8.はじめてのおつかい
「いや、無理でしょ」
朝の爽やかな空気に、采蓮の冷めたツッコミが冴え渡った。
「いや、できる。できると言ったらできるのだ。いいからその籠をよこせ」
事の次第はこうである。
バクバクと勢いよく飯を食うどこかのヒモのせいで、食材の減りが異様に早い。
采蓮は村の朝市に向かおうとしていた。
そうしたら、この男が「私が行く」と言い出したのだ。
これはもう、譲る気はなさそうである。
はああぁぁ〜〜〜
采蓮の深い深い溜息が響き渡った。
「わかりました。じゃあこれ。」
凌霄の手のひらに銭袋を置く。
「いいですか? 必要なのは大根と干し肉です。余計なものは買ってこないでくださいよ」
「任せておけ。完璧にこなしてみせよう」
凌霄は得意げに銭袋を腰に下げ、意気揚々と出かけていった。
そして采蓮はというと……
「……よし、行くか」
ハラハラしながら家で待つつもりなど毛頭なかった。
あのポンコツがまともに買い物をできるなど、はなから考えていない。
采蓮は密かに後をつけ始めた。
案の定というか、凌霄はまだ家からそう遠くない道端にいた。
しゃがみ込んで、地面をじぃっと見つめている。
「そなたらにもわかるか……」
蟻の行列に真面目な顔で話しかけている。
(何やってんだほんとに……)
ようやく立ち上がったかと思えば、数歩進んだだけで今度は村娘たちに見つかって群がられている。
「凌霄さまぁ〜〜♡」
「今日は采蓮は一緒じゃないんですかぁ?」
「うむ。今日は買い出しを任されてな」
大したことを言っていないのに「きゃあ〜♡」と歓声が上がる。
(…………)
采蓮がジト目を向けている間に村娘達に手を振って別れた凌霄は、今度は村の婆さんに捕まっていた。
あの男の美貌は世代を超えて女を吸い寄せるらしい。
「おお……なんと……ありがたや、ありがたや……」
老婆が跪いて凌霄の足元に饅頭をそなえ、拝んでいる。
「ふふ、そなたよくわかっておるではないか。」
凌霄は自分の徳の高さが滲み出ているものと勘違いしているらしい。
満更でもなさそうな顔で供えられた饅頭を頬張った。
(食うんかい)
そろそろツッコミに疲れてきた……
采蓮がそう思っていたところで、ようやく凌霄が目的の朝市にたどり着いた。
「婦人よ、大根をくれ」
凌霄が極上の笑みを向けると、店主のおばちゃんが一瞬魂が抜けたようにポカンとする。
「……ハッ、
あんたが噂の采蓮とこの!? あらまぁ、ほんとに男前だねぇ! このまま天に召されるかと思っちまったよ!」
「ふふ、まぁな」
一切の謙遜をせず文銭を払って大根を受け取る凌霄。
それを物陰から監視していた采蓮は、眉を寄せた。
(大根一本で二文? ボッタクリだろ)
買い物を終えた凌霄を見送り、彼が角を曲がって見えなくなったのを確認して、采蓮はサッと店先に歩み寄った。
「おばちゃん、今の……さすがに高くない? 一文でも高いよ」
おばちゃんがキョトンとして采蓮を見上げた。
「あら? あんたんとこの男前が来たばっかだよ。あんたあの人と、一体どういう関係だい? 従兄弟って聞いたけど、本当なのかい? 大体ね、顔がいい男ってのは……」
おばちゃんのマシンガントークが始まりそうになったので慌てて遮る。
「そんなことはいいからさ。大根の値段」
おばちゃんは話の腰を折られて少し不服そうな顔をしてから、深く、重いため息をついた。
「……高くなんてないさ。今年は不作なんだよ。どこの畑も、まともなもんが育ちゃしない。これで精一杯なんだ。文句があるなら買わないどくれ!」
「不作……そっか、ごめん。わかったよ」
その後、采蓮が家に帰ると先に帰宅していた凌霄が呑気に出迎えた。
「娘よ、どこに行っておったのだ。ほら見ろ、ちゃんと買ってきたぞ!」
ドヤァ、と籠の中身を見せてくる。
「……大根と干し肉だけって言いましたよね?」
何やら他にも芋だのきのこだの入っている。
その言葉に待ってましたとばかりに凌霄が胸を張った。
「もらったのだ」
「うわぁ……」
まさか、ずっと美の無駄遣いだと思っていたこの男の顔がこんなところで役に立つとは。
だが、感心するより先に引いてしまった采蓮である。
(とりあえず、今後の買い出しはコイツにさせよう)
2/23改稿しました。




