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忘却

「さて、どんなモノかと思えば、こんなモノでしたか。まだ人としての感情を残しておくなど………いえ、その人に戻ろうとしている私が言う言葉ではありませんね」

凜が見たのは、自分を襲う白銀の狼と走ってくる航、そして狼達にのまれた航。

…私のせいだ

「そうですね……凜さん、あなたの霊も回収させていただきます。もう少しでノルマ達成ですから」

…私のせいだ

「そういえば、あなたの契約霊は『ヴァルキュリア』でしたね。北欧の神に仕える戦乙女。皮肉なものですね、同じルーツを持つ私の『フェンリル』に狩られるとは」

…私のせいだ。私が弱いから、航さんが死んでしまったんだ。私が弱いから、静香の目的にも気が付かなかったんだ。私が弱いから、私が弱いから、私を守れないんだ。私が弱いから……

「サヨウナラ、凜さん」

…守る。誰かが守ってくれた。今、あの白銀の中にのまれたのは、私を守ろうとしてくれた人。私は……………………

剣を振るった。

自分に飛びかかってきた狼を、凜は確かに薙払った。

…私は

「私は絶対にあなたには負けない。たとえ友達でも、仲間でも、私はあなたには負けない!」

決意が、そこにはあった。

「友達?私が?そんなもの何処にもありませんよ。仲間?そんなモノは幻想に過ぎません。ここにある現実は、あなたが私の糧となる、その一点に他なりません」

「いいえ、あなたは私達の大切な友達よ」

「ハッ!そんなわけないでしょう?私は最初からあなた達を殺すつもりだったのよ?」

「確かにそうかもしれない。それなら何で私を殺さなかったの?」

そう、殺す機会は数え切れない程に有ったのだ。

「それなのにあなたは殺さなかった。それどころか、あなたは何度も私達を助けた。ねぇ、なんで?それはあなたに」

「殺したくないに決まってるでしょ!!」

それが静香の、心からの叫びだった。

「友達なんて、仲間なんて、脆くて壊れやすいモノなんて分かってる!でも!それでも!私は欲しいのよ!心の底から笑って泣いて話して頼れる存在が、私も欲しいのよ!当たり前でしょ!?でも、私のこの力はそれを邪魔するの。今まで何度もあった。友達も仲間も恋人も、心の底から話した!笑った!泣いた!叫んだ!この罪を話した事もあったわ。でも何もしてくれなかった!いいえ、何も出来なかっただけだということは分かってる。でも、そんな人でもいつかは私を忘れるのよ!あなたには分かる?昨日まで信頼しあい、永久に友達だと語り合った人に、見向きもされず忘れ去られる虚しさが!怒りが!困惑が!もうどうしようもないという絶望が!あなたにはわかるって言えるの?最初は周りがおかしくなったんじゃないかって思ったわ。いろんな事を調べ、いろんな事を試したわ。でも、そうじゃなかったのよ。私が原因だったのよ。突き止めた真実は1つ、私が人間じゃないって事だけ。そんなのイヤなのよ!私は人間に戻りたいのよ!普通に話して、遊んで、恋をできる、そんな日常が欲しいのよ!だって私はにん」

「それは違うぞ『忘却』」

「え?」

全身に、赤いまだら模様をあしらい、少年はそこに立っていた。

「お前はもう人間じゃない。咎人だ。お前はその事実から逃げようとしているだけだ」

「っ……違う!私は人間よ!!誰が何を言おうと、私は人間よ!!」

「じゃあ何故今回の事件を起こした。お前が普通の人間に戻るためか?」

「そうよ。もう誰も私を忘れない。そんな人生を取り戻すために」

「なら、お前は人間ではない。人間に戻るためにやったのなら、その時点でお前は人間ではないんだ」

ビクッと、確かに静香の表情が強ばった。

「やめて………」

それ以上言わないで、と。

「なぜなら、」

「やめて………」

「人間は人間に戻る必要がないからだ」

呆れるほど、簡単な理論だった。

だけど、簡単であるがために、それは最も強い言葉だった。

「やめてぇぇぇぇェェェェェ!!!」

静香の影から狼が一匹、飛び出した。

だが、その体毛は今までと違い、真っ黒だった。

そんな漆黒の狼に向かって、少年は腕を突き出した。

その指先に触れた瞬間、漆黒の狼は破裂した。

その身を四方八方に撒き散らしながら、死んだ。

それは明らかに少年が持つ何らかの『力』なのだが、それが何なのかはまるで分からなかった。

なにせ一撃、それも触れただけで神霊級の獣が死ぬのだがら、検証のしようがない。

自らの中に常軌を逸した『力』を持つ静香でさえも、ただ闇雲に狼を差し向けるしかなかった。

―でなければ、瞬間に殺される―それでも少年は止まらない。

静香が差し向ける狼を、まるで空気のように、散らしていく。消していく。殺していく。


「お前は咎人だ。その事実を曲げることはできない」


現実を歪める事はできない。


人でなくなったモノは、ヒトには戻れない。


「イヤよ!!私は人間。人間なんだから!」

静香は叫ぶ。否定する。

少年の言った『真実』を、自分が居るこの世界を。


『じゃあ壊しちゃえば?』

 え?

突如、頭の中に声が響いた。

壊す?

『そう、イヤなんでしょ?この世界が。嫌いなんでしょ?人間でない自分が』

違う!私は人間よ!!

『残念ながらそれは違うよ。あの少年が言ったようにキミは人間じゃない。咎人だ。だからキミは恨み、怨んでる。自分をこんな風にした世界を。だったら壊しちゃえばいいじゃないか。何の為の力だい?否定したければすればいい。キミにはその力がある』

力…全部を壊す、力

『さあ、解き放ってごらん。あの時のように、キミの力は奇跡さえ起こすんだから。だって、その力は世界から託されたモノだろ?』

そうね…こんな世界、もう、イラナイ。


「アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

「静香………さん…」

静香は、変わり果てていた。

長く美しかった黒髪は、その透明感を失い、白く絹のような肌からは、黒い霧のようなモノが漏れ出していた。

その黒い霧は、先程の少年が扱っていたモノとどこか似ていた。


「アハハハハハハハハハハハハ…………さあ、殺し合いましょう?航さん、凛さん。あなた達で私は終われるんです」


薄く笑うその思考は、恐らく殺人にしか向かないのだろう。

「さあ、目覚めなさい。『神喰らいの森(フェンリル)』よ」

それまで、レンガで彩られた公園が、徐々に深い樹海へと変わる。

これは風景が変わっているのではない、ましてや視覚を惑わす類ではない。


世界が侵食されている。


「固有結界………か」

「え?でもそれは、神霊クラスじゃないと使えないって、授業で」

凛の疑念の通り、世界を侵食する固有結界は、展開と維持に莫大なエネルギーが必要となるため、神霊クラスにしか使えない。

神霊と契約する帯刀者は、あくまで契約しているだけなので、使えないはずである。

「前々から気になっていたが、あの狼、あれはフェンリルのコピーだった。お前、どこでその犬を拾った?」


『七つの大罪』などの特別なクラスでは無い限り、霊を召還するなど不可能である。

小さな霊でも、その『存在』は地球上の生物を遥かに凌駕するため、世界が異物と判断し、修正力が働く。

その力に対する例外として、人々の感情に対応する『七つの大罪』が存在する。

もう一つの例外が、術者によってこの世界に固定され、世界がその『存在』を誤認した例だ。

そして、この学園にはその手の有名な噂がある。

不自然な程に鮮明で、自然な程に明確な噂が。


『昔、1人の生徒が自分の霊をこの世界に縫い止めた』


「お前が従えているその『この世界に縫い付けられた霊』だろ?」

少年の問いに少女は答えない。

もやはそんな些細な事に興味は無く、破壊衝動に身を任せ、ただただ、目の前の障害を排除しようとしている。

突如、少年の目の前の空間から、黒い狼の頭が飛び出ししてきた。

その頭を少年は漆黒の刀で排除する。

だが、振り切ったその腕に激痛が走った。

腕に、虚空から頭だけを出した狼が噛みついている。

それを振り払おうと、もう片方の腕を動かそうとするが、頭だけの狼に噛みつかれた。

そして、瞬く間に、地中から頭だけを出した狼に、両足を噛みつかれた。

動きを封じるため………………ではない。

その力を更に強め、虚空や地中に引きずり込もうとする。

その結果、少年の四肢は悲鳴を上げていた。

いかに常人ならざる力を持っていたとしても、身体は人間と変わらない。

「ちっ!」

少年の足元から、再び黒いモノが浮かび上がると、

「静香さん、もうやめて!」

少年の手足を噛み千切ろうとする漆黒を、凛の白刃が切り裂いた。

「こんな…こんなやり方はだめだよ!静香さんだって言ったじゃない!『殺したくない』って。私達を殺して、人間に戻れたとしても、あなたは絶対に後悔する!そしたら、あなたは本当に戻れなくなるのよ!」

凛の心からの叫び。そこには自らの命を優先せず、親友の心を大切にする慈愛があった。

だが、そんなものは聞こえない。

今、静香に聞こえているのは、破壊を唆す声と、破壊を楽しむ自分の笑い声だけ。

その笑い声に呼応するように、森の木から、地面から、空間から、漆黒の狼が姿をあらわす。

さらに黒い雨が降ってきた。

固有結界は術者と契約霊の心象風景が合わさったものと聞く。ならば、この闇夜の樹海は、静香の心を写した鏡なのだろうか。

ならば何故、雨が降っているのだろうか。

この雨は、静香の心象なのか、それとも漆黒…白銀の狼のものなのか。

雨が血を洗い流し、再び戦場は純潔を取り戻す。

そこにまたしても血がこびり、それをまた、黒い雨が洗い流す。

いつまでもいつまでも続く、戦いの螺旋。

そこから脱出する方法は、お互いに逃げ出すか、もしくは、

どちらかが死ぬか。

だが、後者が有り得ても前者は有り得ないのは、言わずもがな。

お互いの目的は、相手を殺すこと。

最も、静香にとってはそれは手段でしかないはずだが。

「ワタシハ、アナタヲコロシテ、ニンゲンニモドル!」

「それは許されない。お前は、ここで殺す」

『佐々木静香』だったシュウジョは少年を殺すために、漆黒の狼を繰り出し、『壬礼航』であろう少年はそれを切り裂く。

だが、そんな螺旋は長くは続かなかった。

「!!!!!」

ショウジョの張った固有結界が、突如として崩壊を始めた。

深い森からは火の手が上がり、星もない夜空には亀裂が走った。

「ナゼ、ナゼダ!?」

「お前は世界を騙せなかったんだ」

崩壊がさらに加速する。

世界を侵食し、自分の心象風景を具現化する。それが固有結界だ。だが、世界にとっては異物に過ぎない。ならば排除されるのは当然だ。

「世界はお前を見捨てたんだ」

固有結界が崩壊する中、少年は勝負に出た。

その黒刃を鞘に納め、全速力を持って距離を詰める。


そして、居合いの要領でそのまま少女を斬殺するはずだった。

目の前に障害(親友)が現れなければ。

「な!?」

「だめです!」

凛を挟んで向こう側にいるショウジョは手を凛の背中に押し当てた。

皇は仕方なく凛を抱え、ショウジョの視界から離れた。

「バカかお前は!」

「だめなんです!」

「ダメなのはお前だ、俺とアイツの間にはいってくるなんて、死にたいのか!?」

「ああしなけえば、あなたは静香さんを殺していました!」

「当たり前だ。アイツは間違えた、ならば殺すのが当然だろ」

「違います!」

「どこが違うんだ!」

「静香さんは苦しんでいました、悲しんでいました。それに、あれは静香さんではありません」

「だったらどうした」

「え?」

「だから殺さないのか?アイツをこのまま放置すれば更に多くの犠牲がでるぞ、お前もみたんだろ?アイツに殺された人々を。そいつらやその家族になんと言い訳するつもりだ、『佐々木静香が我を見失っていたため見逃しました』とでも言うのか?ふざけるな、それこそ罪だ。いいか、これ以上犠牲者を出したくないのなら、ヤツを殺せ。それが最善だ」

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