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5月6日(金)放課後2

5月6日金曜日 放課後2


 渡り廊下を渡り切った行き止まりが、マリジョ図書館の入り口だ。


「もう、ナギったら! 置いていかないで。」


後から追いかけてきたアミが息を切らせている。図書館の入り口の引き戸を開けると、すぐ右側は新刊図書の棚、そして正面にカウンター。すでに1年の委員が係についていて挨拶を交わす。


「こんにちは新開先輩! 今日はめずらしくゆっくりですねぇ。」


この1年生、円井さん−−通称マルちゃんだ。ナギと話すときに語尾が甘ったるい感じに舞上がっているような気がするのは、きっとナギの気のせい……なのだろう。


「ごめんね、マルちゃん。すぐ業務に入るから。これが返却図書?」


 図書館の業務は通常3人が1組で行う。生徒の内2人がカウンターの当番となり、それぞれ「貸し出し」と「返却」の係を担当する。残りの1人は返却図書を書棚に本を戻したり、整理をしたりする係だ。カウンターに立てられた衝立の奥には、司書教諭の牛尾先生が控えている。

 そしてナギは火曜日と金曜日に図書館業務の当番に入る。アミは水曜日と金曜日が当番なので、金曜日は2人の当番が重なっている。今日はその金曜日。いつもなら和気あいあいとした楽しい時間となるはずであった。しかし今日はさっきの一件でナギのイライラは最高潮、アミと一緒に作業する気にはとてもなれなかった。


 「じゃあ、私、返却図書を棚に戻してきますね〜。」


ナギは、マルちゃんがカウンターから出ようとするのをさえぎっていう。


「あ、今日は私に書棚の整理をさせて。マルちゃんはカウンターをお願い。」


図書委員会と書かれたバッジのついたエプロンを素早く身につけると、ナギはそそくさと返却図書の仮置き棚に向かう。背後ではアミがこちらを気にしてバタバタと支度をしている。


 書棚の間の通路に入ると、辺りは耳をクッションか何かでふさがれたような静けさに包まれた。

余り広くない図書館であるが、書庫には本がぎっしり天井まで詰め込まれていて、きわめて見通しが悪い。人によっては閉塞感を覚えるであろうこのシン……とした、本がぎっしり詰め込まれた密度の濃い気配に、ナギは束の間ホッとする。まるで家の自分の部屋に帰ってきたように。つまりここはナギの大切な自分の「居場所」なのだった。


 しかし、だ。ナギはまた心の中がザワザワとイラついてくるのを感じる。最近はここも居心地の良い場所とはいえなくなっていた。なぜならば、ここ半年ばかり書棚に「異変」が起きていたのだ。本棚が荒らされている……それも密かに。しかも荒らされているといっても、それはまるで無邪気なイタズラのような風であった。


 図書館の棚は放っておくとどんどん散らかってゆく。例えば、本を手に取ったは良いけれど、元の場所に戻すのが面倒になってしまったのか、そのまま本を放置してゆく不届き者は後を絶たない。そういった扱いを受けた本は、いかにもぞんざいに棚の隅の方に投げ出されているのでそれとすぐ分かる。日々乱れてゆく棚を整理整頓して利用者が使いやすい状態にする。これは整理係の大切な仕事だ。だから乱雑な書棚をみると、ナギの心には図書委員魂がメラメラと燃え上がり、俄然やる気が出るのだ。


 しかしここ半年の異変は明らかにおかしい。イタズラには明らかな意図というか、不思議な特徴があった。例えば、本が上下逆さまなっていたり、百科事典の同じ巻ばかりが何度も入れ替わっていたり、時には棚の「分類番号」を全く無視した場違いな本が入っていたこともあった。


 棚に配置されたジャンルに従って、どんな本も、図書館の書架のあるべきところにきちんと整理されて収められているべき、というのが信条のナギにとって、この異変は許しがたく感じられた。このようなきわめて見つかりにくいイタズラをする意味はいったい何なのか。愉快犯ならむしろ一般の生徒にも分かるように目立つことをするだろう。意図的なのだとしたら、一体そこに何の利益や目的があるのか。ナギは気になって仕方なくなっていた。ただ他の委員があまり騒いでいないところを見ると、たいしたことではないのかもしれない。しかし、一旦気になり出すとどうしても頭から追い出すことが出来なかった。

ナギは本を棚に戻すついでに棚の番号を端から目で追ってゆく。


(あ、まただ。)


 ナギはため息をつきながら分厚い百科事典を書架から引き出すと、丸みを帯びたえんじ色の背表紙をゆっくりと本棚に押し戻した。この百科事典はなぜかいつも逆に入れられているのだ……それも必ず3巻と8巻ばかりが。


(つづく)

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