反チョコレートミントアイスクリーム宣言
私はチョコミントが嫌いで、あの人はチョコミントが好きで。
所詮その程度の差異だったかもしれないし、もしかすると根本から違っていたのかも知れない。
そういえば私がバニラアイスに乗っているミントを食べるのを、あの人が「変わってる」とケタケタ笑っていた事があった。
あの人は付属品としてのミントが嫌いで、私は好きだった。
チョコアイスも好きだが、チョコミントだけは許せなかった。雑味だらけの甘さと清涼感が酷く嫌いだった。
「よく食べられるわね、そんな物」
私は指を切った瞬間の血を固めたような色のアイスを食べながら、彼に言う。
顔料を直接捻りだしてかき混ぜたような毒々しい色の、これがもし食べ物じゃなければ綺麗であろうアイスクリームを嬉しそうに食べる彼を見ていると、どうにも私の方が異端なのでは無いかと思ってしまう。
いや、異端はきっとあちらだ。
チョコミント嫌いは市民権を得ていい勢力なはずだ。
「……あーちゃんも食べる?」
「はぁ? 何でそうなるのよ」
「あーちゃんがチョコミント食べてるところって見た事ないな」
「そりゃそうよ、避けてるんだもの」
「ふうん、美味しいのに」
「もしも食糧がソレしか無くなったとしたら……食べるけれど、そうでもない限り食べないわよ」
カップの中の血液を弄りながら、私は悪態を付く。
血液はオレンジの味がした。
「あーちゃんのアイス、一口頂戴?」
了承を得るよりも早く、彼は私のカップにスプーンを突き刺し、血液の一部を奪っていった。緑色の毒素を残して、去る。
あーあ、混ざった。
鮮やかだった朱は鮮やか過ぎる緑が溶け込んで、本当に血の色みたく変わって行った。
チョコミントを毛嫌いする私だからといって、その程度でアイスを捨てるほど子供じゃあない。
「そっちも美味しいね、俺のも食べる?」
笑う彼は、悪気なく言う。
「愚問ね、いらないわ」
「そっか」
美味しそうに口に運ぶのを見届けながら、私は再び血液色を食べた。
少しだけ、ミントの香りがして不快だった。
「……思い出したくもないわ」
抱えた膝から体温はあまり感じられない。安普請のアパートで暖房を付けずに居るのだから当然だ。
凍えてしまいたいと幸せだった二人の生活感が未だ生々しく残る部屋に背を向け、ドアにもたれて何時間が経った?
膝の隙間から見える玄関に並ぶのは女物の靴ばかりで、いつの間にか半同棲状態だった彼の靴はもう何処にもない。部屋に残る痕跡は在っても、彼が居なくなった証明も色濃く残されている、いや、残されていないのか。
リビングに戻れば写真も服も、ミント色をしたお揃いの安いティーカップもちゃんと置かれている。
何事もないかのように、そこには私と彼が作った世界がある。
足りないものは彼と私だけ。
「いつまでもこうしてたって、変わんないわよね」
数時間ぶりに私はリビングに入る。
……お腹が空いた。
彼が出ていってから、飲まず食わず泣いていたから、少し落ち着いた途端に空腹が襲ってきた。
仕方なく冷蔵庫を開けるが、即席で食べられそうなものはなかった。
次は冷凍庫だ。
開けなくとも、今冷凍庫に残っているものが何かは分かっている。
分かって開ける、というのはつまり取り出そうというわけだ。
私は彼が残していたカップのチョコレートミントアイスクリームをひとくち食べて、笑う。
「……食わず嫌いだったかしら」
原作を『反アイスクリーム宣言』というテーマの短編集だと曲解して書かせてもらいました。
基本的に会話劇を軸に小説を書いている人間なので、全く持って巧く書けませんでした、申し訳ありません。