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首とトラウマ。そして幸せ。

作者: 黛 カンナ

気分転換で、書いたのですが、ちょっとながくなりました。

死ぬことが償いで…私は生きてはいけないのだと、許されない存在なのだと…ずっと思っておりました。


けれど…





私は小さい時、母に殺されかけたことがある。


理由は何だったかは詳細は余り知らないが、どうやら、母を捨てた男に私が似ていたとか…そんな感じだったと思う。


刹那(せつな)……死んで…死んで…」


それが母の口癖で、ギリギリと私の首を少しずつ締めていた。


けれど、鶏がらのように細い腕と、衰弱しきり、握力の無い手では、私を絶命させるには至らず、ただただ苦しい時間が空しく流れるのみであった。


殺したいのに…殺せない。そんなもどかしさに、母は苛立って涙をずっと流していた。


「…ひゅぅ…ひゅ…」


「貴方のせい…全部、あなたのせい…あなたがいるせいで…貴方が死ねば…私は幸せになれるの」


可哀想にと、思った。


余りにも哀れだと思った。


「お…母さ…ん」


死ぬことが出来なくて…ごめんなさい。







ピピピピ……


無機質なアラーム音がなり、私はそれを止めた。


「ふわぁ…」


体を一度、伸ばし、ベッドから下りて制服に着替え、そのまま部屋から出た。


階段を下りて、リビングに行くと、もう二人は朝食を取っていた。


「おはよう、刹那ちゃん。今日はフレンチトーストよ」


「早く座るといい、冷めてしまうぞ」


女性はフンワリと太陽のように笑い、男性は新聞を読みながら、美味しそうに朝食を食べていた。


「おはようございます。ママ、パパ」


私は挨拶をして、テーブルの椅子に座った。



この人たちは、新しい両親である。


母に殺されかけたあの日、近所の人が警察に通報し、母は逮捕され、私は保護された。


その後、保護された私は、母の親戚である、子供に恵まれなかった夫婦に引き取られたのだ。


二人は優しく接してくれた。温かいご飯も作ってくれた、清潔な環境に清潔な服を私に与え、この人たちは聖人なんじゃないかと、私は今日も感謝している。


「ごちそうさまでした」


フレンチトーストを食べ終わり、私は鞄を取って、学校に行く準備をする。


そんな私をママはチラリと見て、気まずそうに言った。


「ネクタイ…今日もつけないのね……」


哀れむように…悲しむように、ママは言う。


『私じゃあ…やっぱり、お母さんに勝てない?』


時折、ママはそう言っていた。

今は…そんな事を言わなくなったが、目は確かにそう言っている。


「ううん、それでいいと思うわ。いってらっしゃい」


「……行って来ます」


私はママの顔を見ないまま、家を出た。





少しだけ、早歩きで道を進んでいると、マフラーをかけた一人の少年が手を振っていた。


「おはよー」


「おはよう、ハルくん」


挨拶を交わして、私達は一緒に歩いた。


彼は……まぁ、その…私の恋人…だったりする。

中学の時に知り合い、何となく仲良くなって…好きだと告白され、今に至る。


少しバカな所があるけど……うん、まぁ…好きだ。


「幸せだなぁ…」


思わず、零してしまった。


今の状況は、とても恵まれている。優しすぎる程、優しい新しい両親、バカだけど格好良くて優しい恋人、友達にも恵まれているし、順風満帆だ。


そう……苦しいくらいに恵まれ過ぎて、幸せすぎて…この優しさで圧死しそうだ。


「どうしたんだよ…急に」


「んっとさぁ…私ね、そろそろネクタイとか…マフラーとか…付けれるようになりたくて」


そう言ったら、彼は驚いていた。


「だって、おまえ…トラウマが…」


私は、母に首を絞められ、殺されかけたことによるトラウマから、首につくものに対しての異常な恐怖心があった。


なので、マフラーは勿論、ネクタイも付けることは敵わず、ずっとノーネクタイで過ごしている。


因みに、その事を知っているのは、新しい両親とハルだけだ。


教師に言いたくはない。ママやパパのような哀れんだ目を向けられるのは、溜まったもんじゃない。


「うん、そろそろ…ちゃんとしなきゃなって」


ずっと前から、考えていた事ではある。


最初に考えたのは、ママが手作りのマフラーを作ったときに、全力で拒否したのだ。


その時、初めて私のトラウマを知ったママは酷く落ち込み、『私じゃ母さんに勝てない?…私の愛情不足なのね……私が……』と、ずっと言っていた。


私のトラウマが発動するのは、自分の愛情不足で、過去を吹き飛ばせるぐらいの幸せを与えられなかったからだと、ずっと自分を責めていた。


フラッシュバックで私が思わず夜に泣き叫んだ時など、私以上に悲しみ嘆き『ごめんなさい、私のせい。私じゃあ幸せにしてやれないのね、ごめんなさい、ごめんなさい』とずっと泣いていた。


私以上に取り乱した彼女を見た時は、一瞬で冷静になり、もう死にたくなった。



「それは…すげぇ、プレッシャーだな…」


「最近は言わなくなったけど……凄く申し訳なかった。」


ママはママで、子供が出来ない体質から、私が血が繋がってないことから、祖父母や親戚にあることないこと吹き込まれ、色々と苦労していたらしい。


「後さ、実はもう一つ理由があるんだ」


「ん?」


「母が出所していたらしくて……その…私に会いたいらしいんだ」


アレは…昨日の晩の話である。


ママとパパが、神妙な顔で私に言ったのだ。


『実は…君のお母さんから…手紙が来ていてな。ずっと渡そうか悩んでいた…』


『本音を言えばね…手紙は…見せたくなかったのだけれど…刹那も、もう高校生だから…』


そう言って、ママとパパは、手紙を見せてくれた。


その内容を見ると、少し昔に出所したこと、今は必死で働き、社会に出ようと頑張っていること……私に、謝りたいという事。会いたいと、書いていた。


お金も少しばかりだが、毎年送ってくれていた。受け取るかどうかは、私が決めていいらしい。


「何かさ、そういうのを知って……私も前に進まなきゃなって……お母さんに会うとしたら……トラウマを克服しなきゃと思って……それに、

これからは就職とか進学があるしね」


ネクタイを付けるかどうかは分からないが、少なくとも、今みたいな胸元全開はダメだろう。


「だから……協力して欲しいんだ……」


「分かった、協力する」


ニヒッと、彼は可愛らしく……格好よく笑った。

少し見惚れたのは、秘密だ。




とまぁ、こんな感じで私のトラウマ克服は始まった。


ハッキリ言おう。


『地獄』だった。


まずは、胸元全開のシャツを直すことからはじまり、ボタンを全部閉めようという話になった。


しかし、第2ボタン震えてしまい、気合いで全部のボタンをかけた時には吐いてしまった。


勢いを付けてネクタイをしめたり、いっそ自分自身の手で首を掴んだりしたが……精神が悪戯に磨り減らされる。


何回か発狂した。


「大丈夫か?……もう、やめた方がいいんじゃないか?」


と、流石のハルも、心配そうに私に言って来たが、私の本気を尊重する方向ではあるらしく、私の嘔吐物も嫌な顔一つせずに処理してくれる。


「本当に……はぁ……ありが……おぇ……とう」


「おい、無理するな」


と、言いながらハルは私の背を擦ってくれた。


いやもう、本当に感謝している。こういう彼だから、私は協力をお願いしたのだろう。


「もしも、これがパパやママだったら……ヤバイ、想像もしたくない」


「あぁ……なんとなく分かる」


あの家に引き取られ、療養した後、外の小学校に行こうとした時、『まだ心配よ、もう少し家にいましょう』『外は危ないし、まだ家にいましょう』と、最終的に1年間も行けなかった。


その後、ちょっとした価値観の違いで女子に少し苛められたと相談した時は、『心配心配心配心配心配心配!!!』を具現化したかのように取り乱し、涙を流し、夫と一緒に学校に乗り込もうと……そんな風にヤバかったので、もう私は相談しないことにした。


あそこは過保護だ。とても優しいし、感謝してるけど、ちょっと行きすぎていると思うのは……まぁ、私の贅沢だろう。


「さぁ、頑張ろう。今度は目隠ししてやろう」


「おう」






さてはて、一ヶ月も努力した結果、ある程度の進展はあったものの…………余り、効果はかんばしくなかった。


「私は……欠陥品なのか……」


ネクタイやマフラーとまで言わずとも、せめてボタンを全部留めれるようになりたいのに、それすらも出来ない。


色々と試したのだが……全然ダメ。


「トラウマ……克服したい」


ちゃんと、ネクタイを付けれるようになりたい。

マフラーを付けて温まりたい。

胸元全開を直したい。


このトラウマは、母とイコールしているのは、確かだ。母に会うとしたら、このトラウマはなんとかしなくちゃいけない。


「そもそも……なんで私は首もとが怖いんだろうか?」


そもそもの原因わ深く考える。

このトラウマの原因は、母に絞め殺されそうになった事への恐怖心。つまりは、死ぬことへの恐怖心。


つまり、私は死ぬことが怖い?あぁ、確かにそうだ……。


ちがう、もっと別の何かだ……もっと別の……そう、例えるなら後悔と呼べる……


ギュゥ


「刹那」


そっと、囁かれるとともに、後ろから抱き締められた。首もとに優しく腕が回されていることに気づく。


「!!!★■▽○!!」


声にならない声をあげて、酷く驚いた。

うわ、来る!!吐き気とか、目眩、嘔吐が……ヤバッ……と、来るべき衝撃に備え、目を閉じたが……


「……アレ?大丈夫……」


何も、来なかった。

暖かい腕の体温が、私の首もとから伝わってくる。


「試しに不意打ちでって、思ってさ……大丈夫か?」


「うん、あったかい」


首に回っているハルの腕をギュゥッと抱き締めて、かみしめた。


とても……暖かい。優しい。


アレだけ苦労したものだったが、意外にアッサリと解決したのだった。


「よかったな」


ハルは腕を離して、優しげにそういった。


本当によかった……この拒否反応を無くすことが出来て。


「うん、よかった。これで…………











死ぬことが出来る」











「は?」


私が喋ったことを理解してないハルは、笑顔だった表情をそのままに固まっていたが、それにかまってやれない。


「本当にありがとう!ちょっと、母にあってくるね!!」


私はハルにお礼を言って、急いで足を動かし、走った。


この拒否反応の一時的なものかもしれない。


だから、早く母に会って、目の前で死ななければならないのだ。


今なら、死ぬことは怖くない。今なら、償うことが出来る。そしたら、母は幸せになれる。


「おい、待て……っ嘘だろ……!?」


後ろでそんな叫び声が聞こえたが、やはり待てないので、私は停まっていたタクシーに乗り込んで、母がいる町へと向かった。








向かった先は、3つ程離れた町。タクシーの人にお金を払って、私は降りた。


たしか、手紙に書いてあった住所はここら辺だった筈だ。


記憶を呼び起こして、辺りを見回すと、一つの家から誰かが出てきた。髪の短い女性。


「お母さん……」


間違いない。アレは母だ。健康的に体重が増え、長かった髪はバッサリと切って、色々と変わった部分はあったものの、母だと確信があった。


さぁ、死のう。それで全ての帳尻が合う。私の罪は許され、母は幸せになれる。


そう思って、私は一歩前に進んだが…。


「なに…アレ」


不意に、彼女が何かを抱えているのが見えた。よく目を凝らしてみると、それが赤ん坊だと気づく。


どういう事が理解が及ばなかった。いや、理解は出来る『そういうこと』だろうと…。


けれど、何故か吐き気がして、私は座り込んでしまった。


「あら、大丈夫?気分でも悪いの?」


どうやって、吐き気をやり過ごそうと考えていると、声をかけられた。


母は…私に気づいていないらしい。


まぁ、長年会わなかったのだから、仕方がないだろう。


昔では考えられない、優しい声が、何故か受け入れがたいものだった。


「いえ……大丈夫です……その子は、お子さんですか?」


何とかして立ち上がり、私が聞くと、母は嬉しそうな、幸せそうな顔をして答えた。


「えぇ、私の……初めての子なの」


初めての…子。


いや、再婚して初めての子という事で他意はないのだろうが…心臓を握りつぶされたかのようだった。


幸せそうな笑顔。

赤ん坊へと向ける聖母のような眼差しは、私に『その現実』を突きつける。


「今、貴方は幸せですか?」


その問いに、一瞬だけキョトンとしながらも、彼女は答えてくれた。


「えぇ、とても。夫は……私の全てを受け入れてくれて、子供も出来て…………申し訳ない程に……怖いくらいに幸せ」


少しだけ後ろめたさがあるような。けれど、それを上回る幸せがあることが分かる…そんな顔だった。


「そうですか……では」


「えぇ」


一度、礼をして、母は通りすぎていった。




「う…っ…うっ」


お母さん……お母さん、貴方は今、幸せなんですね?


私が死ななくてもいいくらい、幸せなんですね?


私は、許されたと思って……いいんですね?


それとも、死ぬ価値もなくなったのですが?私はどう貴女に償えばいいんですか?


「私は……生きても……いいの?」


自分の幸せを…肯定していいの?


誰に聞かれないその言葉の返事は、寒々強い風の音だけだった。




どれぐらい、時間がたっただろうか。

無気力にただ突っ立って、ポーッとしていると…。


「刹那ぁあ!!!」


大きな声が、脳に響いた。

あまりの大きな声に驚いて後ろを振り返ると同時に、思いっきり抱き締められた。


「よかった!!刹那!!……よかった……!!」


「な……んで?」


「お前の母がいる場所……まえ、喋ってたろ?だ……はぁ……だから……来た」


「ハル……ハ……ル……ハル!!」


私は、抱きしめるハルにすがりつき…


「うわぁあぁぁぁあああ!!ーーっ!!」


思いっきり泣き叫んだ。


「私、お母さんの幸せを願ってたの。凄く可哀想で弱弱しくて、私のせいで…だから、死ななきゃお母さん幸せになれないって思って…っ…でも、死ぬことが長年怖くて、今になってやっと…やっと死ぬことが出来るようになって…だか…だから、ヒック…目の前で死んであげようと思ってたけど…お母さん、幸せになってて…」


それは、喜ばしいことなのだ。

私はずっと、母の幸せを願っていた。その為ならば、死んでもいいとすら思った。


「でも…悔しい!喜べない!許せない!でも、壊したいとも思わないけど…けど…けど…うぅぅ…」


許せないと、私の醜い部分が叫びをあげる。

けれど、幸せになっていて嬉しいという気持ちも本物だ。


どうすればいいか分からない。


そんな私を、ハルはただただ力強く抱きしめて言った。



「生きていて…よかった…っ…!よかった!」



その言葉で、私は少しの『何か』が救われたのであった。






その後、私が母に会うことはしないと、ママとパパに言った。


来ていた手紙は全部捨てて欲しい、来る手紙も拒否して欲しい。お金もいらない、今後一切の関わりを断って欲しいと。


『そう、わかったわ』


と、ママはそれだけを言っていたが、顔は明らかに喜んでおり、酷く安心しているようだった。


父はいっそ引っ越すかと言い出していたが、それは全力で止めた。






「とまぁ、こんな感じ。今はそんな方向でやってる」


「……そっか」


私が報告すると、ハルはギュゥッと私を後ろから抱き締める力を強めた。あの日のことが、少しトラウマになっているのか、首もとに腕を回してはいない。


ご心配、おかけしてごめんなさい。


「もう、会う気はないんだな」


「うん。いつか……許せる時は来るかもしれない。母の幸せをちゃんと祝福出来る日は、そんなに遠くないと思うけど……でも、それまでは……」


「それでと思う」


彼は優しく私にキスをした。





死ぬことが償いで…私は生きてはいけないのだと、許されない存在なのだと…ずっと思っておりました。


けれど…


もし、私が償わなくてもよくて、生きてもよくて、許される存在だったならば。



私は幸せでいたい。

刹那(せつな)

この物語の主人公。母からの虐待で絞め殺されかけた事が原因で、ネクタイやマフラーはおろか、ボタンを全部付けることも出来ない。

現在は、少し過保護な新しい両親と、優しい恋人に恵まれている。


ハル。本名春彦。

刹那の恋人。彼女の環境を知っている上で愛している。相談すると過剰に反応する、刹那の親の代わりに色んな相談や話を聞いている。


刹那の母。

自分を捨てた男に娘が似ていることから、刹那を虐待し、殺しかけた人。その事は、酷く後悔している。今は、新しい夫と子供に恵まれている。この人が幸せにならないと、刹那は自殺を図っていた。


刹那のママパパ

裕福な家だが、子供に恵まれなかったことから、刹那を養子に迎える。優しいが、心配しすぎ、過保護過ぎる部分があり、実は色々とやらかしている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりにカンナさんのお話を全て見返してみましたが、やっぱり全部面白い! 一番印象に残ったこの作品に感想をつけさせていただきます。 刹那ちゃんにも、勿論お母さんにも幸せになってほしいですが…
[一言] う~ん……実母のセリフに違和感が? 会って謝りたいと言うのに、初めての子供って知らない?人に言えてしまう時点で、欠片も悪いとは思って無いですよねぇ。
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