9.川で洗濯
「まったく……仙人使いの荒い娘だ」
たんまりと溜め込んだ衣を桶に入れて抱えた自称仙人がダラダラと山間の集落を歩いている。
「働けヒモ」
朝餉を腹いっぱいに詰め込んだあと、気分良く寝転んで歯間を竹串でチッチッと掃除していたら、采蓮に蹴り出された。
「衣の汚れくらいなんだというのだ。これなんてまだ着られる……」
山から引かれた小川の前で桶からスルッと一枚取り出して広げる。
「……あの娘……恥じらいというものはないのか?」
采蓮の下衣だった。
だが、さすが仙人と自称するだけあり、凌霄は照れることもなくしゃがみ込んで水につけた。
ゴシゴシと洗濯板にこすりつけて、熱心に洗う。
「これはどこまで擦れば正解なのだ?」
そんなことを独り言ちながら特に意味もなく水面を眺めた。
サラサラと流れる音は耳にも心地よい。
ふと川底がキラッと光ったような気がして目を凝らす。
「ん? あれは……針……か?」
細い針が刺さっている。
なぜあんなものが。誰か縫い針でも落としたか、となんとなく手を止めてそれを見つめた。
すいっと横を通り過ぎようとする小魚。
――それが、突然腹を上に向けて浮かび上がった。
「な……っ」
針の近くを通った魚が、死んだ。
その事実に、ある仮説が浮かぶ。
凌霄は勢いよく立ち上がり、洗濯物を置き去りにして駆け出した。
「娘!!!!」
バンッ! と戸口が開かれ、何事かと采蓮が顔を上げる。
「何事ですか……って、何を持って駆け回ってんだアンタ」
凌霄が采蓮の下衣を握りしめて目を血走らせながらハァハァしている。
傍から見たらだいぶヤバい。
「それどころではない。来てくれ」
「っ、ちょっと……!」
いつになく必死な形相にただ事ではない気配を感じ、戸惑う采蓮。
彼女の腕を掴み、ずんずんと先程の小川に戻る。
「娘よ。そなたにとって酷な頼みやもしれん。だが聞いてほしい。」
「なんなんです?」
「そなたの”眼”で、あの辺りを“視て”くれ」
「!」
采蓮は凌霄が言うニュアンスを正確に理解して目を見開いた。
この男は空気の読めないアホだが配慮を知らないわけではない。無理強いをするタイプではないとこの短い期間でも理解している。
「何か、あるんですね?」
「わからぬ。わからぬから“視て”ほしいのだ」
その素直な言葉に苦笑を漏らす。
「仕方ありませんね。これも貸し一つということで」
「よかろう。2倍にして返してやる」
采蓮は頷いて、すっと衣の袖で目元を覆い、瞼を落とした。
闇の帳の中に光の筋が流れ出す。
その中で、光の筋が妙な動きをしている場所を見つけた。
「……気が吸い寄せられていますね。
逆に、跳ね返されている気も見えます」
ふっと目を開けて顔を上げた。
そして困惑の表情を浮かべる。
「あれは……なんです?」
采蓮の言葉に、納得したように凌霄が頷いた。
凌霄の仮説は証明された。
「やはりそうか……恐らく、呪詛の類のものだろう」
「呪詛? ……誰が、なんのために?」
「そこまではわからぬ。だが、これで謎が解けたぞ。
私の力が使えぬのも、この辺りの気が乱れておるのもこれが原因だ」
「なら、あれを取り除けば……」
一歩踏み出した采蓮の肩を掴んで引き留める。
「やめておけ。触れればただではすまぬぞ」
「じゃあどうするんですか」
「ふむ……術者に解かせるのが手っ取り早いだろうな。
よかったではないか。人が原因とわかったのだ。あとは調べて元を断てば良いだけのこと」
“呪詛”という不穏な単語に体を強張らせていた采蓮だが、あっけらかんと話す凌霄を見て力が抜けてしまった。
「簡単に言いますね……っていうか、その調べるとか元を断つとか、まさか私も巻き込もうとしてませんよね?」
「ん?」
素晴らしい笑顔で首を傾げられた。
100人いたら1人くらいは失神してしまいそうなほど眩しい微笑みを向けられて、采蓮はむしろ半眼を返した。
「やりませんよ?」
「ん?」
(コイツ……)
イラッとして拳を握り込んだ采蓮に、慌てて口を開く凌霄。
「仕方ないではないか。私は今只人のようなものなのだぞ? そなたが頼りなのだ。
なっ? なっ?」
両手を組みながらうるうるした目で見つめてくる。あざとい。
知ったことかと勢いで口から出かかった。
だが正直なところ、こればっかりは采蓮にとっても無関係な話ではないのだ。
「……はぁ……わかりましたよ。
私だって、こんな不気味な川の近くに住み続けるなんてごめんですし、その為に移住するなんてもっとごめんです。それに……」
言葉を切ってじろっと凌霄を見上げる。
「いつまでもヒモに居座られるのものごめんなので」




