王女の夢
いつもの姿勢で紅茶を飲む彼女こそ、この国。ギジェル王国の第三王女ミりスであった。彼女は巫女を異世界から召喚で呼ぶが、自身もこの国における神子であり夢による御告げは真実になると言われていた。
しかし今回の夢は現実になってほしくないと初めて思った。いや、それどころか積極的に阻止しようと努力したのである。
ミりス王女は、生まれて初めて敗北した。どんなに頑張っても頑張っても歪み程度しか変えられない自分の無力さに悔し涙を何度も頬を濡らし、それでもなんとか、必死に文字通り命さえも擲って第二王子を庇ったのである。
第一王女であった彼女は、この時第三王女になったのだ。いくら馬鹿な私でも、その意味は嫌でもわかる。おそらく第一位という位を手放す代わりにと交渉したのだろう。
そう、この時は私は思っていた。
それが、もっと王族故の暗部の争いが命に関わる事なぞ当然で普通、加担した一族には己の意思など関係なく責任を問われる事となる。しかし王女は神子なのである。
「夢に見た」と王に進言するだけで、それ自体は叶うのである。
しかし、それは表面上で第二王子への暗殺事件は起こった。幾度かまでは未然に防ぐ事が出来たが、夢で見たシーンは現実となった。
恐れていた事が現実になった瞬間。王女は用意していた治療魔術師と治療術士達に延命処置としての封印を施した。元気になってしまえば、また刺客が現れる。
死んだ事にしても、いつかバレるし、それでは如何すべきか考えた。
そしてその時『第二王子には、しばらく薔薇の塔にて眠っていただきます』と言った。
それは第二王子配下へのせめてもの配慮の言葉だった。
(変えられない、私では運命を・・・)
自分から啓示を願った事はなく、ただ生活の中で突然うける夢ではなく自ら初めて望んで啓示を待った。どうすれば・・・どうすれば良いのでしょう。
彼女は考えうる限りの事を実行し、努力し王女であり女である非力さと立場故に障害となるもの全てに全力で頑張ったのである。
それでも、頑張った成果として第二王子の命だけは取り止めた。
変化を止める秘術の儀式魔法の台座に横たわる王子を見つめ少し悲しそうな顔をしてポツリと『ごめんね。不甲斐ない姉で・・・』と呟いた。
そして意を決した様な表情となり、神に縋った。
(どうぞ・・・神よ。運命に抗う方法を、勝つのではなく、ほんの少し変える力を)
その時。
まさに、その時である。
白き衣に赤き袴。衣はまるで天女の羽の様にたなびき。
一人の少女が、頭上の空中に眩い光と共に現れた。
王女は乱舞する心を抑えるのに苦労した。彼女のお告げは夢である。そう夢なのである。それがお告げではなく只の願望である可能性を考えない程愚かではなかった。
「ああ、ゆ、夢に見たのは、夢ではなかった」
その言葉は、彼女の安堵と希望と願いその物が具現化した期待でいっぱいであった。
両手を交差し強く、つよく握り絞め跪き、恭しく頭を垂れる。
「ここどこ?」
第一声の言葉まで夢と、そのまま少女が尻もちをしながら、辺りをきょろきょろと見回す姿を見て最後の不安も掻き消され願望が作り出した夢ではなくお告げであり、夢(希望)となって膨らんだ。
(神よ。わたくしが神子であった事と御身の寛大さと御慈悲に感謝を)
彼女は願いを叶えるのではなく叶える為の助力を神に願ったのである。当然巫女には救う力などないのであろう。それはそれでいいのだ。なにかヒントになる事を彼女から見聞きして後は自分たちの努力であると王女は考えていた。
早速状況を巫女様に話すと女神が現れた。
なんと巫女様とそっくり瓜二つの半透明な全裸の女神は巫女様の後ろに現れ片手を彼女の肩に添えると巫女様が人が変わった様に適切な指示と推論を話し出した。
これはきっと、背後ににいる女神様の言葉が巫女様の口より発せられているのだと思った。その証拠に話終えると女神は消え、巫女様はポヨンとした顔に戻っている。
顔が似ている事から、巫女様はあの女神様の末裔なのかもしれない。
守護天使と御呼びすればいいのかしら?
どう見ても守護系だし女神なのだから守護天使に違いないと思う王女は巫女に似ていると言うだけで霊的存在と認識しながらも女神と断定し他の考えを一切排除している事には本人ですら気がついてないようである。
「はっ、ではその様に・・・」
数日が過ぎたころ朗報は訪れた。
「姫様」
家臣であるギレー騎士団長から疫病が嘘のように回復に向かって収束しつつある旨が報告された。
「そ、それは本当ですか」
「はい。間違いなく、まだ数名重病であった者を除いて」
「そうですか」
「あと事後報告となりますが、内々に御視察したいとの事で巫女様が病人の元へ」
「行かれたのですか」
「はい」
重病の者を隔離目的で閉じ込めた施設とは言い難い1つの村を用意して治りそうもない者だけを被害が広間ぬようにしたのであった。その場所に肩に女神が手を乗せて現れたと言う。隔離目的の為、唯一放置していた。
そんな場所へと趣き巫女様自身が、枯れ井戸に困惑しながらも川から水を汲み、病人の部屋の誇りを払い「諦めるのは、やれる事が無くなってからです」と告げたという。
不思議な女神を連れて現れた巫女は、数日、彼らと共に生活しても疫病に侵される事なく、それどころか巫女の服はどんなに汚れても瞬く間に白さと鮮やかな朱色を取り戻し一度その身に穢れを受け、清め洗い流すかの様に美しかったという。
決して美人とは言い難い。それでも彼女の明るい笑顔は疫病に侵され、こんな場所に閉じ込められ死を待つだけだと諦めていた者達に治るかもしれないという希望を与えた。
その報告をギレーから受けながら、自分自身の未熟さと努力の足りなさ、そして死も恐れぬ巫女の行動に愕然と肩を落とした。
「わたくしも、まだまたと言う事ですね」
確かに、『果樹箱から腐った果樹は排除すべし』とは言いますが、農民はそれらを捨てるのではなく自分たちの食料にする事でしょう。
「隔離した事が間違いとは、わたくしも思いません。ただ、足りなかった」
「はっ」
同意するようにギレーは胸に右拳を乗せて跪き頭を垂れた。
「で、巫女様は?」
「現在、もうしばらくそこに滞在する様です」
「では、我らは我らの出来る事を」
「はっ、巫女殿に邪魔が入らぬように隠密に長けた精鋭の者達に護衛に付けてあります」
「そうですか。ならば、わたくしは王宮に巣くう魑魅魍魎達の相手を致しましょう」
そこにはかつて見た事が無い、王女の不安と恐怖に青ざめ我が胸に顔を埋めて震えていた可愛らしい少女の姿はなかった。夢に見たものが現実となる恐怖はギレーには判らない。楽しいものであればいいが、お告げは不幸に対しての警告であり不幸以外見る事はないのだろうと予想はつくが、目を瞑るのが怖いと訴えた少女を一生この命尽きるまで守ると心に静かに深く強く誓った彼は、『いつでも、御身の御傍に』と心中で呟いた。
「ああ、あの方が女神スクルド様なのでしょう。
病に恐れず、民を救う事に疑念すら浮かばない。
そんな人だからこそ寵愛を受け、結果的に病からも守られているという事ですか」
まるで姉妹の様に異世界の言葉で話す。女神と巫女の姿を脳裏に思い浮かべ王女は自分の戦場へと足を向けた。その後にギレーを付き従えて・・・
今日はここまでです。
ありがとうございました。