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堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~

ワーキングランチで再確認された戦友としての連帯感

作者: 大浜 英彰
掲載日:2026/03/29

画像作成の際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 私こと和歌浦(わかうら)マリナ准将、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の支局長を拝命して二年になるだろうか。

 公安職として要職に就いた以上は幹部将校や関連団体の要人とテーブルを囲んでワーキングランチを行うのも業務の一環だと理解しているし、役職に見合った職責も果たせていると自負している。

 しかしながら今回こうして支局内に設けられた上級将校集会所の特別室で同席した顔触れを見ると、何とも複雑な心境になってしまう。

挿絵(By みてみん)

 それは「まさかこの組み合わせで集まるとは…」という感慨深さと「お互い、ここまで来れたのだなぁ…」という誇らしさ、そして「こうして集まれるのは間違いなく僥倖なのだろう」という喜びとが絶妙な配合で入り混じった説明し難い心境なんだ。


 そうして定刻を迎えて真っ先に動いたのは、下座に着席した和装の貴婦人だった。

挿絵(By みてみん)

「和歌浦マリナ支局長、そろそろ御準備の程を…」

 衣擦れの音一つ立てずに行われた耳打ちに、私は小さく頷いた。

「畏まりました、生駒英里奈(いこまえりな)伯爵閣下。」

 ライトブラウンの長い茶髪を垂らした西洋人形のように端正な細面はあの日のままだったが、だからこそそれ以外の差異が一層に際立つというものだ。

 仕立ての良い和装の訪問着と「伯爵閣下」という敬称付きの肩書が見事に板に付いた今の彼女を見ていると、内気で気弱な深窓の令嬢のようだった新米少尉の頃が遠い昔のように思えてくる。

 とは言え彼女の場合は生まれついての華族であるため、爵位を継いだ現在における上品で落ち着いた貴婦人としての佇まいは順当に成長した姿と言えるだろう。

 だが此度のワーキングランチにおけるもう一人の重要人物は軍人家系の三代目と言えば聞こえは良いものの、市役所員の父と予備准尉の母という至って平凡な身の上だった。

 そんな一介の地方公務員の娘だった彼女が今日のような類稀なる栄達を成し遂げた訳だから、戦国三傑の一角である太閤秀吉や漢王朝を興した高祖劉邦に勝るとも劣らない成り上がりの人生と言えるだろう。

「それでは愛新覚羅千里(アイシンギョロ・チェンリー)和碩親王妃殿下の御健康を祝しまして、乾杯!」

 人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局という古巣に唯一留まった者として、そして此度のワーキングランチのホスト役として。

 丹田に力を込めた私は、グラスを高々と掲げて上座に座る人物に祝辞を述べるのだった。

「誠に大義で御座います。和歌浦マリナ支局長、そして生駒英里奈伯爵。御二人の壮健な様子を見る事が出来て何よりです。お互い多忙な軍務や公務の合間を縫う形で設けた、貴重な食事の時間です。あまり硬くならずに始めましょうか。」

 艷やかな黒髪を均等に束ねたツインテールも赤い瞳の輝く白い童顔も、特命遊撃士養成コース修了直後の新米少尉として初めて会った十二歳の年の四月と何も変わっていない。

 仕立ての良いターコイズブルーの旗袍から特命遊撃士の軍服である白い遊撃服に着替えてレーザーライフルを構えたら、そのまま現役世代に混ざって管轄地域の巡回パトロールに出られそうだ。

 だが鷹揚ながらも威厳に満ちた所作や洗練された気品は少尉時代の彼女にはなかった物であり、尚且つ中華王朝の和碩親王妃にして人類防衛機構の国際安全保障特別相談役という現在の地位に相応しい物であった。

 しかも中華王朝は傍系王族を友好的な君主制国家の皇族と婚姻させる政策を長年に渡り取っているので、和碩親王妃として王室入りした彼女は突き詰めれば日本や李朝の皇族とも遠縁という事になる。

 そんな今日における富貴の身分に至るまで彼女が歩んできた道は、決して平坦な物ではない。

 正式配属間もない段階で参加したカルト教団の掃討作戦の折には敵の仕掛けた高性能衝撃集中爆弾で瀕死の重傷を負い、二年半に渡る昏睡状態に至った程だ。

 そうして失った左目を生体義眼に換装する等の徹底的な再生医療で復活した彼女は、「民間人や公安職が自身のような目に遭うリスクを最小限にするべく、より高度な安全保障と治安維持を成す」という理念をライフワークとし、より一層に軍務に励んでいった。

 チュパカブラやティクバランといった深刻な獣害事件を引き起こす数多の特定外来生物の駆除や、黙示協議会アポカリプスやナチス残党といったテロリズムで治安を乱す不穏分子の掃討。

 それらの武勲と日々の堅実な通常業務を重ねて少佐に昇級した年の春、彼女のキャリアを一気に加速させる出来事が起きた。

 公務で近畿地方を訪問される中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の暗殺を阻止するべく、日中両国と人類防衛機構の三者共同で立案された特殊作戦の「EMプロジェクト」。

 それは愛新覚羅麗蘭第一王女殿下に瓜二つな影武者を故意に拉致させ体内のGPSで敵の総本部を突き止めた上で内外から破壊するという極めて苛烈な特殊作戦で、彼女はその要である影武者を見事にこなした功績で王女殿下の名の下に準貴族である巴図魯の官位を下賜されたのだ。

 こうして中華王朝という「第二の祖国」と愛新覚羅麗蘭第一王女殿下という主君を得た彼女は「日中友好と国際安全保障の新時代の担い手」との自負を確かな物とし、鴨川流域の治水を祈願する禹王碑の建立や日本の華族と華僑コミュニティの共同事業の仲介、そして神戸南京町の端午節といった親善イベントへの登壇などの公務に邁進していった。

そして長崎県で行われた日中友好式典に参列した際に中華王朝の若手有力王族である愛新覚羅永祥和碩親王殿下の暗殺を鉄扇術で阻止した事を正式に評価され、大学卒業のタイミングで件の和碩親王殿下との御成婚に至ったのだ。

しかも国姓である愛新覚羅の姓を名乗る事を許され、彼女の関西での支持基盤を活かすべく神戸に公邸が新築されるという破格の厚遇でだ。

 そのため今では彼女の事を、鄭成功に準えた「国姓妃」や今上女王陛下との容姿の酷似に因んだ「神戸の女王陛下」という異名で呼ぶ者も少なくない。

 その流れに支援団体である「後援の三傑」の一角として立ち会えたのは、今にして思えば誇らしくも感慨深い。

 まあ恐らく、それは下座に着席している生駒英里奈伯爵閣下も同じ思いだろう。


 されど何時までも、今日に至るまでの軌跡に思いを馳せてばかりもいられない。

 私達三人は、ただ女子会をする為にこの場に集まっているのではないのだから。

挿絵(By みてみん)

「さて、和碩親王妃殿下、伯爵閣下。事前にお送り致しました資料を御覧頂いたかとは存じ上げますが、それに新たに判明した新情報を追加する形で御進講させて頂きます。」

 そうして私はタブレット端末を片手に、本題に取り掛かったのだ。

「国際高速船『龍鳳』の乗客に紛れ込む形で日本国内への密入国を企てた不穏分子は、やはり極左系テロリストである『紅露共栄軍』の後継団体で間違い御座いません。押収した資料によると、彼奴らは密入国の上で『黙示協議会アポカリプス』の二世信者と落ち合い、国内で力を蓄えた後で蜂起を行う手はずでした。」

 マルクス主義を妄信する極左系テロリストの「紅露共栄軍」に、終末系カルト教団の「黙示協議会アポカリプス」。

 どちらも過去に日本や中華王朝を震撼させた危険極まりないテロリストであり、まだ一介の特命遊撃士だった少女時代の私達が何度となく戦った相手でもある。

 だが彼女の場合、単なる「過去に摘発したテロ組織の残党」と安易に片付ける事は出来なかったらしい。

挿絵(By みてみん)

「恐らくは和碩親王妃である私の暗殺も、蜂起の一環に含まれていたのでしょうね。或いは、それが連中の果たしたい主目的だったのかも…」

 上品な口調やティーカップを置く所作は洗練された貴婦人のそれだったが、微笑を浮かべる端正な童顔の中で目だけは笑っていなかった。

 それも無理はない。

 何しろ紅露共栄軍は彼女の夫と主君である愛新覚羅氏の生命を狙った訳だし、黙示協議会アポカリプスに至っては大尉だった頃の彼女に高性能衝撃集中爆弾で瀕死の重傷を負わせたのだから。

 当時まだ十二歳だった彼女の若い肢体は爆発の直撃と超重量の瓦礫により徹底的に破壊され、生体強化ナノマシンの静脈投与を始めとする徹底的な生体改造手術を施しても再起には二年半の歳月を要した。

 そんな因縁浅からぬ相手が敵ならば、このような鋭い眼差しになるのも人情だろう。

「一介の特命遊撃士として連中と矛を交えていた頃と比べて、私の首の値段も随分と高くなりました事。これは光栄と思うべきかも知れませんね。」

 そうして手にした扇子を軽くあおぎ始めた和碩親王妃殿下だが、それが数多の不穏分子を葬ってきた鉄扇であり、彼女が今日もなお往時と変わらぬ鉄扇術の技量を維持している事もまた厳然たる事実だった。

「そして紅露共栄軍の思想的後継者は黙示協議会アポカリプスの二世信者から技術提供も受けており、手長トロールという審判獣への変身能力を有しておりました。」

 バイオテクノロジーや移植手術を駆使した改造人間を生物兵器として運用するテロリストは少なくないが、黙示協議会アポカリプスの審判獣は外見的特徴の類似する西欧と東洋の神話怪物を融合させた命名方式を取るのが特徴だった。

 仏教における地獄の獄卒とギリシャ神話の獣人を掛け合わせた牛頭鬼ミノタウロスに、「山海経」に記述のある大蛇とギリシャ神話に登場する蛇の怪物の特徴を併せ持つ巴蛇ヒュドラ。

 そのいずれも、厄介極まりない相手だった。

 今回確認された日本の妖怪と北欧神話の妖精の特徴を併せ持つ手長トロールがそれらに負けず劣らずの危険な生物兵器である事は、回収された残骸の解析や資料映像が雄弁に物語っていた。

 私達が現役だった頃なら、高い破壊力を持つ個人兵装を装備した特命遊撃士を複数人と下士官である特命機動隊の一分隊という規模で対処すべき相手だった。

 しかし時代は確実に動いているし、次世代は確実に育っていた。

「教団壊滅から二十年以上の歳月が経っているというのに、未だ審判獣という生物兵器に拘り続けているとは…宗教的妄執とは全く因果な物で御座いますね。支局長閣下も和碩親王妃殿下も、そう思われません事?」

「仰る通りです、生駒英里奈伯爵。されど孫子の言葉に『敵を知り己を知れば百戦危うからず』とありますように、相対する敵の力量を見誤らず且つ自分と仲間の力を正しく信頼出来るならば、決して危機に陥る事なく勝利の栄光を掴む事が出来るのですよ。今回こうして私達の娘達が、見事な連携で手長トロールを撃破したように。」

 中華王朝禁衛軍の機動大隊長である愛新覚羅仁美(アイシンギョロ・レンメイ)公主殿下と、堺県第二支局所属の特命遊撃士である生駒喜里子(いこまきりこ)大尉。

 容姿から戦闘スタイルに至るまで若き日の母を完璧に継承した二人の少女士官は巧みな連携で互いの力を引き出し、あの危険な生物兵器を完封して葬り去っている。

 鉄扇で豪腕を粉砕した敵の身体を特殊弾頭で更に破壊した仁美公主殿下の優れた近接格闘技術は、日本人では史上初の巴図魯として武名を轟かせた母の背を見て学んだ秘技だ。

 そして功夫(クンフー)の蹴り技で洋上から蹴飛ばされた手長トロールの身体を神戸の波止場からレーザーランスで照射した破壊光線で消し飛ばした生駒喜里子大尉の精密射撃は、同席している伯爵閣下がまだ「生駒英里奈少佐」と呼ばれていた頃の戦闘スタイルの応用でもある。

 二人とも優秀な後継者に恵まれたのだから、実に幸福と言えるだろうな。

「そしてアポカリプスの二世信者も足長チャングゥーレンという審判獣に変身しましたが、こちらも箕面茅乃(みのおかやの)上級大佐率いる人類防衛機構の部隊により撃破されております。」

「流石は教導隊時代の支局長閣下の教え子…変わらずに素晴らしい戦果を挙げられているようで何よりで御座います。」

 伯爵閣下の気品に満ちた微笑に、私も思わず口元が緩んでしまう。

 そうだった…

 優秀な後継者に恵まれている点では、私も二人には後れを取っていないらしい。


 かくして新たに判明した情報の共有は滞りなく進んでいき、本題である人類防衛機構極東支部と中華王朝禁衛軍のリアルタイム情報共有プロトコルの一段階引き上げと次回の合同軍事演習における連携戦法の強化の取り決めも、満場一致でスムーズに裁決された。

 そして論議が一段落した頃合いを見計らい、口を開いたのは和碩親王妃殿下だった。

「和歌浦マリナ支局長、生駒英里奈伯爵。今後の我々の方針も、こうして無事に定まりました。それでは今からは、此度のワーキングランチのもう一つの目的を達成すべく努力しようではありませんか。御両人も、意義は御座いませんね?」

 国姓妃のこの問い掛けに、私達二人は小さく頷きながらグラスを掲げるのだった。

「それでは私達の変わらぬ友情を祝して、乾杯!」

 この一言を合図に、私達三人のスイッチは切り替わったのだ。

 公人から私人へと。

挿絵(By みてみん)

「どうだい、ちさ?中華料理を日常的に食べている身の上だと、フランス料理は気分転換に良いんじゃないか?」

「然りだよ、マリナちゃん!この鴨の冷製なんか、サッパリしていて良い感じだよね。ワインとの相性も最高だよ。」

 屈託のない無邪気な笑顔は、あの頃と何も変わらない。

 巴図魯(バトゥル)でもなければ和碩親王妃でもない、日本の何処にでもいる当たり前の少女士官だったあの頃と。

「勿論、こないだ英里奈ちゃんにご馳走して貰った京懐石の鱧落としも美味しかったよ。梅肉との相性が良くてね。それと純米酒を一緒にやったら、もう堪えられなくて…」

「まあ、千里(ちさと)さんったら…千里さんに御満足頂けて、料理長も喜んでおりましたよ。」

 そうして話を振られた英里の方も、戦国武将の血を引く華族令嬢としての誇りを胸にレーザーランスを振るう少女士官だった頃の声色と表情にすっかり戻っていた。

 立場のある大人になると、子供時代のような友情に立ち返る事が出来ない。

 そういう考えが市井では一般的だそうだが、それは公私の切り替えがスムーズに出来るかどうかの問題だと思うんだ。

 そこへいくと私達は若い頃から特命遊撃士として、軍人と同級生という人間関係の切り替えに慣れていたからね。

 そうした感覚を共有し合えるのも、この末永い友情の由縁なんだろうな。

 その事を再認識出来たのも、もしかしたら今回のワーキングランチで得られた大きな成果なのかも知れないね。

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なんて落ち着かない食事風景! と思っていたら、公私の切り替えがすごかった(゜ω゜) 為べき事をして後は私人として、という事なんだろうけど、恐るべき切り替え力。
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