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惑星Eの呼吸  作者: 狐絽狸屋ころり
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惑星Eの休日

随時更新

 ――その惑星は、天の川銀河団の端に位置する。

 その形はほぼ回転楕円体で、地殻は酸素とケイ素で構成されている。地表は薄い酸素の膜が張っている。

 その惑星の表面は全て砂嵐で覆われており、宇宙からみると琥珀色一色に光っているのが見える。

 まるでトリュフ型のホワイトチョコのようだ、とどこかの研究所のロマンチストは言っていた。


 ここは、通称「惑星E」。文化は失われ、自然の破壊された惑星。

 宇宙のはきだめ。廃棄物処理場。星流しの地。かつてそこに住んでいた人々は、今、その惑星をそう語る。



    惑星Eの休日



「おはよう、セウ」

 少女は同居人に真顔で挨拶すると、椅子を引いてテーブルについた。

「今日の朝ごはんはなにかしら。昨日みたいにルッコラだけ、なんてのはやめてよね」

 少女は顔色一つ変えずにそう言うと、部屋の奥でこちらに背を向けて座って何か作業をしている相手の返事を待った。

「昨日の晩御飯、お気に召していただけませんでしたか」

 相手の体がくるりとこちらを向く。流れるような動きで立ち上がる。手には彼が今しがた収穫したばかりの葉野菜が握られていた。

「あたりまえでしょ。私、うさぎじゃないのよ」

 突き放すようにそう答える。

「すみません。しかし、ここ惑星Eには、充分な資源がありませんので」

「分かってるわよ。あなたの葉野菜くらいしか、食べるものがないってことくらい」

 彼――セウは流しで野菜を洗い始めた。

「……今日の朝ごはんも、葉野菜ですが、よろしいでしょうか」

 ジャーっという水の音と、彼の申し訳なさそうな声が部屋にこもる。

 少女は数秒黙った後、「分かってるわよ。仕方がないわ」と小さくため息をついた。


 惑星Eにも朝は来る。たとえこの星が人が住めないくらい干からびた環境にあっても、そんなのお構いなし、というように宇宙の法則に従って、自転と公転をする。もう生物のほとんどが存在しなくなってしまった星なのに、それでも回転し続ける様は何かに突き動かされてやらされているようだった。

 もし、回転が止まってしまえばこの惑星も太陽系の枠から離れて孤独に死ぬのだろうか、少女は葉野菜を食みながらぼんやり考える。人間に呼吸が必要なように、この惑星も生きるためは日々回らなければならないのだろうか。

(なんだか不思議ね。もう誰も住んでない星なのに)

 部屋には咀嚼音だけが、孤独に寄り添うように響いた。


 粗末な朝ごはんを終えたあと、少女はいつもの日課を果たそうとする。花の水やりだ。色とりどりの花が育っている温室へと向かう。

 惑星Eは砂漠の星だ。地表には人間をはじめとする動物はおろか、植物ですら根をほとんど下ろせない過酷な環境にある。そのため、セウと少女はいつも地下にあるシェルターで暮らしている。シェルターは信じられないほど居心地が良く、太陽の光を浴びなくても気がおかしくなることはなかった。地下全体に、太陽光の光を再現する技術で作られた照明が設置されていて、違和感なく住処を照らしてくれている。おかげで、少女もセウも温室の花も何の不自由もなく日々を過ごせていた。

(とは言っても、私はほとんど地表に出ることはないのだけれど)

 目の前の花の根本に、にじょうろで優しく水をかける。大きく黄色い花弁が美しい花だ。広い土地で深い根を下ろすことができたらもっと花の背丈は高くなるらしい。なんていう名前の花だったか忘れてしまったが、少女はこの花がいっとう好きだった。


 地表に出るのはセウの仕事だった。背が高くて、寡黙で、慇懃無礼の青年。地表に出て何をしているのかわからないが、温室にある花々はすべてセウが持ってきたものだった。

 セウによると、シェルターから出たすぐの地表にはオアシスがあり、そこだけ植物が根を下ろしているらしい。そこで種を拾い、地下の温室で鉢に種をまき、水をやっている。

「あーあ、この花たちも食べれたらいいのにな」

 水やりを済ませた少女は、温室から出た。


「地表、のことですか」

 少女が水やりをしている間、セウは地表にいたらしい。セウが地表から戻ってくると、少女は地表のことについて聞いてみた。

「そう。私は上には出られないから、あなたの見たままの感想聞かせてほしいの」

「感想、ですか……」

 セウが地表の砂塵除けの服を脱ぎながら、ポツリポツリと話し始めた。

「そうですね……。正直、これと言って新鮮な出来事はないですね。惑星Eに来てからもう5年もたってますし」

「私はまだ一か月にも満てないわ」

 イライラした口調で少女は返す。惑星E居住歴で比べると、セウに負けた気がして悔しかったのだ。

「まあ、確かにあなた様はそうでしょうけど……。なんでしたら、あなた様も一回地表にお出になられたらどうです? 一回だけでしたら、支障はないかと思われますが」

「嫌よ」

 間髪入れずに放たれた短い返事に、セウは「そうですよね」と返した。

「オアシス、そんなにいいものじゃないですよ。水と植物は豊かにありますが、少し見渡せば周りは砂だらけです。いつ枯渇するかわからない。ここのシェルターが一番安全なところです」

 少女はそう言われて、白い天井を見つめた。一番安全なところ、と言われても白い壁が広がる虚しい空間に包まれていたら、説得力がない。

「……本国にいたころも、私は白い壁に囲まれて育ったわ」

「……」

「ねえ、セウ。教えて。惑星Eの空は青いっていうのは、本当なのかしら」

「そうですね。地表にでても、砂塵で空が濁る日ばかりですが……晴れた日の空は、どこまでも青くて、とても輝いています……」

 青く広がる空。文献でしか見たことのない世界。昔、絵本で両親から読み聞かせしてもらった思い出があったが、その夢のような情景は、このシェルターの上に無限大に広がっているのだ。そう思うと、興奮を禁じ得ない。少女は目を閉じ、その様を想像してみる。そして、その中で駆け回る自分を想像しようとして……やめた。

「そういえば、セウにまだ名前を呼んでもらってなかったわね」

「あなた様の名前を呼ぶことは、私にはもったいないことなので」

「……気にしないでよ。私の名前は前も言ったけど、シーニャ。あまり好きじゃない名前だけど、セウにだけなら、呼ばれてもいいわ」

「シーニャ様」

「様はいらないから」

 少女シーニャは苦笑し、しばらくするとセウと共に葉野菜の昼食を作りにまた温室へ入っていった。


 

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