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忘却

「ん……」

感じるのはフカフカした感触。

肌で感じるのはスベスベした感触。

それが革張りのソファーだと気づくのに数秒。

「気づいたのね」

傍らには女が立っていた。

婦人用のスーツに身を包んだ女。首から教員書を下げているのでこの学園の教師なのだろう。

立ち上がろうと手を伸ばした。だが俺が感じたのは硬く、冷たい感触。

ソファーに立てかけるように置かれた日本刀。

それが言葉遣いと共に俺に状況を明確に伝える。

「壬礼航…いえ、御霊皇と言った方が正しいかしら?」

「………」

そう、俺は御霊皇。だが俺は二重人格でもなければ別人でもない。言うなれば裏と表、公と私。そんなものだ。

「…どちらでも構わない。そんなことよりも戦況はどうなった」

俺は意識を失う直前の記憶を呼び出す。

襲いかかる白銀の狼。俺の前に立つ浅上凛と佐々木静香、更にその奥で奮戦する高森涼。その傍らで主の命に従う紅蓮の獅子。そして自らの死…否、圧倒的な斬殺。その後の意識の消失。

「今学園長が結界の準備中。恐らく間もなく完了するでしょう。その護衛に高森涼が就いているわ。島中の狼どもは生徒会と風紀、それに大人達が対応している」

なるほど…どうやら彼等は正確な判断を下したようだな。

「浅上と佐々木はどうした?」

「彼女たちなら体育館で怪我人の手当てと防衛をしているけど?」

それがどうしたの?と目の前の女は言った。

ここで騒ぎを大きくするのは好ましくない…か。

「何処へ行くの?」

ソファーから立ち上がり、無駄に豪華な扉を開けようとした所で女が俺に聞いてきた。

答えるまでも無かろうに…

「散歩だよ」

俺は扉を開ける。

そう、散歩だ。全てを終わらせるための…な。




圧倒的な数の狼を前に、涼の心は折れかかっていた。

目の前には一面の光。白銀の海が太陽の光を反射して輝いている。

(ああ…綺麗だ…)

自然とそう思えてしまうほどの絶望的状況がそこにはあった。

百の息吹に千の爪、万の牙に無限の身体…もはや数えるのが馬鹿らしくなる。

自分はこれからどうなるのか…あの爪に引き裂かれるのか、はたまたあの牙に噛み砕かれるのか。

そんなことはどうでもいい。この場において高森涼は死ぬ。その事実だけが確かにあった。

狼たちが白銀の津波となって涼を飲み込もうと飛びかかる。

だが、その飛沫すら涼に触れることはなかった。

「よく耐えたな、高森涼。私自ら褒めてやる」

白銀の津波が防波堤に弾かれるように、狼たちは見えない壁に押し戻され、呆気なく屋上から転落していった。

振り返る。そこにはカリスマ性に満ちた笑顔で学園長、鳴神千尋が立っていた。

「なんとか間に合ったようだな」

その後方、先程まで千尋がいた地点には一匹の蛟がどくろを巻いていた。

「リヴァイアサン…ですか」

それは七つの大罪の一つ『嫉妬』を統べる悪魔。全ての蛟の頂点。その力はドラゴンさえも凌駕すると云われる。

「さて、結界の制御はあの蛇野郎に任せて私たちは下へ戻るぞ」

かのリヴァイアサンを蛇野郎と言い張ってしまうとは…七つの大罪も形無しである。

(さて、そろそろ航も起きる頃かな)



学園長室を出た御霊皇は突然の目眩に襲われた。

壁に手をついてなんとか耐える。

消失する日本刀、元の日本人らしい黒色に戻る瞳。

やっと目眩が収まりもう一度歩き出した時だった。

「何処へ行く」

正面から張りのある声がした。

「ああ、千尋ちゃん。結界が張り終わったんだね」

そこには丁度階段を降りてきた千尋と涼がいた。

「お前、航か!戻ったんだな」

満身創痍ながらも涼は喜びを見せる。

「涼、何度も言うけどどちらも僕だよ」

ただ、皆の前では壬礼航であるだけ。

「そんな事はどうでもいい。壬礼航、お前は今どこに行く気なんだ?」

「ただの散歩だよ」

「佐々木静香」

突然の言葉に航は驚いた。

だが直ぐに冷静さを取り戻す。

「気付いていたか…」

鳴神千尋はこの学園の学園長であり世界でも有名な魔術師だ。それ以上に彼女が『七つの大罪』であることが深く関わっているのだろう。

「おい、ちょっと待ってくれ。なんで佐々木さんの名前が出てくるんだよ」

この場で唯一話が見えない涼が説明を求める。

そんな涼に千尋は容赦なく真実を告げた。

「今回の一件は佐々木静香が起こしたものだからだ。だからお前は殺しに行くんだろ?佐々木静香を」

全てを見通した千尋の言葉に航は俯くしかなかった。

「オイ…どういう事だよ…なんで佐々木さんがこんな事を起こすんだよ…今まで仲良くやって来たんじゃねぇかよ!何なんだよ一体!何がどうなってるんだよ!……嘘だよな、殺すなんて嘘だよな…ッ何か言えよ航!」

慌てるのも無理は無い。この数ヶ月仲良く4人でやってきたのだから。それこそクラス公認のグループだったのだから。

理由はある。がそれは涼には言えないものだった。涼が知るには…残酷すぎるからだ。

だがそんなものはお構いなしに千尋は告げた。

その残酷過ぎる真実を。

「佐々木静香は『咎人』だ。お前も薄々感づいていたんじゃないのか」

「………」

涼は何も言い返せない。

事実、涼は静香が転校して来た頃に航にその疑いを話した事があったからだ。



『咎人』 それは莫大な力を手にする代償として、世界の罪を肩代わりした者。その力は帯刀者を優に凌駕し、その罪は七つの大罪を超える。世界に身を売り、世界に尽くすことで人智を超えた力を持つ。だが、多くの者はその重すぎる十字架に耐えきれず潰れてしまう。

咎人は世界にとって消耗品でしかない。

「それじゃあ…行ってくるよ…」

愛する友を止め(ころし)に。

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