5月9日(月)放課後1
5月9日月曜日 放課後
放課後のグラウンドは強い西日が当たっていた。校庭の真ん中に大きく楕円を描くトラック。朝礼台の辺りにリレー選抜者たちが三々五々集まりつつあった。ナギは終礼が終わると体操着に着替えてグラウンドの朝礼台に向かった。集合した生徒達を見回すと、陸上クラブ、テニスクラブ、水泳クラブ……。見事に運動クラブのジャージがそろって背中を見せている。今日、これからのことを考えて、ナギは暗澹たる気持ちになった。その予感は的中することになる。
ナギが朝礼台の集団に加わったその瞬間、西日が校舎の影に隠れ、グラウンドがふっと暗くなった。練習が始まった。まず、メンバー全員で校庭をランニング。普段運動らしい運度をしていないナギは、ランニングをしただけで大分息が上がってしまっている。次に、体育祭担当の教師・チョーカイからリレーのルールについて説明があった。選手は各学年からそれぞれ2名、合計6名でトラックを半周、つまり100メートルずつ走る。3年生のアンカーだけは最後に1周走ってゴールとなる。続いて選手はA〜D組の順、つまり赤・白・青・緑に分かれて1年から3年の順番に並ばされた。この順番がすなわち走る順番となる。ナギは青組の第4走者だ。
そしてバトンパスの練習が始まった。そして、ナギにとってこのバトン練習は苦行そのものとなった。バトンはいわゆる「ゾーン」と呼ばれる区間内で受け渡しをしなければならないのだが、何度やっても相手に渡すタイミングを測り損ねてしまうのだ。前走者である同じクラスの2年生、酒匂さんからバトンを受け取るのは何とか出来るのだが、次の走者である3年生の陸上クラブの部員にバトンを渡す段になると、どうにも上手く行かない。相手の歩幅を測りかねてためらっているうちに「オーバゾーン」、つまり渡し損ねてしまう。焦って渡そうとすると、今度は相手の手が間に合わず……
……カラン……
青いバトンがグラウンドに落ちる。その音の軽いことといったら、ない。
カラン、カラン、とバトンが落ちるたびに、練習は滞り、周囲の目がナギにつきささる。それもそのはず、ここにいる選手達は学生とはいえ、部活動で日夜ハードな練習を積んできたいわば走りの「プロ」だ。ただ何となく足が速いというだけで選ばれた練習不足の図書委員なんて場違いもいいところだ。怪訝な顔でチラチラこちらを見る1年生。腕を組んで睨みつけてくる同級生。露骨に嫌な顔をする上級生の顔も見える。辺りの空気がどんどん悪くよどんでくる。
(この「バトンゾーン」からずっと出られないのじゃないか……。)
焦れば焦るほどナギの足は重くなり、いつしか体全体がぎくしゃくしたようになってしまった。足がすくむ。バトンゾーンの真ん中で両手で体を抱きかかえるようにしてしゃがみ込み、肩で荒く息をつく。ぐじゃくじゃになった気持ちが汗とも鼻水ともつかない物になってパタパタと地面に落ちた。
「……あれ、もしかして泣いている?」
「このくらいで泣く? フツー。」
泣いている訳ではない、同情を引きたい訳ではない、けれども耳に届く声はどれも冷たく容赦なくナギに突き刺さった。他の選手たちのつぶやき声が耳に入ってきた。
「あの子、青組の応援団員まで頼まれているんだって〜。」
「えーっ、ほんとに! じゃ、今年も青組は連敗確実だわ。キャハハ。」
ひそひそ声はだんだん聞こえよがしな嫌みに変わってゆく。
「今日はここまでにしよう!」
チョーカイが声をかけて今日の練習は解散となった。うつむき、もつれる足で教室にもどろうとするナギにチョーカイの声が追い打ちをかける。
「新開は……アレだな。まずはバトンパス以前の問題だ。体育祭までの間にランニングをして体を作っておけ!」
(つづく)