ミりス王女付きメイド、レナの使命
レナは、ミりス王女付きメイドの1人であり、護身系戦においても優れた英才教育を幼少時代から叩き込まれ、王女の近辺護衛はもちろん毒見、世話役まで熟す。
いわばミりス王女の懐刀の1つと言っていい存在だった。
王女より3つ年上とはいっても同世代としての友人的相談役としても期待された。
女性故に、武器は剣や斧といった明らかな武器ではなくナイフ、フォークと言った
身近なものを投擲するなど、常時メイド服の下には、それらが大量に仕込まれ
皿などの一見防具とも思えぬものを盾がわりにし、攻撃を受け流す。
そして茶色のブーツは、俊足を可能にするマジックアイテムである。
睡眠を不要とする指輪。食事を取らずに1ヶ月も行動可能にする腕輪。
どのような物にでも姿を変え、隠れる事が出来るペンダント。
気配から敵の位置を理解する耳を隠すメイド帽。
通常メイド服に隠して腹の周りに巻かれている尻尾は物を手の様に自由に動き
黒く塗った暗器を飛ばす。彼女の必殺の技である。
種族はトラ種人科の獣人のクォーター。先々代の王に一族を救われてより
一族の元を離れ王の側についた子孫であり絶対の忠誠を持つ種族とされる。
そんな彼女が王女のティーカップに紅茶を注ぎ込んだ。
「レナ。1つ頼みがあります」
彼女の声色から、生死に関わる命なのだと悟った。
「何なりと」
レナはメイド服の左右の裾を、それぞれの親指と中指で掴むと
礼儀正しく腰を少し落とし、頭を軽くさげ、目は真っすぐ王女を見つめて言った。
「此れより
診療村へ赴き、巫女様暗殺と思わしき状況からお救いします。
その為、あなたの姿を変える能力で巫女になりすまし
その場に残り刺客の注意をそらして欲しいのです。
できますか?」
「お任せ下さい。
物ではなく、動ける人に似せるなど容易き事と思います」
レナは王女の首から上が平静を装う中、
握りしめられた手が震えているのを見逃さず、ゆっくりと元の位置に戻る。
そして、王女が瞬きする間に『スッ』と、その存在が掻き消えた。
王女は「頼みます」と胸の奥で数少ない友とも呼べるレナに願った。
レナは暗い闇の中を一人、走っていた。
ブーツの力が助けとなっているものの、馬で3日の距離を闇に隠れて移動しなくてはいけない。しかも王女の乗る王族専用馬車より先周りする必要がある。
ひたすら、走り続ける。昼間はじっとし、闇夜のみが彼女の移動時間なのだ。
身だしなみに注意を払う、レナにしても移動時間が限定されるのがネックとなったが
そんな彼女を思わって王女は昼間は移動するが夜は移動を止めた。
昼夜違いはあれど、互いがそれぞれ片方しか移動しなければレナが馬車に後れをとる筈がないとの王女の思惑は的中した。
レナは王女が診療村に着く前の夜に巫女の部屋の屋根裏に潜り込む事に成功した。
体を屋根裏に固定するハンモックのうなものを張るとしばらくの休息をした。
そして巫女達が去った後、屋根裏から降り立ったレナは何かを呟くと
巫女服を着た、巫女そのものへと姿を変えていった。
一瞬、の光。いったん服が弾け飛び、猫耳の尻尾の獣人から毛が消え
滑るような肌へと変化する。
耳は人と同じ位置へ移動し、人の耳の形へ
髪は黒へ変わり、肩まで延び束ねられ先に白い布が結ばれる。
たわわな胸は、巫女様と同じ程度まで小さくなる。
尻尾がシュルシュルと縮、大人のから少女のお尻に形を変えていく。
胸を包む様に肩から腰にかけて白い和服が走る様に現れ
足首から腰にかけて朱色の袴が現れて着地すると完全な巫女姿のレナが
そこに立っていた。
両手を左右から顔に交差するとレナの顔が異世界の巫女と瓜二つになる。
「こんなとこかしら」
そう発した声色はすでに彼女の者ではなく、巫女本人と変わりなかった。
変装を終えたレナが家からでると、声をかけられ一瞬身構える。
「おい。巫女ちゃん。今さっき・・・」
「マユさん?」
「・・・なんだい。忘れ物かい」
「いえ」
王族専用馬車が止まっている場所へ巫女姿で見送りに行く
すでに馬車中に入っている本物は、村人とあいさつも儘ならずまま王女に急かされて
内密にと隠れる様に指示されて、自分そっくりなレナがそこに居たことすら知らずに
馬車は王宮へと走り出した。
これから、しばらく刺客との戦いの日々が待っている。
扱い慣れたナイフとフォークは使えない。
そんなものを使えば偽物だと宣言する事になる。
唯一救いは、巫女は魔法を、隣にいるマユという冒険者から学ぼうとしていた。
教えてもらうフリでもして、あたかも今覚えた様にすれば魔法を使って平気だろう。
幻惑では見破られる可能性がある為、物理的に変身を選択したおかげで
肉体が元より縮んだ事でかなり違和感がある。
(やれるだろうか?)
最低でも3日、そう3日耐えなくては・・・
王族専用馬車を見送ったあと早速、横に立つマユさんへ声をかける。
「マユさん、魔法の指南お願いします」
「・・・ふん。
まっ、いいよ。
どうせ暇だしね。
その内、あたいにも訳話してくれるんだろ」
マユさんは腕を組み、斜め下のレナを見下ろすように言った
「その時になれば、必ず」
すでに小さくなった王族専用馬車の方を見返したマユさんは
レナの方を見ずに答えた。
「任せな」