5月6日(金)放課後3
5月6日金曜日 放課後3
棚の整理をいつもより丁寧にしていたためか、ナギがカウンターに戻ったときには閉館時間が迫っていた。カウンターにいるアミがまだナギのことを気にしている。
貸し出し終了時刻の午後4時30分に閉館案内の放送をすると図書委員の仕事も終わりだ。この時間のカウンターは一時、貸し出し業務で忙しくなる。終了業務が一通り終わり、図書館利用パソコンの端末のスイッチを切りながら、アミが素っ気なくカウンターの隅に置いてある青いハードカバーの本を指さした。
「ナギ、そういえば予約入れていた新刊、返却されて来てるみたいよ。」
そう。実に、イライラの3つ目の原因はまさしくこれ、この新刊図書だったのだ。
図書館に入庫してくる新刊図書はすぐ借りられない。皆が公平に閲覧できるように、1週間新刊専用の棚に展示されるのだ。だから、新刊図書を出来るだけ早く借りたい人は、カウンターの係に貸し出しの予約票を出す。
しかしこの半年ほど、面白そうだと目星を付けた本に限って先に予約を入れられてしまうことが多々あり、そのたびにナギは悔しい思いをしてきたのだった。
「本当? 今回は返却が早かったわね。前の人借りていったの連休前じゃなかったっけ。」
手早く貸し出しの手続きを済ますとナギは満面の笑みで振り向いた。イライラがすべて吹っ飛んでいた。そこにいたマルちゃんにもついでにニコッと笑いかける。するとマルちゃんはみるみる耳まで赤くなってうつむいてしまった。
そこに司書の牛尾先生が奥から出てきて甲高い声で号令をかけた。
「そろそろ貸出業務締め切りの時間ですよ! 早く放送して!」
「はい!」
マイクに向かって貸し出し終了案内をすると、カウンターがにわかに活気づく。3人はてきぱきと作業に取り掛かった。
★★★
その日の夜、思いがけず多く出された宿題に手こずってしまい、ナギがそのハードカバーを取り出したのは寝る時間になってからだった。
本のタイトルは『レグルスからの伝言』。
背表紙にあるあらすじによれば……
「ある春の日、ハワイ・マウナケア山頂にある電波望遠鏡の職員ケンが奇妙な電波をキャッチする。
調べてゆくうちにそれが遠く銀河の彼方、獅子座の1等星アルファ=レグルスの辺りから発信されていることが判明。
しかしケンはこつ然と姿を消してしまう。そして彼の恋人ローズの元に届く大量の謎めいた電子メール……。
宇宙の彼方からの電波は宇宙人からのメッセージなのか、はたまた国家を揺るがすような機密を解く鍵となるのか?!
壮大なスペースサスペンス!」
……とある。
ナギはまず表紙を眺める。紺を基調とした表紙に、ハワイのマウナケア山頂にある天文台のシルエット。星空には獅子座をイメージさせる生き生きとした線描のイラストが躍っている。
ナギはベッドに正座して本を手に取る。まず本を顔に近づけて、鼻から空気をいっぱいに吸い込んだ。新しい紙とインクのにおい。未知の世界へ誘ってくれるわくわくするような香りだ。
そして丁寧にページをめくった。早速読み始める。
表紙、見返し、タイトル、目次……。
窓の外の五月闇からは新緑の匂い。ページをめくる手は段々リズミカルに早くなってゆき、あるところでふと止まった。そして、イライラした様子でため息をつくと、ナギは携帯に手をのばした。
(つづく)