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桜と私 ≪美香編≫

あっちの世界から、こちらの世界に戻った私は、沙依里(さより)の家を訪ねて

いつもの様に、おばさんに声をかけた。


「あら、美香ちゃん。ああ、今は学校、お休みだものね」


神社に続く、階段の始まる少し広く作られた場所。

そんな一角、もっとも石段の脇に彼女(おさななじみ)の家兼、茶店がある。

おばさんの笑顔と、みたらし団子、それに茎茶。

甘い香りと苦みの少ない軽めの味が団子と良く合い、

さっと甘い団子の後に口に広がる優しい味がさっぱりとした

後味にしてくれ香りが余韻を残す。


いつもの様に、私は巫女服の袂から巾着を出して

50円玉と10円玉を取り出す。店の軒先にある赤い布が敷かれた

長椅子に腰かけ、おばさんに小銭を手渡しながら。


「磯辺巻きを1つと、みたらしで」


「磯辺は焼く?」


「あっ、えっと焼きでお願いします」


焼きとは、団子を醤油溜まりに突き刺して、

炭で焼いた後に海苔で包む、横から『ぱくっ』と咥えても

海苔のおかげで、ほっぺに醤油が付くこともなく食べられる。


醤油の焦げる匂いがする。


海苔をあぶって、その海苔にお団子を乗せてくるりと巻いて、小皿に乗せ

お団子用の小皿は長四角で細長い、おばさん家のは、みたらしと磯辺が

別の小皿に乗せられくる。小皿の幅は精々2本がぎりぎり、上に乗せても

3本が限度のものだった。


そして私は、おばさんが、お茶を入れる姿が好きだった。

最初は、お茶は入れずにお湯だけを急須に注ぎ

湯飲みに注ぐと、残りのお湯を捨て、

急須にティースプーン2杯程度の茎茶を入れて


1つ目の湯飲みに入ったお湯を入れて

少し時間にして1分しない程度、急須を見つめて

湯飲みに返してから


2つ目の湯飲みに入ったお湯を入れて

今度は、すぐに、湯飲みに注ぐ

手首を返しながら・・・


1つ目の湯飲みは、いつもなら捨ててしまうけど今日は横に置き

お団子の小皿が乗ったお盆に2つ目の湯飲みを乗せてから

横に置いた湯飲みも持って私の所に運んでくる。


「今日は美香ちゃんだけだから、私も休憩」


2つ目の湯飲みの方が私に向くようにお盆を置いて

お盆を挟むように、隣に座った。


「早いものねぇ・・・」


おばさんは、湯飲みから一口して、店の前に並んださくらの木を

眺めてから、私に向き直って微笑んだ。


「美香ちゃんが、あの木の下で赤いランドセル背負って

 今日から学校行くのって、走り出してきて、転ばないかハラハラして

 私も子供がいたらって・・・ね」


「お母さん(さよりの)」


帰って一番、驚いたことは、おばさんの記憶に


幼馴染の沙依里(さより)が居なかった事だった。


沙依里(さより)と私の事は、すべて私だけの事になっている。


父一人、子一人の私の家族は、幼馴染の家に屡々お世話になって

同年代の女の子が一人も二人も変わらないとおばさんが面倒を

見てくれたりしていた。


子供の頃、おばさんを『お母さん』と呼んで沙依里(さより)

喧嘩した事もあった。


まだ、小さい頃に母は病気で入院して帰って来なかった。

そして中学になり、母の闘病日記を社の棚から見つけてしまった。


そこには母が、入学式に行ってきたと書かれてあった。

実際には、母は来なかった。


それでも、日記に掛かれているものは事実であった。

私が転んだこと、泣いたこと。

父とはぐれて、女の先生と一緒に探したこと

それは父からだけ聞かされたのでは知る事が出来ない

細かな事まで書かれてあった。


うれしい気持ち。


そして、もうこの先を見れないだろうと

未来(さき)を悲しむ言葉が、

そこに書かれてあり・・・次のページから何もなかった。


そう、母は書けなかったのだ、次の日は彼女の命日。


日記を見つけた、その日から、

私は、おばさんを『お母さん』と呼ばなくなった。


それでも、おばさんは私にとって、二人目のお母さんだったから


私が母を忘れてしまうような、悲しい気持ちで、

おばさんには沙依里(さより)を忘れてほしくなかった。


帰れないかもしれない。


でも、それでも、忘れてほしくない。


せめて私は、事柄だけでも忘れないように、幼馴染の思い出を

語らってお団子を食べる。


「しょっぱいね」


私は、自分の涙が団子と一緒に口に入るのに気づかずに笑った。


「何があったか知らないけど、大丈夫よ」


おばさんの優しい笑顔(かお)と母の笑顔(えがお)が重なって


『心配ないわ』


母が私を抱きしめて来たような、優しい感じがした。

さくらの花びらが、舞う季節。


「うん」


おばさんにお辞儀をしてから、なぜか、安心した私は、

石段へと向かい境内へと駆け上って行った。


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