恐ろしく美しいものに人は惹かれるのだろうか
スズランのような女の子がいた
彼女は声が出なかった
″出なかった″のか″出せなくなった″のか僕は正確にはわからない
クラスの中でも女の子は浮いていた。
彼女は会話をしようとしなかったし、なにより彼女は人間というよりも花だと言われた方がしっくりくる気さえした。
一人で机に座る彼女を見て、
いつも僕は何となく、彼女はその幽玄な美しさと代償に声を取られたのだと解釈していた
雨の日の4時過ぎ
学校の帰り道で、僕はバスまでの道を急いでいた
濡れない様に下を向き、足早で歩いていると
目の前に誰かの足が見えた
ふっと顔を上げる
あの女の子だ
コンクリートに打ちつけ反射する雨の音
彼女の事が気になったが、バスまでの時間が気になったので
足早に彼女の脇を通り過ぎようとする。
その時
何気なく覗いた傘の隙間から
彼女と一瞬目が合った
思えばもう、その時から彼女の魔力に取り憑かれていたのだ。
目をみているがそれは「僕の目」ではなく
「僕」の感情や、感覚、自分でさえ分かっていない意識の下に滑り込み、全てを抜けて出て行った
何が起こったのか理解できなかった。
呆然と雨の音だけが鳴り響く頭の中で、
あの女の子は、しっかりと、人間だ
とぼんやり感じた
その日の事があってから
僕はその女の子の事が気になって仕方がなくなった
スズランをさした水を飲むと、人はその花の猛毒に死ぬらしい。
そんな花のように美しい彼女
その奥に潜む彼女だけの秘密を
僕だけが知りたかった
そして灰色に濁ったその水を
僕が1人、飲み干したいのだ
次の週
帰り道僕は待ち伏せをした
そうせずにはいられなかったのだ
曇った空の下、バス停までの道の途中でじっと彼女を待つ
10分ほど経った時
異様な雰囲気を纏って、前から彼女が歩いてくるのが見えた
近づくにつれ、自分の鼓動が速くなるのを感じる
前を通り過ぎる瞬間、
僕は彼女を捕らえた
腕を掴む
靄がかかる冷えきった空気の中で
握った彼女の腕は
冷たく、感覚がない
白く、すっと伸びた首から青い血管が浮き出ているのが見える
彼女にキスをした
一瞬彼女の目が水の波紋の様に揺らぎ
僕は、あの時の感覚を思い出す
ああ、やっぱり、彼女は
わかってほしかった 。
離れた口の間から 息が漏れ
濁った色をしたそれは2人の間に溶け始める
ゆっくりと毒が、全身に染みわたっていく。
白くぼやける景色の中で思う
最後に彼女の声が聴けてよかった。