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忘却

しかしそれから何ヶ月か過ぎた頃、事件は起きた。



航は校内を走っていた。

千尋から呼び出しのメールが届いていたのだ。

そこには『至急裏の森まで来い』とあった。

航がメールでの指示通り森までたどり着くと千尋が待っていた。

「遅い!」

「すみません…」

といっても航は千尋からのメールを受け取ってから全速力で来たのだが…そんな事は関係ないらしい。

「まあいい。それよりもこっちだ壬礼航」

千尋が森の中へ足を進めると千尋の姿が消えた。続いて航の姿も消える。

「わざわざ結界まで張るなんてなにがあっ…」

森に入って少し歩いたところで千尋が足を止めた。

千尋の足元に転がっているモノを見て航は言葉を失った。

「な…何ですか…コレ…」

「何と言われても、死体だが」

そう、そこには無惨にも死体が転がっていた。

その死体は右腕が無く、足も膝から下が無かった。さらには腹がグチャグチャにされ内蔵が外に飛び散っていた。「見ろ。ここに爪の痕がある。さらにここに食いちぎられたような痕跡までもある。どうやら獣の仕業らしいな」

千尋は笑みを浮かべながら航に状況を淡々と説明した。

獣が人を襲い腑を食いちぎっている姿を想像してしまって航はさらに吐き気がした。

「で…どうして僕をここに呼んだんですか…?」

喜々として惨状を説明する千尋を見て、もしかしたら本当に嫌がらせなのではと一瞬本気で思ってしまった。「いや、この場には魔力残渣がある。つまりこれは野犬による事故ではなく人による殺人だという事だ。それでお前なら何か『見える』のではないかと思ってな」やっと千尋が自分をこんな場所に呼びつけた目的がわかった。

「え…ここで『見る』んですか…」

「ん、なんだ、いやか?」

「そりゃあ嫌に決まってるでしょ!だれがこんな場所を凝視して喜ぶんですか!」航が『見る』にはその場を集中して見る必要がある。

つまりこの悲惨な現状を…

「うるさい。早くやれ」

千尋が愛用の扇子で航の頭をつつきながら催促をする。

「わかったよ。やればいいんでしょ」

航は千尋に逆らえない。

航がこうして普通に生活しているのも、裏で千尋が根回しをしてくれたからだ。

航は仕方なくこの場を『見る』。

「…この場には小さな『存在』は大量にあるけど大きな『存在』は無いかな。この生徒もかなり抵抗したみたいだね」航が見るモノ。それはそこにある『存在』の欠片。

この場において確かにあった『存在』が砕け散った残滓。

それが壬礼航という存在が背負った…

「そうか。とりあえず本格的な調査はこの生徒の身元が分かってからだな」

千尋はそう言うとその場を後にした。航もそれ続く。

「すまなかったな。このような事に引き込んで。本来ならこのような事は我々で対処しなければならないのだが」

だが、と千尋は言った。

「お前のその力は利用価値が高い。どんなにお前が不本意でもその力を使わないのはナンセンスだ」

使えるものはとことん使う。それが鳴神千尋の座銘だ。

「でも千尋ちゃん…僕は…」

自分が最も忌み嫌っているこの力を利用価値があると言われる。

その事実は航を苦しめた。


それから数日後、被害にあった生徒の身元が判明した。

航はその連絡を千尋から受け、急いで学園長室へ向かった。

「霧島聖羅17歳。うちの高等部2年、契約霊は『英霊』だ。ここ最近姿が見えないと担当講師に親しい友達から相談があってな確認したところ霧島聖羅だと判明した」そしてここからが重要なんだが…と千尋は改まって航の方を向き直した。

「霊との契約が強制的に破棄されていた」

「え!?それってどうゆう事?」

霊との契約が強制的に破棄されていた。

つまり何者かがその帯刀者から霊の理念と因果を奪った事を意味する。

そしてそれは同時にその帯刀者を殺した事を意味していた。

「霊を身体から強制的に抜かれたんだ。そのショックは相当なものだったはずだ」

それこそ死に至るまでぐらいのな。と千尋はクッと笑った。

「でもそんな事可能なんですか?僕は一度も聞いたことないですよ」

「いや、できるよ。例えばWMO(世界魔導機関)の最高審判での極刑は『魔力喰らい』だ。これによって体内の魔力炉を破壊し尽くされた時、霊との契約は強制的に破棄される。まあこの場合はその霊は元の高次元へ帰るだけどな」「つまりこの犯人もそれと同じ方法を使ったと…」

そんな事ができる者がこの学園にいる。

その事実は航を困惑させた。

だが、

「いや違う。この犯人は魔力炉を食い破ったんじゃない。最初から霊自体を食い破ってるのさ。魔力炉が崩壊しているのはその時のショックだろうな」

つまり全くの逆。

それは犯人の目的は最初から霊自体にあるということだ。

「じゃあ直ぐに島中に警告をださないと」

「いや今は混乱を招きたくない。この事は内密にするんだぞ」

しかし警告しない訳にはいかないので、後日学園には

「不審者が出没しているからなるべく独りでは行動しないこと」

と注意が促された。


それから数週間新たな被害は出なかった。

そして同時に霧島聖羅の事が噂になり始めた。

中には独力で事件を調べた者もいた。

それを受けて千尋もこれ以上の情報操作は無意味と判断し、生徒に霧島聖羅の事件を説明し改めて注意を呼びかけた。


それが意味の有るものと信じて…



「はあ~今日も疲れたね」

女生徒が2人歩いている。

「仕方がないよ。先生に雑用を頼まれちゃったんだから」

2人は大量の紙束を抱えるように持っていた。

「まあでも、その代わりスイーツをご馳走してくれるって言ってたじゃん。安いバイトだよ」

2人はそのまま資料室へ向かった。

「でも学園の端から端っつうのはどうかと思うけどね」

そんな風に愚痴を言いながらなんだかんだで仕事をしているのである。

「どうせなら先生がやればいいのに。なんで私たちだけで」

「仕方がないじゃない。他にも仕事が残っているって言っていたし。それに…ほら、あんな事があったばっかりじゃない」

少女が思い浮かべたのは先日、全校集会で話された霧島聖羅の事件である。

「変質者なんでしょ?怖いわ~。でも大丈夫よね!私たち帯刀者だし」

霧島の事件は混乱を避けるために情報を改ざんして公表されている。

日夜警備員や学園の講師がパトロールしているのもこれに対応するため。という事になっている。

「あっ、でもさこんな噂知ってる?」

思い出したように尋ねた。

「え、なになに?」

「霧島さんは変質者に殺されたんじゃなくて、本当は帯刀者による意図的な犯行だっていう噂。私たちが全校集会で言われたことは学園が流した嘘なんだって」

「そんなわけないじゃん。なんで学園が私たちに真実を隠すのよ。そっちの方がよっぽど危険じゃない」

「それもそうよね~」そんな雑談をしながら2人はもといた建物をでて深緑の並木道を抜け、図書館棟の脇を通りすぎてその先にあるこの学園で最も古い別館へと足を運んだ。

この別館は学園創立時から建っており、さらに森を抜けた先の静かな場所にあるため学生達の間ではこういう建物にありがちな噂があった。

「『幽霊屋敷』ねそれは聞いたことがあるわ」

別館の幽霊。それは学生達の間では最も有名な噂だ。

しかもここが『帯刀者特区』というものだから余計に信憑性がでてくる。

「確かあれよね…昔と言ってもこの学園創立から間もない頃一人の天才と言われた少年がいました。その少年は帯刀者の力だけではなく魔術師としての力も抜きん出ていました。ある時その少年は図書館の禁書を盗み出し、そこに書かれていた魔術を実行しました。その魔術は自分が契約しているモノの力を無理やり極限まで高めるというものでした。少年は誰もいない部屋で独り儀式を開始しました。途中までは少年も満足するほど順調に進んでいました。しかし不幸にも島を支える強化魔術に異変が生じてしまいその影響で儀式が失敗してしまいました。少年はその反動で命を失い、少年が契約していた霊は儀式の影響でこの世界につなぎ止められてしまいました。その霊は今も主を探して別館を歩き回っている…

とかいうやつだよね?」少女は自分が覚えている限りで話した。

「そうそう、それそれ。でね、なんと霧島さんを殺したのはその噂に出てくる霊なんだとさ」

「えー、そんなの嘘だよ。だって噂だよ。それにその霊だって実際に見た人はいないのに」

だがここは帯刀者特区。普通なら有り得ない話が妙に真実味ある話になってしまうから怖い。

「さっ、早く雑用を終わらせて帰ろ。わたしお腹空いちゃった」

片方の少女が駆け足で階段を登る。それに続いてもう片方の少女も階段を駆け上がった。

3階まで上がって廊下を進むと『資料室』と書かれた札が掛かっていた。

「ここね。さっ、早く終わらせましょう」

ここの資料室は思った以上に広く、教室3つ分ぐらいの広さだった。

少女は自分の持っている資料と壁に貼ってある案内図を照らし合わせて、自分が向かうべき棚にそれぞれ向かった。



「「買い物に付き合って欲しい?」」

航と涼は声を揃えて凛と静香の申し出に反応した。

凜達の買い物には2人がまだ島に来て数週間しか経ってない頃に、日用品や服を揃えるために同行したことはあった。

しかしその時に日常生活で必要な物は大抵買った筈だが…

「2人共知らないんですか?今日から西区のデパートで婦人服のバーゲンをやるんですよ。ほら、この島って物価が高いじゃないですか。だからこの機会に買っておきたくて」

そういえば島を案内した時に服も高いと静香が言っていたのを航は思い出した。

「分かった僕はいくよ。涼はどうする?」

「そりゃあ3人共行くのに俺が行かない理由は無いでしょ」

涼も快く賛成する。

「じゃあ決まりですね。行きましょう」

学園を出た後、4人はその足で西区のデパートに向かった。

「わあ!可愛い洋服がたくさん有りますね。しかも安い」

凜が感嘆の声をあげた。

値札を見てみると確かに安い。と言っても本土よりは高いのだが…この島では金銭感覚が麻痺するみたいだ。

「この服なんてどう?」

「う〜ん、ちょっと派手過ぎるかな。もっと落ち着いたものがいいかも」

とか

「どう?似合う?」

「似合う似合う。買っていけば?」

「そうする…げ、高い」

などといった会話を展開している女子2人の前で男子2人は呆然としていた。

「会話についていけない…」

「ほんま何言ってるか解らん…」

とただ増え続ける買い物袋に唖然としていた。



「さてと…これで最後かな」

資料室にいる少女は片手で持てるぐらいまで減った資料を棚に置いた。

後はもう一人が終わるのを待つだけである。

「ねぇ、そっちは終わった?」

「うん終わったよ~」という声がしない。

この資料室は確かに広いが声が響かないぐらいに広いわけでもない。それに今確かに声は響いていた。

少女はさっきの会話を思い出した。

『ここには儀式に失敗したために取り残された霊がいて、いまでも主を探しているんだって』

まさか…と思った。たかが噂だ。そう思って無視する事もできる。だが、どんなに自分に言い聞かせてもその不安が消えることはなかった。

「ねぇ、ふざけてないで出てきてよ…。返事してよ…ねぇったら」だが返事は無い。その代わりに少女が聞いたのは背後からの物音だった。

ギシ‥ギシ‥と床が軋む音がする。その音は鳴る度に少女に近づいている。

一歩、また一歩と少女の正面から近づいている。

そして音が少女のすぐ目の前まで迫った時…。

音が消えた。

今までのが嘘のように資料室は静寂に包まれた。

(なんだ…そうだよね。あんな噂本当のわけないよね。一瞬でも信じた私がバカみたい)

きっと友達がやったイタズラだろうと。

少女が心を落ち着かせる為に後ろの棚によっかっかた。

フワッという感触が少女の背中を襲った。

金属製の棚はこんな感触がする筈がない。実際にこれまで少女が資料を置くために幾度となく触った棚はひんやりと固かった。そして背中が感じるのは暖かい温もりと鼓動。耳が捉えるのは生き物の息づかい。少女は顔を上げる。

そこにあったのは棚ではなく獣だった。

体毛は白銀に輝き、その大きさは少女を優に越していた。

そしてその半開きになった顎からは赤く鋭い牙が見えた。

白銀の狼

それが少女の後ろに立っていた。

「き――…」

少女は悲鳴をあげようとした。

悲鳴は人間が自分の身に危険が迫っている事を他人に知らせるための最終手段である。

白銀の狼はそれさえも許さなかった。

少女の腕を、脚を、腹を、胸を、腑を、首を、ひとつ残さず喰らう。

その既に血塗られた牙で少女の『全て』を喰らった。




「ん~おいしい」

凜が心の底から幸せを表すような声をあげた。

航と凜と静香、それに涼はデパートの地下1階、俗に言うデパ地下にいた。「ほんと甘くて美味しいですね」

静香も幸せそうな顔をしている。

「ほんとこの生クリームの甘さが絶妙だよな」

最高、と涼が評価する。

「ぼくはもう少し生地が厚い方がいいかな」

航は少し辛口な評価をした。

4人は凛と静香の買い物が終わった後、つき合わせたお礼ということでクレープを食べていた。

女子2人は自腹だが航と涼はおごりである。

結局凛と静香は2人合わせて5着の洋服を買った。本当はもう少し少ない予定だったらしいが、どれもお気に召したようで選べなかったらしい。

「しっかし女ってよくそんなに服を買うよな。無駄にならないのか?」「む、その言い方は勘にさわりますがよしとしましょう。大丈夫です。無駄にはなりません」

凜が言うには女の子に洋服は必須だそうだ。航達には理解出来ないが。

「なんならお二人の服も私たちが選びますよ」

静香の言葉に航と涼は顔を見合わせ、

「いや、遠慮しておくよ」

と言った。

それから4人はデパートを出て学園に戻ることにした。

凜がデパ地下のさまざまな食べ物に後ろ髪を引かれながら。

「あ、あのお饅頭美味しそう~」

「凛さんダメです」

凜が食べ物に釣られ、それを静香が引き止める。そんなことを何度繰り返したことか。これからも長い付き合いになりそうだ。

誰もがそう思った。


その時は…


そいつは闇の中にいた。

そいつは薄く笑った。

そいつは宣言した。

「さあ、始めましょうか。私のための宴を…」



16:42 昇降口


「おい、今日は何する?」

「そうだな…ゲーセンでも行くか」

「賛成!格ゲーしようぜ!」

「は、お前ごときがこの俺に勝てるわけないだろ」

「な…そんなのやってみなきゃ分からないだろ」

「ほう、ならやってみようじゃないか」

「望むところだぜ…おい、アレ見ろよ」

「あ?何だ…何だアレ?犬か?」

「いや、犬にしてはデカすぎるぞ!あれはオオカ―――」

「うわァァァァ!な…なんだよ…このやろう。く、『メデュ――うわァァァァ――」


16:47 図書館前

「この本面白かったね~」

「ね~。早く新刊入荷してくれないかな~…ん?」

「どうしたの?」

「いや…アレな―――」

「だからどうしたの―――」



16:57 僚


「く、なんだこいつら。『ディルムット』」

「死ねェェェェェ」

「おい!バカ!」

「な…うわァァァ――」

「大丈夫か!?…くそ、なんなんだよコイツら!?」


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