異変
今日も、することもなく雲を眺める毎日である。
と、王宮がバタバタと騒がしいので、歩きを止めて様子をうかがう。
「聞いたか?」
「ああ、今医務室に・・・」
邸内の騒めきを注意深く聞いていると、どうやらミリスの元に、
ナール王女から助力の申請を願う使者が着ているとの事だ。
「・・・と、いう訳です」
奥に進むとミリスの声が聞こえてきた。
「御許可を頂ければ、私が」
とメイド姿のレナが、ミリスの元に頭を垂れているのが見えた。
思案するミリス。
「ミリス殿」
通路からレオンが、いつもより足早に現れた。
ミリスが顔をあげる。
「我が、その任務お受けいたしたく。お願いに参上仕った」
レオンは片膝をつき、右手を胸に当てて顔をミリスに向ける。
「では、指揮はレオン殿に任せる事にします。
それと遠征の人選も任せます」
「はっ」
「レオン様」
「ああ、レナ殿は当然入ってますよ」
「ありがとうございます」
「あたいも行くよ。いいだろ」
レオンは少し嬉しそうに、『ありがたい』と小声で答え、
宮殿内の奥へと進んでいく。
そこには、例の門がある場所。
「今から馬で行っても、間に合わない可能性がある。
これを使わせてもらいたいのだが」
「おお、レオン殿か話は既に、つけてある」
そこには騎士団長ギレーの姿があった。
「現在の異間門では一度に最大8人までらしい。
少数精鋭でとの事になる。
勝手ながら、手の者も5人ほど用意させてある」
そう言うと、5人の騎士団がレオンの前に整列した。
「レオン。
私を置いていく気!」
振り返ると、可愛らしいフリフリの服を着た幼女が
咳を切りながら、ズカズカと迫ってきた。
「え~と」
「巫女様です」
「なにか文句でも」
「できれば・・・待ってっ」
「いやよ」
その光景を見やったギレーは、5名から改めて3名を選別する
「ルーク、パシェロ、ガナシュ」
「「「はっ」」」
「お前たちに任せる」
そしてギレーは、ガナシュの肩に手を伸ばす。
ガナシュはがっちりとした、大男でギレーもそれなりなのだが
「巫女様を頼む」
「はっ」
ガナシュは片手で、美香を抱きかかえると
「御掴りください。私と入れば置いて行かれる事はないかと思います」
「ギレー殿・・・」
困った様な顔をするレオンに、ギレーは笑った。
私は、当然の様にマユ姉の後ろに回る。
「では、行きますよ」
ちょっとだけ面々の顔をそれぞれ見たレオンは
異間門の前に描かれている魔法陣の中に入り、他の者達が
それぞれも後に続く。
「では、未登録の地なので一方通行になります。
お戻りは、ご自身の足でお願いします」
「了解した」
レオンの言葉で、魔法陣に向けて異間門から光が放たれる。
次の瞬間、私は炎に包まれていた。
「ん?これは」
周りのかつては人の住む家であろう木造建築物は
轟轟と燃え盛り、炭へと姿を変えつつあった。
「遅かったか」
緊縛が全員に走る。
「あれは」
そのパシェロの言葉よりも早く、レオンが動いていた。
走りながら剣を抜き、斧を振りかざし何かに降り掛かろうとしている。
その斧の軌道に合わせてレオンの剣が遮る様に動く黒い刀身の両手剣。
「ぐおー」
仰け反る何かの顔には、フォークとナイフが目に突き刺さっていた。
レオンが走り寄る前に、いつの間にかレナが敵に放っていたのだった。
「牛?」
視力を失った、それは。手の斧を手当たり次第に振り回す。
ガキッ
マユ姉の盾がレオンに向かう斧を受け止める
私は矢筒から1本抜き出し、斧を持つ手の方の肩に狙いを定めて放つ、
矢は真っすぐ、その肩に吸い込まれて行った。
「ぐもぉぉぉぉぉ」
更に暴れ出す。
もう1本。狙いを定めて放つ
マユ姉が、迫る斧を盾で防ぐ。
横から、レオンが両手剣で攻撃する。
ルークが、襲われていた者を後方へと運ぶ。
それを確認した私は、弓に1本の矢を構え叫ぶ
「正面。さけて」
「・・・」
全員が、そいつと私の射線軸から身を避けた瞬間に私は右手の指を離した。
「分裂せよ」
それに向かって飛ぶ矢は、1本が2本、2本が4本、4本が8本と分裂し
到着する時には128本の矢となって、それを襲った。
しかし文字通りの、ハチの巣になってもまだ、それは動いていた。
「化け物か」
レオンの剣が、それの腹に食い込むと、レオンの剣を手で掴み
斧を当てようと振りかぶる。
しかしそれは空をきり、対象に当たる事はなかった。
レオンは剣を手放して後方へ飛びのいていたのだ。
「せいやぁー」
パシェロが、手の槍を投擲した。
胸元に着弾して、槍先が深々と突き刺さる。
「ぐぉぉぉぉ」
「大地の女神、凍てつく冬の女王よ。大地に眠る刃となりて
我が敵の足を止めよ。―霜柱氷槍―」
そいつの足元の大地から、氷で出来た氷柱が無数に突き出し
それを突き刺しながら、凍らせていく。
「たぶん、2分も持たない」
美香の言葉に、私は、例の黒い短剣を矢筒から抜いて走った。
ギィーーン
心臓を狙ったが、胸当てに当たったらしい感触で、当然防具があると
自分の浅はかさを感じつつも、渾身の力を込めて、防具に亀裂が入る。
徐々に食い込む剣先。そして凍結も時間が迫っているのだろう
ゆっくりと、束縛が消えていく。
「うりゃあ」
マユ姉が、私の剣の柄に蹴り込んできた。
私の手とマユ姉の足に押されて、さらに剣は深く突き刺さる。
氷結束縛が完全に解けた後、そいつはゆっくり後方へ倒れ込み動きを止めた。
レオンが、ひきついている、それから自分の両手剣を引き抜くと
首を落として止めを刺した。
そこから吹き出る血は、炎に照らされ青紫に見えた。
「巫女殿。これも何かの病気だろうか」
青い血を見て、そうレオンが言った。
「いえ、たぷん。それは違うと思います」
生き物として、血液の構造が違う。他の生物。
そこで初めて気がついたかのように、襲われていた者へ視線が移る。
全員事情が知りたかった。そして知っていると思われる者へ
自然と視線が集まるのは当然だった。
「意識は今、ありませんが、怪我も治療しましたし大丈夫だと思います」
レナの言葉に、それぞれ気を失った者の周りに集まる。
「今は待つしかないか」
家は焼かれ、誰もいない村。そこに残る少年。
何もかも、判らぬまま行動する訳にも行かず、いつもの様にレナがテントを張る
騎士たちも、自分たち用の個人用の簡易テントを脇に張り出す。
燻る、かつては家の材料であったものを拾って焚火を作っていた。
私は、上空10メートルほど上昇して、辺りを見渡して降りる。
森と川と丘が見えるだけで、何もかわったものはみつけられなかった。
「何もないね」
「お疲れさん」
マユ姉が声をかけてくれる。
テキパキと食事の用意を始めるレナを見て、本当は心配だろうと思う。
この子も叩き起こしてしまうぐらいに・・・でも、そうしない彼女の
心情を考えて、私はあえて口にした。
「お腹空いたね。食事はまだぁ」
「はい。少々お待ちください」
忙しく何かしていれば、気も紛れる。『おいおい』と言った顔した幼馴染の視線が
痛いけど、まあ今は、その視線に甘んじておこう。
私は、少し離れて村の中をあるいた。村のあちこちに転がっている生活品のなかに
子供用の遊び道具を見つける。
「ねぇ。女神ちゃん」
「マユ姉さんか」
「あんたの名前なんていうんだい」
「えっ?」
言われて初めて気がついた。私は美香の幼馴染としか記憶にないことを・・・
「巫女っちは、美香っていうんだろ。あんたが、時々そう言ってたからね」
「ん~」
「姫ちゃんは、あんたをスクルドだって言ってたけど違うんだろ」
「・・・内緒。って言うか、思い出せないんだ」
私はそう言いつつ、顔は思い出しても親の名前すら思い出せないことに気がついた。
変な感じ、学校に出かける前に『・・・ちゃん忘れ物ない』と話しかけてくれる母。
その場面はハッキリ思い出せるのに名前のところだけハッキリしない。
「そっか、わるかったね」
軽く肩を叩いたマユ姉は、私の顔がゆがんでいるのだろう。
「損な役回りを演じて大人ぶる事はないんだよ」
そっと両手で抱きしめてくれていた。
じわじわと押し寄せる不安が、マユ姉に抱かれて少し楽になった。
「大丈夫そうか」
レオンは二人に気づかれないように、そっと離れて行った。
「レオンさん。どこ行ってたんですか?
食事の用意できましたよ」
美香がお椀を手に寄って来る。
「巫女殿すまんな」
食事を受け取ると、一口運ぶと『うまい』と言ってから
美香にお礼の言葉をのべ2人で焚火の側にある木材に腰かけた。
「レナ殿は?」
「レナさんは、パシェロさんとあの子に話を聞いています」
「目を覚ましたのか」
「はい。あまり大勢だと萎縮するだろうからと2人が聞く事になりました」
「ああ、なるほど」
「しかし、アレは魔物というより人に近いな」
「土地が違う場所で発生した生き物でしょう」
「土地」
「ええ、おそらく鉄ではなく銅が主となる場所です」
「落ち着いてみると金色に見える斧と防具。確かに金は、あれほど固くはない。
おそらく銅で出来ているという巫女殿の推測通りであろうな」
美香は、そうではなく血のいろから判断した事は黙っておいた。
おそらく、この化け物はヘモシアニンを使って血中の酸素を運んでいる。
酸素と結合した銅イオンは青色になるからだ。
形こそ人種に似ていても、別の種族、別の生き物。
明らかに別の進化系統をたどるような環境がある事を物語っていた。
水中と地上の様に別環境ならともかく、同じ地上同士で異なる環境とは
どのようにすれば、起きうるのかを美香は考えていた。




