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忘却

そこは闇のなかだった。

四方八方闇。上も下も闇。

否、もはや自分が上を向いているのかさえも分からない。

常人ならおそらく冷静さを見失うだろう。

実際俺の周りにいた奴らは蜘蛛の子を散らすかのように出口を探して駆けていった。

出口がある筈がないのに…

たが俺にとっては見慣れた風景だ。

いや、感じ慣れた感覚と言った方が正しいか。

俺の中は常に闇だった。

人間だった頃もそうでは無くなってからも。

しかし今更文句なんか言わん。

これは俺が望んだ結果だ。

もう誰にも変えられないし変えようとも思わない。

たが、もしもこの因果をこの罪を最初から背負っていなければどんなに幸せだったろうか。

もし、お前の近くに今以上の力を、ましてや人智を超えた力を手にいれたいとか言った奴がいたら是非とも止めてほしい。

そして語ってほしい。

その結果どの様になったのかを。

そして言ってほしい。



俺のようにはなるなと…



「なんでこの学園にはこんなものまであるのよ…」

浅上凛あさがみりんはある建物の前で困惑していた。

その建物は白を基調とした壁があり、その出入り口からは一般人と思われる人達の他に白衣を着た人達も出入りしていた。

そしてその壁の上の方には大きな赤い十字のマークが掲げられている。

つまり病院である。

皇立天輪学園付属病院こうりつてんりんがくえんふぞくびょういん』とある。(わ~どうしよ~。なんであそこで案内の人を断って「地図だけで大丈夫です。」なんて言ったんだろ~。私ってホントバカ!あ~も~!と、とりあえず高等部の人を見つけなきゃ!)

凛が自分の考えに一通りの区切りをつけると丁度病院の出入り口から紺のブレザーを着た少年が出てきた。

凛が声を掛けようか迷っていると少年はその進行方向を変えた。

凛がいる方向とは逆の方向に。

(え~い!迷っている暇はないわ!)

凜は覚悟を決めて少年に声をかける。

「あ…あの…すみません !」

「うわ!…え、何っ?僕?」

いきなり背後から声をかけられ少年は驚いてこっちを振り返った。

すごい驚き様だなと思いながら凜は本題を話した。「あの、私この学園に転入してきた浅上凛と申します。高等部の方ですよね?学園長室はどこでしょうか?」

すると少年は不思議そうにこちらを見て、

「転入生?この学園に?珍しい。…まあ千尋ちゃんのことだからなんか考えがあるのかもしれないけど。」

少し考える素振りを見せると少年は

「よし、分かった。じゃあ僕が案内するよ。」

本来このような事を言う若者には気をつけなければならないのだが、人畜無害を絵に描いたようなこの少年は大丈夫だろうということで

「はい!よろしくお願いします。」

凛は少年の申し出を快く引き受けた。


少年は自らを壬礼航みれいこうと名乗った。

一年中木々が生い茂る道を通り抜け、図書館だと説明された大きな建物の脇を通りすぎると『皇立天輪学園高等部』と刻まれた門が姿を現した。

その門をくぐり校舎に入った7階左から5番目の部屋が学園長室である。

「千尋ちゃんいる?」

航は何の躊躇いもなくその無駄に豪華な扉を開けた。

すると中から航の顔面めがけて何かが飛んできた。

それは皇立天輪学園学園長、鳴神千尋なるかみちひろ愛用のコーヒーカップだった。

普通なら即死レベルの凶器である。

「なんだ、これでも死なんのか。次はこれでも投げてみるかな。」

「いや、千尋ちゃん。人前でそういう話はちょっと…」

千尋は手元にあるナイフを磨いている。

学園長をファーストネームで呼んだら人生ジ・エンド☆なんてごめんである。

「ん?人前?…ああ、いたのか。」

まるで凛の事は眼中にないような言い方である。

「ようこそ我が天輪学園へ。私が学園長の鳴神千尋だ。歓迎するよ。」

「こ、こちらこそこれからよろしくお願いします。」

凛が千尋にぺこりと頭を下げる。

「さて、無事転入生も全員揃ったことだし、壬礼航、こいつらにこの島を案内してやれ。」

「え、それは本来あなたの仕事じゃあ…ん?こいつら?」

航は千尋の発言におかしな箇所を発見した。部屋を見渡す。

自分と転入生の凛、それと学園長の千尋。これだけのはずだが…

そのとき航の視界の隅に長い黒髪が入った。

そこには一人の少女が立っていた。

背は航とさほど変わらないぐらいだろうか。瞳は黒く凛々しい表情をしている。

なにより目に留まるのは腰まである美しい黒髪だ。その容貌はどこぞのお嬢様をおもわせる。

「あの、学園長、あの子は?」

凛も彼女の存在に気が付いたようで

「ん、そいつか?そいつも君と同じ転校生だよ。」

 と、そこで航が驚いたように

「えっ、転校生って2人もいるんですか。」

この学園のように〝帯刀者特区〟に転校生が来るのは珍しい。大抵は転校しようとしてもその学園との交渉によって引き止められてしまうからだ。それだけ〝帯刀者〟はその学園にとって大切なのだ。

「皇立月影学園から来ました、佐々木静香と申します。どうぞよろしくお願いします。」

「こちらこそ。あ、私の名前は・・」

「浅上凛さんですね。学園長から聞いています。」

この様子だと転校生どうし上手くやっていけそうだな。と、航が呟いていると

「そちらは壬礼航さんですね。どうぞよろしくお願いします。」

僕はまだ名乗っていないはずなのだが。航が不思議に思っていると、

「先ほど生徒名簿に目を通しましたので。」

この学園の生徒は600人以上いる。その量を一度目を通しただけで覚えるとは、とんでもない記憶力の持ち主である。

「さて、お互いに自己紹介も済んだことだし、壬礼航、早くこの2人に島を案内してやれ。ほら、外出許可証だ。」

千尋はなんかいろいろ書かれた書類を一枚航に投げた。

航はそれをキャッチしながらそれはあなたの仕事だろうとぼやいていると、

「ほう、私に口答えする気か?壬礼航。貴様もずいぶん偉くなったものだな。」

千尋が手元のナイフを手に取ると、航は転校生2人の手を取り急いで学園長室を後にした。

あわてて閉めた無駄に豪華な扉に何かが突き刺さる鈍い音がした。



天輪島。ここは日本の最南端、沖ノ鳥島を拡張した人工島だ。日本中から集められた大量の鉄くずと魔力でできた島。その約7割を占めているのが皇立天輪学園である。 それは日本で2か所ある〝帯刀者特区〟の内、学生向けのものである。ゆえにこの人工島の人口の7割が学生であり、さらにその内の4割が〝帯刀者〟の力を持っている。

〝帯刀者〟とは〝霊〟と契約し、その霊が持つ〝理念〟をこの世界に具現する力を持った存在である。

〝霊〟はこの世界とは同で異の世界にいる意思を持った理念体である。俗にいう〝神〟や〝悪魔〟、〝英霊〟といった存在だ。その召喚には莫大な魔力が必要であり、その魔力を精製するためにはその人物の生命力を使う。死んでしまうレベルに。そのため霊の召喚には生まれた瞬間に霊世界と繋がる帯刀者の素質が不可欠である。霊との契約した帯刀者は1人で1軍の力を有する。そのため帯刀者の行動は全世界で厳しく制限されてきた。

しかし、80年前、当時絶対的な力を持っていた4人の帯刀者によって国連との協議の末、帯刀者特区が指定され帯刀者にかかっていた制約がほとんど解除された。

帯刀者特区は現在世界で7か所ありその内2か所が日本にある


「-------で、ここがこの島で一番人気の喫茶店。少し値は張るけどおいしいよ。ガトーショコラがおすすめだね。それと…ああ、魔術なんかに使う材料や道具なんかはここで買うといい。同じような店はこの島にあと何軒かあるけど、ここはうちの学生だと安くしてくれるからね。店長もいい人だし。あとは---」

三人は島の西部、『転輪島商店街』を歩いている。ここは各個人営業店の他、大型デパートやゲームセンターなどの商業施設や娯楽施設などがあり学生たちの格好の遊び場となっている。

そんな風に航を先頭にして一行が歩いていると

「ギュルル…グ~」

奇妙な音が鳴った。

航と凛が振り返ると静香がお腹を押さえて顔を赤らめていた。

時刻はちょうど12時。お昼時である。

時間ぴったりにお腹が鳴るなんてなんて正確な体内時計だろうか。

「「プッッ…アハハハ!」」

「なっ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

必死に抗議する静香を見て航と凛はさらに笑った。

「もう!」

「ははは、ゴメンごめん。そうだねお昼にしようか。そこのレストランでいいかな?」

航が指したのは本土でも「少し高めだけどおいしい。」と評判の某レストランである。

おごるよ。と航が言うので凛と静香はその言葉に甘えることにした。


「しかしびっくりしました。私てっきり天輪島って“帯刀者特区”というからもっと堅苦しいイメージがありました。」

「ははは、確かに名前だけ聞いたらそんなイメージがあるかもしれないけど…ほら、本土に筑波市という場所があるだろ、あそこも今では“科学未来特区”に指定されているけど普通に町なんだ。それと同じだよ。」

「と言っても私はその筑波市さえも知らないんですけどね。」

「えっ…それって…」

「ご注文はおきまりですか?」

「あ、私はこのナポリタンで。」

「じゃあ僕はドリアで。」

「佐々木さんは何か食べたいものある?」

「え、あ、はい?」急にはなしを振られ静香は驚き、目の前にある水をこぼしてしまった。

「大丈夫?静香さん」

「あ、はい。大丈夫です。ちょっと考え事をしていて。お昼ごはんのことでしたね。私は何でもかまいません。」

おお、もう名前で呼ぶほど仲が良くなっている。と、航は関心した。僕のときはこうではなかったな、と過去を振り返りながら。


太平洋の孤島である天輪島の物価はかなり高い。通常500円程だが、天輪島での平均価格は700円である。それを知った静香が航に質問した。

「こんなに物価が高いと生活も大変ではないですか?島も人口に比べて狭いですし。地価も高いのではないのでしょうか。」そういえば、と凛も同乗した。

「ああ、そのことなら心配はない。ここは〝帯刀者特区〟だからね。日本にとっては世界での権力を保つためにも〝帯刀者〟の存在は大切だからね。毎月生活費が支給される。まあそれでも家賃でほとんどがなくなるんだけどね。まあそういうときはバイトをするんだ。」

「「バイト?」」

2人の声が重なりクスクスと笑った。それを見て微笑みながら航は説明を続けた。

「この学園には世界各国から帯刀者や魔術関係の依頼がよく来るんだ。ほかの機関じゃ歯が立たないからね。そして、その依頼のレベルを学園が判断してそのレベルにあった帯刀者に振り分けるだ。そして見事に解決できたら報酬がもらえる。僕たちは基本的にその報酬で生活しているんだ。」

「すごいんですね、航さんも何か解決したことがあるんですか?」

「ま、まあ・・・ね」

航は静かに言った。まるで何かを思い出しているように。

しばらくの沈黙の後、静香が切り出した。

「そういえばわたしは月影学園から来ましたが凛さんはどこから来たのですか?」

静香からすればなにげない会話の一つのつもりだったのであろう、しかし凛はその言葉を聞き顔を曇らせた。

「実はね、私、記憶がないんだ。」

「え、」

「一番古い記憶は3年前のあの日、それ以前の記憶は無くてそれ以降の記憶は断片的にしかないんだ。」凛の3年前という言葉に航が反応した。

「ねえ、もしかして3年前のあの日って・・・まさか・・・」

「うん、〝黄昏の日〟だよ。」

「ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ、」

「いいの、いいの。気にしないで。2人はなんか長い付き合いになりそうだし。それに、せっかくできた友達に隠し事はしたくないから。」

「友達・・・そうですね・・・。」

「さて、皆食べ終わったみたいだし。港に案内しよう。」

「港に?なぜです?」

「絶海の孤島である天輪島にとって海上交通はとても重要だからね。それにもし僕たちが島の外へ出る時も船を使うからね。」

飛行機は高いから。と航は言った。


「さっきのレストランおいしかったね。」「はい、とてもおいしかったです。」

「でしょ。まあ本土でも人気なレストランだから。」

3人は港へと続く道『東港通り』を歩いていた。この通りは天輪島で最も栄えている通りで、通りの両脇には様々な店が並んでいる。

「わあ!おいしそうなお店がいっぱい!」

「凛さん。さっき食べたばかりですよ。」

「浅上さん。はぐれないでね、探すの大変だから。」

まるで家族である。

「そういえば、壬礼さん、ここの人たちはほとんどが〝帯刀者″なんですよね。」

「うん、まあね。」

「じゃあ、壬礼さんも何かしらの〝霊〟と契約しているのですか?」「あ、僕の場合は・・・」

 航が何かを言いかけた時、

「きゃっ」凛が悲鳴をあげた。

見るとそこにはチンピラが立っていた。

「テメェぶつかってきた癖に謝りもしないたぁどーゆーことだ?」

「なによ、ちゃんと謝ったじゃない。」

「あんなの謝ったのに入るかよ。学生のくせに生意気言いやがって。」

「あんた達だっていい大人が昼間からお酒なんかのんで、仕事しなさいよ、仕事。」

どうやら凛はかなり気が強いらしい。

ここで問題を起こすのはまずい。航はともかく凛と静香は転入初日だ。この町のやくざにでも目をつけられたりでもしたらこれからの学園生活に影響が出かねない。航がなんとかしてこの場を収めようとすると、

「テメェ、もうゆるさねぇからな。ボコボコにしてやる。泣いたってもうおそいからな!」

男は懐から銀色の石を取り出した。そしてその瞬間石が光をはなった。

「覚悟はいいな。」

男の手には一振りの剣があった。

おそらく銀色の石の正体は魔術加工を施した銀だろう。媒体の表面に魔術刻印を刻み込み、それに魔力を流し込むことで媒体の〝理念〟を変化させる。簡単なものならば〝魔術師〟でなくとも行える簡単な魔術だ。

「オラァ!」

男が剣を打ち下ろす。だが、凛にその攻撃は当たらなかった。男の斬撃を軽々とかわしているのである。 男は激怒したのか斬撃を連続してはなってくる。

しかし、それでも凛に当たることはなかった。

「ちくしょう、ちょこまかと逃げやがって。」

「ご自慢の剣撃はその程度ですか?ならあきらめてさっさと家に帰ってください。」

その言葉に男の怒りは限界を迎えたのだろう。男のなかで何かがきれる音がした。

「これをくらってもその余裕が保てるかなぁ“バエル”!」

その時、男の姿が虚空に溶け込むように消えた。

「な、帯刀者の力をここで使うつもりか!」

周りにはまだ人が大勢いる。ここで帯刀者の力なんて使ったらどんな被害が出るか分かったものではない。

「くあっっ」

凛が左腕を切られた。

よろけたところをまた切られる。今度は背中だった。

「凛さん!」静香が飛び出した。もちろん彼女も〝帯刀者〟の一人である。だが、男と静香、それに凛には圧倒的な戦力差がある。〝経験〟である。

帯刀者が契約している霊の〝理念〟は人間の脳が持つ許容量を大きく超えている。その〝理念〟を理解しこの世界に〝具現〟するにはかなりの修練が必要となる。

「待った。」

飛び出そうとした静香の肩を航がつかんだ。

「止めないでください。このままでは凛さんが。」

「だからと言って飛び出したところで君にできることはないよ。」

そんなことは分かっている。でも静香にとってはこの島にきて初めてできた友達なのだ。自らを犠牲にしても助けたい、そのように思える人となるであろうこの人に今危険が迫っている。ならばこの身を呈してでもあの人だけは。

「ごめんなさい、でも、わたし、行きます。」

静香は航の手を振りほどき、不可視の敵を相手に苦戦を強いられている凛のもとへ走った。

その間にも凛は身を切りつけられる。

 腕を、足を、背中を、腹を、胸を、顔を、切りつけられる。不可視の敵に対して凛はなにもできない。

『オラオラ、さっきまでの威勢はどうした。』

霊の能力なのであろう、男の声は空間に反響し位置が掴めない。

『これで終わりだァ』

男がその剣を凛に突き立てようとしたとき…

「やめてェェェェ―――」

静香の絶叫が街に響き渡った。



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