走り高跳びで、バーの上までとんだらそこに…
夕暮れのグラウンド、高跳びのバーの真上に潜む「何か」。
目を合わせたら最後、もう逃げることはできません。
一瞬の緊張感を楽しんでいただけたら嬉しいです
「もう高飛びね、バーの上まで飛んだらそこに」
体育館の熱気が嘘のように冷め切っていた。部活終わりの夕暮れ、誰もいなくなったグラウンドで、私は一人高跳びの練習を続けていた。
助走をつけて踏み切る。体がフワリと宙に浮き、背中からバーを越える——その一瞬、世界の景色が一変した。
バーの真上。空間が歪み、真っ黒な亀裂が走っていた。
その歪みの奥から、ぬっと競り出していた。
血走った巨大な目が一つ、じっと私を見下ろしている。その周りには、無数の人間の指が蠢き、バーの縁を外側から掴んでいた。
「あ」
声にならない悲鳴を上げ、私はマットに叩きつけられた。冷や汗が吹き出す。慌てて起き上がりバーを見上げるが、そこには夕焼け空が広がっているだけだった。幻覚か、疲れのせいだ。そう自分に言い聞かせ、逃げるように鞄を掴んだ。
翌日。部活のウォーミングアップ中、後輩の男子生徒が首を傾げながら高跳びのマットを見つめていた。
「先輩、あのバーの上……何か見えません?」
彼は何かに引き寄せられるように、助走もつけずフワリとバーを跳び越えた。
空中で、彼の動きがピタリと止まる。
彼が上を見上げた瞬間、眼球が裏返り、口が耳元まで裂けた。
「あハ、見えた」
背中からマットに落ちた彼は、二度と動かなかった。
見てはいけない。一度でもあの「上のもの」と目を合わせてしまえば、二度とこちらの世界には戻れないのだ。
しかし、私の脚は勝手に助走位置へと向かっていた。目を閉じることすら許されない視線が、上空からじっと、次の跳躍を待っている。
日常のふとした瞬間に、世界の裏側が見えてしまう恐怖を描いた作品です。
高跳びの頂点という、一瞬だけ重力から解き放たれるエアポケット。そこに潜む「何か」と目が合ってしまったとき、人はもう逃れることができません。
後輩の惨劇を目の当たりにしながらも、吸い寄せられるように助走を始めてしまう主人公。彼女が跳んだ先に何が待っているのか、想像しながら余韻を楽しんでいただければ幸いです。




