表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

忘却

学園に帰ってきた航達が見たのは…地獄だった。

辺り一面に血痕がありその近くには生徒が横たわっていた。

無論、生きている筈もない。

路面は赤く染まり、建物の壁はもはや原型を留めていなかった。

その先には死体。無惨にも手足は無く頭は一部無くなっていた。

4人は理解できない。否、理解しようともおもわなかった。

何故このような事が起きているのか、誰がやったのか、そんなことは考えられなかった。

自分たちが今見ている光景、それが事実だった。

そんな中はじめに声を出したのは涼だった。

「な…何なんだよコレは…一体何なんだよ!!」

「とりあえず千尋ちゃんの所に行こう。あの人がこの事態に気がついていないとは思えない」

「わかった。なら走ろう!!」

4人は学園長室目指して走った。

図書館前を通り過ぎ僚の脇を抜け、森の中を走った。

しかし視界に死体が入らない事はなかった。

校舎に入り階段を駆け上がった。そこには数人の怪我人がいた。

「おい、何があった!?」

「お…狼だ…」

「え?」

「狼だよ…アイツらはいきなり目の前に現れたと思ったら飛びかかって来たんだ。お…俺は逃げるのに精一杯で…」

見ると少年には右腕が無かった。「そ、それで…一緒に逃げていた奴は途中で追いつかれて…お…俺に助けてって…でも俺には何もできなくて…お…俺はそいつを見捨てて…お…俺は……うわァァァァァァ!!」

少年は自分が体験した事を詳細に語った。まるで自分の罪を懺悔するかのように。

自らが選んだ道を後悔する。そのことに許しを得たい。救われたい。許されたい。その一心で少年は語った。

「いいんだよ…あなたは許される。許されたいと思うことも、救われたいと願うことも許される。自分が選んだ道がたとえ逃げ道でも、たとえそれが間違いでも、あなたは誰かに許されたいと思ってもいいの。だからもう泣かないで」

凜は少年を抱きしめた。少年に許しを与えるために。たとえそれが一時的なものであり少年がいずれ自らの罪を思い出してもまた自分が教えてあげると。

少年は凜の胸の中で泣いた。そして「ありがとう」と言った。何度も繰り返し「ありがとう、ありがとう」と…。


「急ぐよ!!」

4人は再び学園長室目指して走り始めた。

校舎内にも血痕はあるが、引きずった痕があるため恐らく怪我人だろう。

全容を把握していない航達にとって校舎内に敵がいないのは救いだった。


あくまで希望的観測だが…


「止まれ」

先頭を走っていた涼が曲がり角にさしかかった時、急に足を止めた。

「どうしたんでしか?涼さん」

静香が涼に尋ねる。そして涼が曲がり角の先の一点を見つめているのがわかった。

他の3人も涼が見ている辺りに目を向ける。

そこにいたのは白銀の狼だった。

その体は航達よりもはるかに大きく、本来は全身が白銀に輝いているであろう体毛は所々が赤く染まっていた。

白銀の狼は…人を喰らっていた。

正確に言えばそれは既に人では無かった。

ソレはもはや人としての形を留めておらず、ただの肉塊と化していた。

「う…」

凜が口元を抑えながら体を震わせた。それほどに異様で醜悪な光景だった。「こっちは通れそうにないか…よし、反対側から行こう」

4人は反対側の階段に行くため後ろを振り返った。すぐそこにいる白銀の狼に気づかれないように音をたてないようにしながら。

そして言葉を失った。

4人の視線の先にあったモノ。

自分たちよりも大きな体躯、強靭な爪、鋭利な牙、そして白銀の体毛。

絶望と呼ぶにふさわしい白銀の狼がそこにいた。

「『ヴァルキュリア』!」

凜が己の霊の真名を告げた。

その瞬間、凜の右手に剣が具現化した。

『ヴァルキュリア』北欧神話におけるオーディンの遣い。ヴァルハラの戦乙女である。

「ハァァァァァ!」

凜は狼の肩口に剣を振るった。

だが

ガキンッ

狼の白銀の体毛によって凜の剣は弾かれてしまった。

その予想外の衝撃により凜の体勢が崩れた。

狼はとても知能と攻撃力が高い。白銀の狼がその瞬間を見逃すはずが無かった。

その強靭な爪がりんに襲いかかる。

凜が自らの死を覚悟した時、

「穿て『聖無き穢れの槍(ロンギヌス)』」

放たれたその槍は正確に狼の心臓を捉えた。

そのまま狼は校舎の窓を突き抜けて、外に投げ出された。

「大丈夫か?」

差し伸べられた手をとり、凜は立ち上がった。

「ありがとう涼さん」

「なに、君が無事ならそれでいい」

手を差し伸べたのは高森涼。『ルシファー』の契約者にして『七つの大罪』の因果を背負いし者。彼だからこそ、宝具『聖無き穢れの槍(ロンギヌス)』を扱える。

「でも高森さん、宝具を外に投げちゃいましたけど…」

静香が窓から下を覗きながら言った。

「ああ、『聖無き穢れの槍(ロンギヌス)』なら問題ないよ」

後でちゃんと帰ってくるから、と涼は説明した。

「なら早く先を急ごう」

だが4人は誰一人としつ動くことはできなかった。

彼らの前にいたものは


おびただしい数の狼だった。


「聖無き穢れのロンギヌス

涼が再び自らの宝具を具現した。

その形状は短槍。一対多数を想定したときにできる限り有利に戦闘を進めるための判断である。

もっともこの数の前には有利な状況など存在しないのだが。

しかし諦めるわけにもいかない。涼は『七つの大罪』の一つ、『傲慢』を背負いし者。いつもはプライドなぞくそったれだが今はそんな事を言うわけにはいかない。今涼をここに立たせているのはそのくそったれなプライドなのだから。

「さあ来い。八つ裂きにしてやる」

白銀の狼たちが一斉にとびかかる。

おびただしい数の狼が白銀の濁流となって押し寄せる。

涼が槍を振るう。

だが涼がどんなに魔力を注ぎ込んだ槍を振るっても相手できるのはせいぜい三体が限界である。

その後ろでは凛がその手に剣を具現させて応戦する。だがその剣は白銀の狼には通じない。

斬りつけては弾かれ、また斬りつけては弾かれる。その繰り返しである。

故に状況が最悪…いや、災厄になるのは一瞬だった。

狼の牙が涼を襲う。涼はそれを短槍で払い、そのまま狼の顎から頭を突き刺した。

狼の爪が凛を捉える。

凛がそれに応戦しようとした時、凜の死角からもう一頭の狼がその顎を大きく開けて飛びかかってきた。

凜がそれに対応しようとしても、前方から爪が飛んでくる。

手詰まり。だと思ったが、

「凛さん!」

虚空から鎖が出現し、狼を縛り付ける。『戒縛の鎖』静香が持つ霊装である。

「ありがとう静香さん!」

だが静香の顔色は険しい。

『戒縛の鎖』は使用者の魔力を大きく消費する。それ故に白銀の狼さえも抑える拘束が可能となる。

「はやく!長くは保たない!」

「恩に着るぜ!佐々木!」

(ここは守り抜く。こんなクソったれな力を使っても)

涼は『七つの大罪』

自らが罪を背負うかわりに力を得るもの。

罪を犯しても守りたい者がある。

その本当の意味を知ったのは何年前だったか…

「『ルシファー』!!!」

自らの真名を叫ぶ契約者の声に反応し、『魔王』がその身をこの世界に具現する。

契約した霊を此方側に呼び込む。それが『七つの大罪』の真価である。

具現したのは紅蓮の獅子。

全てを無に帰す地獄浄火の鬣をもつ『魔王』の名を冠した獅子である。

その罪は『傲慢』、だがその罪さえも相応しいと呼べる程にその力は強大だった。

「蹴散らせ」

主の命に忠実に従い、紅蓮の獅子は目に映る敵全ての排除を決行した。紅蓮の獅子の咆哮が空気を割り、爪が振るわれ、牙が穿ち、灼熱の鬣は全てを無へと帰した。

はずだった。

「どういう事だ…」

確かに戦況は各段に有利になっている。実際、白銀の狼たちは紅蓮の獅子の攻撃により消滅している。抵抗するもせいぜい噛みつくぐらいでそれも直ぐに消滅する。

それ程に紅蓮の獅子の威力は絶大なのだ。

だがその威力は涼や航が見知っているものとは格段に低くかった。

確かに涼は校舎への被害を最小限に留めるために獅子の力を制御している。だがそれを考えても、狼たちが消滅する規模は小さかった。

「涼!狼だ!そいつ等は恐らく魔力を喰らっている!」

『せいぜい噛みつくぐらいで』

「ちっ、だったら…」

紅蓮の獅子が出力を増す。その炎は辺りにいる全ての狼を燃やした。

だが消滅はしなかった。

「こいつら、魔力を喰らって耐性をつけてやがるのか」

紅蓮の獅子の攻撃を回避した狼は、目の前の敵の攻略を放棄し次の標的へと切り替えた。

即ち凜や静香、航へと。

「この!」

静香が鎖を展開する。

凜は狼を破壊できないものの、攻撃を防ぐ事はできる。だがそれでも足りない。

決め手に欠ける。

紅蓮の獅子は数体の狼によって足止めされている。

ここで誰も逃げるという選択肢をとらないのはこの学園の帯刀者故のものなのか、それとも逃げても無駄だとわかっているからなのか…

だがそんな思考も意味を成さない程にこの場は絶望していた。

謎に包まれた白銀の狼。その数の力は『七つの大罪』たる紅蓮の獅子さえも無力化している。

そして凜と静香の必死の防御も限界を迎えた。

一頭の狼が二人の頭上を飛び越え、その後ろ、即ち壬礼航へと飛びかかった。

「航!」

「航さん!」

「壬礼さん!」

涼が紅蓮の獅子を航へと走らせる。

凜が剣を振るう。

静香が鎖を現す。

だがそんな3人の抵抗は虚しく


壬礼航はその身を白銀の狼によって喰らわれた。


(僕は……俺は…)


。たれわら喰てっよに狼の銀白を身のそは航礼壬


刀が振るわれた。

その斬撃により航に飛びかかった白銀の狼は胴体を2つに斬られた。

その刀は涼でも無くは凜でも無い。ましてや静香でもない。

壬礼航。それが刀を振るった少年の名前だ。

その刀は白く透き通るような危うさを放っていた。3人は呆気にとられた。

今、自分達の目の前に立っているのは誰か、この瞳に金色の光を宿しているのは誰なのか。

そんなのは決まっている。目の前で立っている。壬礼航だ。

だが彼は本当に彼なのか?

空間を通して放たれているこの尋常ならざる魔力、殺気、そして何よりあの金色の瞳。

全てを見下したその目は何を見ているのか。

白銀の狼が一斉に新たな脅威に対して反応しる。

だがそれでも反応しただけだった。

次に待っていたのは死。

航は目にも留まらぬ速さで刀を振るう。

全てを死に帰すために、全てを無へと帰す為に。

気づけば全ては終わっていた。

最後に残ったのはおびただしい数の死体だった。

「こ……航…さん…」

名前を呼ばれたからであろう。航は凛に顔を向けた。

その顔は・・・

笑っていた。


目の前の少年、壬礼航は笑っていた。

口元をゆるませ、確かに笑っていた。

だが、その金色の瞳は冷たい光を宿していた。

確かにその圧倒的な力によって凜達4人を地獄から救い出した。

しかし地獄から抜け出した先にあったのは果たして本当に地獄ではない場所なのか?もしかしたら今自分達が見ているこの光景こそが本当の地獄ではないだろうか。そう思わずにはいられない光景が凛達の目の前に広がっていた。


突如何かが倒れる音がした。

その音がした方向を見てみると、航が床に倒れていた。

まるで糸が切れた操り人形の如くピクリとも動かない。

さらにその手からこぼれ落ちるように血で汚れた刀も床に転がった。辺りに血が飛び散った。

「……俺たちを守るために力を使い果たしたんだろう。まったく、無茶しやがって」

涼が動かない航を抱きかかえた。

「高森さん、壬礼さんの力というのは…」

だが、

「今は言えない。いや、俺から言うことは未来永劫無いだろう。俺はコイツが自ら言わない限り、絶対にこの事を口に出さない。そう心に誓っているんだ」

あの日、あの瞬間から。

「………」

「だから俺からは言えない。知りたいなら本人に聞いてくれ」

航の抱える『秘密』、それは軽々しく他人に言っていいもねでは決してない。

その『秘密』のせいで航がどんなに苦しみ、嘆き、そして壊れたか…。

涼はそれをずっと見てきた。それでもできることは何もなかった。

どんなに励まそうともコイツの抱える闇が消えることはない。

どんなに優しい言葉をかけてもコイツが許されることはない。

どんなに共に嘆いてもコイツが救われることはない。

故にコイツは……沈黙が降りる。

さっきまでの戦闘が嘘のような静けさだった。

「……とりあえず学園長室に行きましょう。この事を学園長に知らせないと大変なことになります」

涼が航を背負い、3人は再び歩き出した。

どうやらこの近くに狼はいないらしい。

(許されることは叶わず、救われることは許されず…か)

凛は先ほど涼が言った事を思い出した。

それが何を意味しているのかを凛は知らない。

おそらく航の過去には何かがある。ただそう思うだけだった。

だがもう一人、佐々木静香は驚愕に満ちていた。

(まさか壬礼さん……あなたは……)

静香が考えたこと。それは航が自分と同じ『存在』なのではないか、ということだった。

(でも、そんな偶然……いや、でもさっきの高森さんの言葉、あれはまさしく……)


静香が思い至ったもの。航の過去。静香の『存在』。


運命さだめのなかで、運命うんめいの歯車が回りだす。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ