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惑星Eの呼吸  作者: 狐絽狸屋ころり
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惑星Eの政策

「私、ビョウキしたから捨てられたの。セウも知ってるでしょ」

 ある日の昼食中、シーニャが話を切り出してきた。

「はい、本国から送られてきたメールの中に、そういう類の記載がされていました。……あなた様のデータは一応目を通してありますから」

「あなた様?」

「あ、いえ。シーニャ、です」

「よろしい」

 満足そうにシーニャが笑う。セウはそれをじっと見ていた。

 ダイニングテーブルの上には白い深みのある皿が二つ。それぞれシーニャとセウのものだ。その上にこんもりと葉野菜と豆が乗っけられている。豆はシーニャからのリクエストだった。せめて、お豆をくれないかしら。豆は温室で育ていたので食べられるものかどうか調べたのち、彼女に出すようになった。


 惑星Eの政策


 この惑星Eは、しばしば犯罪者の流刑地として使われてきた。本国で犯罪を犯し、裁判を受け、更生の余地なし、と判決を下された凶悪犯などに適応される。流刑とはいっても、もちろん過酷な環境でその命が一か月も持つはずなく、大半の犯罪者は餓死するか凍死するかして、例外なくその遺体は砂漠の広大な土地に風葬されてきた。本国では死刑制度に対する風当たりはまだ強いため、このような処置がとられている。表向きは流刑という形にはなっているが、実質は死刑判決と変わりはなった。

 シーニャは犯罪を犯したから本国から遠いこの地へ流されてきたのではない。シーニャの家は犯罪者を出すような下々の連中とは違う。本国でも際立って立派な家柄を持つ一族だった。

「私ね、5歳のころ、おかしな病気にかかったわ」

 シーニャは穏やかな表情で語りだす。

「口から種を吐いてしまう病気なの。しかも、いろんな種類の植物の種。お医者様もみんなお手上げだったわ。何しろ事例のない症状だったから」

 シーニャがその奇病にかかっていることはセウは知っていたが、黙ってシーニャの言うことを聞いていた。シーニャは自分のことを喋りたそうだったからだ。

 シーニャの病は国でもトップニュースになるほどの恐ろしい病だった。いきなり吐き気が襲ってきて、唾液と混じって種子を吐いてしまう。調べたところ、体内で種子が生成されているらしかった。種子を吐けば吐くたびに、シーニャの体力は奪われてしまうので、国中の医者がシーニャの治療にあたったが、誰一人としてその病を治せるものはいなかった。

「10年以上も治療しているのに治る見込みのない、おかしな病気の子は家にはいらないって、家から追い出されて、ロケットに詰め込まれて、ここまで来たわ」

「惑星Eまで」

「そうね。一か月前くらいの話かしら」

 シーニャは戯れのようにフォークで葉野菜をつつく。白い皿に手を伸ばすシーニャの手は、食器の白よりさらに白く、腕は細枝のようで、彼女が病気であるという事実を改めて実感することとなった。

 セウの肌は浅黒く、頭髪の色は白だ。対した彼女は肌は白いが、たっぷりとした黒髪を持っていた。セウの家は貧しかったが、シーニャの家は立派だった。比べると、どこまでもあべこべで、なぜこの惑星Eで二人っきりになっているのか考えると運命を感じずにはいられなかった。

「ねえセウ。どうしてあなたはこの惑星に来たの? もう5年もここにいるのよね?」

 シーニャが興味と怪訝を織り交ぜたような顔をして問うた。聞き手に徹していたセウが野菜を食べる手を止めた。

 彼が眉をひそめ、目を伏せがちにする。いつも無表情な彼が今は特に神妙な面もちになる。 

 セウはフォークを皿に置くと、暫く黙ったのち、口を開き始めた。

「……私は5年前まで、本国で惑星Eに関する、とあるプロジェクトに参加していました」

 シーニャも食べる手を止め、右手で頬杖をつく。袖の隙間から白い腕が見えていた。

「惑星Eの緑化プロジェクトです。オアシスを中心とし、種をまき、水をまき、緑を甦らせ、また人々がこの惑星で住めるようにするための……」

 シーニャはふうん。と相槌を打った。話には聞いたことあるわ、私その計画馬鹿みたいって思ってたもの。とも。

「地下シェルターはそのために作られたものです」

「ここが?」

「はい、政府によって」

 このシェルターは、大規模なそのプロジェクトの礎を築くため建設され、当時は大いに盛り上がった。死んだ惑星をもう一度甦らそう、という人類の夢と希望と、生き物の再生の尊さを掲げ、そのセンセーショナルな話題は世間から注目を浴びていた。そして、このシェルターは研究員のべ100人ほどのコロニーとして使われるはずだった。

「……結局計画は頓挫してしまいましたが」

「今、本国は戦争中だもの。無理もないわ」

 5年前、本国が他国と戦争を始めたせいで、目まぐるしく変わる情勢にこの惑星Eの再生計画どころではなくなってしまったのだった。

「私は開戦のとき徴兵され戦地へ向かうことを強要されました。けれど私は人を殺すより、生き物を育てることの方が向いている……そう思って、一人プロジェクトに残ることを懇願し、惑星Eへ逃げるようにやってきました」

「戦争から逃げてきたのね」

「戦争に比べてしまえば、ここなんて、楽園のようなものです」

 実際、シェルターでの生活は不満はなかった。葉野菜ばかりで栄養失調気味……ということを除けば、水だってあるし、本国へ要請すれば僅かばかりだが支援物資はロケット便で届く。支援物資が滞りなく届くたびに、「私はまだ本国から捨てられていないのだ」と再確認し、安堵の溜息が漏れるのだった。

「ふふ、楽園、ね」

 楽しそうにシーニャが笑う。

「ねえ、セウ。あなたの名前って古代の言葉で楽園、っていうのよ」

 それは知らなかった、といった顔でセウは目を瞠る。

「ポートガル語、だったかしら。今は文献でしか目にしないわね。とにかく昔の人の言葉よ」

「そうでしたか」

「あなた、自分の名前の由来も知らないのね。疑問に思わなかったの? 変な響きだって。本国ではほとんど聞かない名前じゃない」

「あまり、そういうことには興味がありませんので……」

「セウらしいわね」

 シーニャがくすくすと上品に笑う。

 セウはその様をぼんやり見守っていた。笑われたのに、あまり悪い気がしなかった。自分でも気に入った名前だったからだろうか。楽園、という意味の名前。

 名づけの親などとっくの昔に死んだが、もし今親が生きてたら、どういう意味でこの名を付けたのか聞いてみたいと思った。顔すらもう思い出せない親だけれど――。

「いい名前ね」

 シーニャが楽しそうに言った。

 その声は妙にいたづらっぽく、彼の心の奥底まで美しく響いたのであった。 



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