格として振る舞うのを、少なくとも、今は止めている。というか、この状況で明るい性格だからといって笑ったりできない。これで笑ったらそれこそ狂気の沙汰ってヤツだと思う。
「っ゛ぁ――」
「あはっ! いい声出してるー。もっといい声出してよー」
殴られている。アタシは今殴られているのだ――郷田明美に。
アタシは手でガードするが、明美ちゃんは本気で殴ってるらしく、手にアザができそう……というかできてる気がする。
そして手でガードできずに直に受ける。
「っ――!」
今、殴られたのは腹だ。何度も殴られる。胃の中にあるモノが口から吐き出しそうで、必死に腹を押さえても、明美は殴り続ける。辛いと感じるよりも先に痛みがアタシの身体を駆け巡る。
アタシはもう、疲労がヤバく……いや、怪我がヤバくて立てるのがやっとの状態な気がする。それでも殴られる、殴られ続ける。
つまり、これはどういうことかって?
アタシはイジメを受けている。
ただそれだけ。
さっきの続き。
アタシは小学生と同じような明るい性格のまま中学生になった。
そして入学式直後、同じクラスの明美がアタシを見ていきなり、ホントにいきなりだ。殴ってきた。
もっとも、人気が無い場所に呼ばれて殴られたので、明美とアタシしかいなかった。だから、親とか、先生はまったくもってこのことを知らない。後で両親から殴られたアザについて訊かれたが、適当な理由をつけて、適当に笑って誤魔化した。
ともかく、郷田明美という人間はアタシ以上に意味が分からない。本当に、未だに、なぜ一ヶ月経っても、イジメを起こしているのか、その理由を何も知らない。でも、それはアタシにとっては関係ない。
彼女はずっとアタシをイジメの対象にして殴り続けている。
一ヶ月以上経った今はそれがエスカレートしているヤバい状態。
「手ぇ疲れたぁ。足にするかぁ」
そう言いながら、明美ちゃんはアタシの明るい髪――茶髪をつかみ、持ち上げる。もちろん、明美ちゃんは超人ほどの怪力ではないから、手だけ――腕力だけでアタシを掴んで持ち上げることはできない。
だが、それでもイジメの続きは始まる。それは『足』を用いた、相手を蹂躙したいがための、攻撃。
「ぐっ゛は っ――」
膝蹴りを腹に喰らう。何度も、腹に、腹に、喰らう。ホントに胃の中の物が暴れてるって表現できるほど、アタシの胃の中はぐちゃぐちゃだ。
立つことはもう、儘ならない。
正直、蹴られ過ぎて吐き気はヤバいほどに感じるけど、泣くのを我慢しないとアタシがアタシでなくなる、明るい性格のアタシではなくなる気がした。
なぜって? このイジメがクラスに、皆に伝わってしまえばアタシは明るい性格だという印象が崩れる、崩れてしまうと思ったから。
そしたらアタシはアタシではなくなる。そしたら何もかもが崩れそうな気がして――、
「……飽きたわー、コイツ泣かないし。後はあんたらどうにかして~」
明美ちゃんには、取り巻きが二人いる。コイツらもアタシにイジメをする者たちだ。明美ちゃんがアタシを始めてぶん殴って1週間後には既にイジメに参加していた。
そいつらが――、
「どうする~、顔に落書きでもするかー?」
「いや、それはメンドイことになんでしょ~」
「…………」
何か喋っていることは分かるけど、内容は全く頭に入らない。
どうやらアタシは気絶したらしい。気絶は安心するときにも気絶するらしいけど、アタシの気絶はそれと同じだと、なんとなくだけど思ってしまった。
*****
「…………」
アタシは意識が戻った。けど、なぜだか目を開けられない。――いや、嘘はあまりつきたく無いかな。正直なところ、こんなクソみたいな現実をみたくないから目を開けない、開けたくない。
アタシが眼の障害者とかであればこんな嫌な光景を見ずに済むのになぁ……。
…………現実逃避は終いにしとこう。
……ここは……どこなんだろう……?
「――――」
においで分かった。この独特のにおい――ここは多分、保健室だろう。
保健室であれば起きても問題無い。その理由は、明美ちゃんたちがいないからだ。正確には保健室でもいるのかもしれないけど、声を上げて話す人たちなので、自然といないことも分かっている。
だから、アタシは目を開けた。
そして上体を起こす。
キョロキョロするが保健室の先生しかいなそうだ。先生は書類みたいなものを書いていて、仕事を親身にやってるんだと思った。
アタシの身体と布団が擦れる音で気づいたのか後ろを振り返った。保健の先生が仕事を後にして、アタシに近づいてきた。
「気づいたかい。大丈夫?」
「はい! 大丈夫ですよ」
アタシは元気に答える。元気がアタシのアイデンティティってヤツだから。
「話によれば急に倒れたって言われたけど、原因はなに? 睡眠不足?」
なんで「虐められてないか」、ではなく、こんなことを言われるのか、アタシは気になりません。だって明美ちゃんたちはアタシが虐められてるのを知られたくないから。
だからイジメだとはバレない、バレにくいやり口でアタシを虐める。
お腹を殴られても、蹴られても、外見だけ見れば、アタシはどう考えてもいたって普通の明るい少女。外見の変化はアタシの表情が変わらなければなんら問題ない。
そしてアタシは演じなければならない。明るい性格の自分が、一番輝く性格だと感じているから。もっともそれは明美ちゃんからイジメをされても言いという、最悪な無言の取り引きが成立してしまっているけど……。
ともかく、保健の先生の会話は続けないと。
そう思いアタシは、
「あはは……、ごめんなさい。先生の言うとおり、睡眠不足です」
とりあえず、先生に会話を合わせる。
「まったくー、これで貴女が保健室に来たのは今週二回目よ。一回目は確か――」
「バレーボールを顔に受けちゃったからですね!」
「そんなに明るく答えなくても……」
先生は若干ひいてる気がしたが、このぐらいがいい。いや、このぐらいじゃないとアタシじゃない。
ちなみに一回目はバレーボールによってできた怪我ではなく、やはり虐めによって膝や手のひらにできてしまった打撲、さらには顔にまで明美に殴られて打撲、という状態だった。それを言い訳にするためにバレボールのボールが当たったと偽った。つきたくも無い嘘をついてしまった。
そしてアイツらはそれを知って学習し、今度は怪我が外見にでないように殴って、さらには蹴られた。
苦しい日々が続いている。それでもイジメはバレたくない。明るい人がイジメを受けるはずがないっていう世間の常識があると知っているから。
とにかく。アタシはここを去ろうとして、
「ではアタシ、授業に戻りますね」
「いや、一限目の授業が終わったらにしなさい」
「――どうしてですか?」
「……貴女がもう少し寝た方がいいからよ。まだ、疲れてるように見えるし」
えっ、疲れているように見えるの?
アタシが疲れてるように見ら……れて……る? 今、保健の先生によってそう見られてるの……?
そんなわけ…………、そんなわけ……、そんなわけそんなわけそんなわけそんなわけそんなわけそんなわけそんなわけ――
「そんなわけないと思いますよー。――大丈夫ですよー!」
「ならいいけど……」
アタシは人より少し狂気染みてることぐらいは分かっている。それでもアタシはその狂気を失うことはできない。ってのもアタシは狂気を振る舞うのが好き――というワケでもなく、アタシの中で思う『アタシの性格は明るい』と想う強さが異常だから、それを演じようと……キャラとしてではない。アタシが『アタシ』でいるために性格は明るい人間として振る舞わないと……。
それが消えたとき、アタシがどんな行動を起こすのかは知らない。もしかしたら、さらに他人からは変な人間として見られるかもしれない。もしイジメを他人に見られたら、知られたら、人を――アタシが人を――アタシが人を殺――
…………。
アタシはそんなことを考えながら、アタシは保健室を出ていくため、ベッドから抜け出す。そしてお礼を述べとく。もちろん元気よく、明るく、疲れなんて一切見えないようにね。
「ありがとうございましたー!」
「――今度来るときは睡眠不足なんて無いようにねー。お大事にー」
「はい! 失礼しましたー!」
アタシはかなりの大声で保健室から出ていく。多分、睡眠不足(といっても嘘だけど)で、こんな大声で出ていくのはアタシぐらいだろう、と思いながら廊下を歩く――が、
そこに明美がいた。もちろんのように、その取り巻きたちもいる。
「あらぁ、大丈夫だったの? フフッ」
「うん、大丈夫だったよー」
コイツらがアタシを保健室に連れてきたってことは知っていた。そうでないとアタシがいきなり保健室で目覚めるわけがない。
アタシは理解する。理解したのは、やはり明美ちゃんは狂ってること、そして虐めが好きな人間、ということだ。でなければここまでアタシに興味をもつわけがない。
アタシは返事をしたので教室に戻ろうとしたが、手を捕まれる。その目は獲物を狩るような目で――、
「今日家に帰る途中、いつもの場所にきてねー。もしも裏切ったら…………あはっ! どうなっても知らないから」
「分かったー!」
この状況を客観的に見られたら、誰でもおかしいと思ってしまうとアタシは思っている。
だって虐められている相手に、笑顔で虐められることを了承――オッケーしたんだから。
アタシはそんなことを思いながらも教室に戻っていく。
アタシの後ろで彼女たちはケタケタと笑う。アタシを身分の低い人間――いや、ゴミのように、いつでも虐めることができるおもちゃを見るようにいつまでも、いつまでも笑っているように感じた。