初恋は高嶺の花。今恋はメビウスの香り。
授業で書いたものを手直ししたものです。
部室に入ると、嫌な匂いがした。
文化部の部室棟が集うここ旧第二校舎には、元々独特の匂いがいつも漂っているのだが、僕はその匂いが嫌いではなかった。
長い間日差しに照らされ、埃をかぶってきた木造校舎の独特な昭和の香り。むしろ好きな部類だと言っていい。
しかしここ文芸部の部室に立ち込める匂いは、僕の好きなそれとは全く違うものだった。
「薊先輩、またタバコですか?」
艶のある長い黒髪。すらっとしたモデル体型、そして校内でも人気の整った顔立ち。
僕と、たったもう一人の文芸部員である黒川薊先輩は、いつものように窓際で独り、その綺麗な指に汚物を挟み、応接室のお下がりだというお気に入りのソファに足を組んで座っていた。
「そうあからさまに嫌な顔をしないでよ。傷つくでしょう?」
「いい加減にしないと、先生に言いますよ」
僕は努めて不機嫌そうにそう言った。
「それは困ったわね。私のオアシスに侵入てしまった不届き者を退部させなくてはいけなくなってしまうじゃない」
いつもこうだ。とがめる言葉に耳を貸さず、のらりくらり。
「はあ、いいですよ、もう……」
彼女は、きっと僕がこの部を壊すことも、止めることもできないと知っている。
知った上で。僕がタバコを大嫌いなのも知った上で、彼女は今日もタバコを吸い続けている。
揺らめく白煙が、一層先輩を曇らせていくようだった。
僕は諦めて、いつものように薊先輩から少し離れた机に座った。
「時に、タバコはどんな時に吸うものか、知っているかしら?」
「……ストレスがたまった時、ですか?」
「正解」
そう言うと、先輩は少しだけ短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
「『名家のお嬢様』、『品行方正な優等生』っていうのは、とてもストレスが溜まるのよ」
それは、いつか僕が恋した姿。僕が憧れ、理想を描いた姿だ。
「君には感謝しているわ」
黙っていてくれて――
そう続くと思った言葉の先は、しかし先輩の握ったタバコの箱と一緒に握りつぶされた。
「君といると、私にタバコは必要ないみたい」
「……っ」
微笑んだ彼女は、あの時憧れた高根の花よりも、ずっと魅力的に見えた。
この物語はフィクションです。実際の未成年の喫煙は法律で固く禁止されています。