5月9日(月)夜〜5月10日(火)朝
5月10日(火)夜
部屋に戻ったナギ。体の中にたまった毒をはき出すかのように、
「はあっ、……。」
と大きなため息をついた。パジャマに着替えるなりベッドにどさっと倒れ込む。
(先生もいっていたけど、やっぱりランニング、しなきゃだめかなぁ。)
走るのが速いといっても、それだけではリレーの選手には足りないのだ、とナギは思う。
得意なことを生かしている子っていうのは、そのことだけが得意というわけではなくて、それこそリレーでいったら、タイミング合わせの上手さとか、日頃の鍛錬とか、体調管理とか、何よりもやる気とか、そういった要素がうまい具合に良く配置された結果なのだと思う。それが故に他の子達はリレーの選手に選ばれたんじゃないの!?
(……私にはそのどれも備わっていない。)
ナギは起き上がって、通学カバンの中から写真集を取り出して眺めた。
うつぶせになって写真集のページをパラパラとめくる。満点の星空の写真を眺めながら考える。
(私が唯一できること、好きなのは本を読むこと。だから図書委員として本棚を守っている。本棚の整理、貸出業務、それらはつまり図書館がいつでも誰でも本が読める快適な場所であるように保つためだ。
厚い本、薄い本、大きな本、ううん、サイズの問題じゃない。本はその1冊1冊に世界を、「宇宙」を閉じ込めているのだ。どんなジャンルの本であれ−−文庫本も単行本もムックも雑誌も−−図書館にはかけがえのない1冊なのだ。
だから、『棚に配置されたジャンルに従ってどんな本も、図書館の書架のあるべきところにきちんと整理されて収められていること。』それが図書館のあるべき姿だと思う。
そしてそういったことを含んだ全てが自分にとって快適な「居場所」。なのに今、その居場所が許し難い悪意の元に侵されようとしているのよ!)
図書館の秩序−−自分の居場所−−を守りたい。それにしても、新刊書のページこんなに大胆に破かれていたのは今回が初めてだった。ナギの直感では、最近図書館の棚が荒らされていることと今回のことは関連があるように思えてならなかった。ナギなりにではあるが、そうとしか思えない根拠もある。
ナギはまた寝返りを打ち、今度は天井を睨みつけながら心を決めた。
(やっぱりアミに相談してみよう。)
犯人を、本を破いた犯人を見つけ出して、問いただすのだ。そして今後一切こうしたことをしないように約束してもらおう。そうして自分の居場所、かけがえのないマリジョ図書館の本棚を守るのだ。
5月10日火曜日 朝
ナギは始業時間より1時間早く登校し、学校指定のジャージに着替えて校庭に立った。朝の空気が清々しい。しかしそんな春の景色とは裏腹にナギの心はどんよりと重たかった。
(何をしたらいいんだろう……?)
見回すとトラックの中央は運動部の朝練が始まっている様子。どうやら陸上クラブのようだ。ナギはとりあえずランニングすることにした。部活のじゃまにならないように校庭の縁をなぞるようにぐるぐると3周ほど回る。するともう動けないくらい息切れをしてしまった。
「はあ、はあ、……。」
肩で息をしながら、ナギは心の中でイライラと悪態をついた。
(いわんこっちゃない!)
(つづく)