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鬼にアイジョウ取らる―番外編―  作者: カズツグ
慟哭の雨
2/2

黄金の村




「しばらくはわしが面倒を見てやろうではないか」

「は?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「此処がわしの棲んでいる飲酒盃村じゃ」

 弟切に誘われるがままについてきた桔梗が真っ先に驚いたのは、一面に広がる美しい黄金。

 次いで鼻を掠める麦の芳しい香り。

「すげぇ……これ全部麦なのか?」

 あまりの壮大さに桔梗は思わず息をのんだ。

 桔梗の住んでいた村は雨がよく降っていたため、麦の栽培は困難である。そのため麦という作物自体を目にすることが滅多にない。

 ましてや、村を囲うような麦だ。この光景は彼からすると黄金に輝く海の中に連れて来られたようなものだろう。

「ああ、この村は昔から酒の盛んなところでな、この通り辺り一面が麦に囲まれておる」

 麦に囲まれた黄金のトンネルを突き進むと目の前には洪大な門が立ち塞がっている。どうやらこの村は麦畑の中心に存在しているようだ。

「あっ弟切様、おかえりなさい」

「おかえりなさい、弟切様。今日は何かありました?」

「弟切様!丁度いいところにっ。コレ我が家のとれたてビールです!是非飲んでいただきてぇ」

 門扉を潜れば村人たちの温かい笑顔。それは、彼の棲んでいた故郷では決して見ることの出来なかった眩しいくらいの太陽。

(ああ……向日葵)

 その眩しい笑顔を見ていると幼い頃の記憶が甦る。母を亡くし、故郷の店で不当な扱いを受けていた桔梗の唯一の太陽であった妹。

 母に似てどんな時でも常に笑っており誰からも愛されていた。

 そんな輝かしい太陽がこの村には数えきれないほどに溢れている。桔梗はそのあまりの眩しさに思わず目を逸らした。

「お兄さんはだれですか?」

 目を逸らした先にいたのは小さな白い塊。いや、よく見れば年端もいかない小さな少年であった。

「わ、(わが)は……」

 唐突に声をかけられた焦りからか舌が上手く回らずに吃ってしまう。村人たちも白い少年の問いかけに一斉にこちらを向いた。

 これまで、多くの人間から注目を浴びてきた桔梗だったが眼差しのほとんどが憎悪からのものであまり気分の良いものではなかった。

 だが、この村からの眼差しは依然いた村の民たちのものとは似ても似つかない。彼らの視線は桔梗のことを憎しみを抱く目でも、化け物を見る目でもなくただ一人の人間としての興味や好奇に満ちている。

 そんな眼差しに対しての耐性がない桔梗は羞恥のあまり俯いてしまった。

「そやつは今日から飲酒盃村の新しい民となる桔梗じゃ。みんな面倒を見てやってくれ」

 そんな時、先ほどまで桔梗よりも遥か前を歩いていた弟切が口を開き、彼の代わりに名乗ってくれた。

 彼女の話を聞いた少年は「そうなんですかー。新しい家族が増えましたね婆様!」と大層嬉しそうにはしゃいでいた。

 弟切は少年のもとへ行き、そのウサギのように真っ白な髪を優しく撫でる。

「ほれ、主も挨拶せぬか」

「はいっ婆様!」と元気のよい返事とともに、少年は桔梗の方へ向き直った。

「はじめましてっ僕は仁と言います。これからよろしくです!」

 そう言って仁という少年は桔梗の前に手を差し出した。けれど、彼にはその行為の意味を理解できず何度も目を瞬かせる。

「アレ?分かりませんか?握手って言うんですよ」

「握手?」

 聞き慣れない単語に桔梗は戸惑ってしまう。 

 すると、横で見ていた弟切は彼らの右手を掴み互いを握らせた。

「これが握手じゃ。シェイクハンドと言ってな、外国の挨拶で用いるのだ」

 再び仁の方を向きかえると彼は満足したようでにっこりと笑っていた。

「……アンタの村は『外』との繋がりかあるのか?」

 『外』とは、この疎外された島から離れた『都会』と呼ばれる大きな街。だが、この離島から都会への移動手段は幾音町の先にある橋を越えなくてはならない。

 その唯一の移動手段も何百年も前に壊されており、それ以降渡ることが出来ずこの島は完全なる孤島となった。そのおかげでこの島の文化は遅れ、現代の都会とは交流が途絶えている。

「この村は酒が盛んでな、都会の人間たちからも評判かよく交流も深い」

「僕たちの村はこの島で唯一、外と繋がることが出来るんです!」

 えっへん。と誇らしげに胸を張る仁に対し村人たちは「なんでお前が偉そうにしてんだよ」と彼を小突き笑い始めた。

(やはりここは眩しすぎる)

 常に笑顔が絶えない村。けれど桔梗にはそれが眩しすぎて自分という存在をかき消されてしまいそうだ。

「……主はもう少し上を向いて生きよ」

 不意にポンと叩かれた感触に振り返れば弟切の顔。

「主の瞳には太陽がおらぬ。ならば、この村で新しき太陽を見つけるのじゃ」

 この鬼は一体どこまで知っているのだろうか。目の前の老婆は自分より小さく小柄なはずなのに彼の眼には自分なんかよりずっと大きく見えた。

「アンタは俺のどこまで知ってるんだ?」

「何も知らんよ、主のことなどな」

 そう言って立ち去る弟切を桔梗は目を離すことが出来なかった。


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