7.本物っぽい
光の筋のぶつかり合いは日に日に増えていった。
この光はとても弱く、明るいところでは見えない。更に、采蓮が別のものに意識を向けた途端に見えなくなる。
暗ければ暗いほど、なんならまぶたを閉じたり布団を被ったりして真っ暗になったときほどよく見える。
だからいつもこの光が見えるのは夜眠る前の時間だ。
バチバチとぶつかり合う違和感のせいで、普段ならすぐに意識の外に追いやれるそれがいつまでも気になって眠れなくなる。
采蓮は慢性的な寝不足に悩まされるようになった。
くまを浮かべてどんよりと朝餉を食べている采蓮を見て、それまでガツガツと飯をかきこんでいた凌霄が手を止めて眉をひそめる。
「ふぉなは、ひゃいひんねふれれおらんらろう(そなた、最近眠れておらんだろう)」
「汚ねーな」
口いっぱいに頬張ったまま話す凌霄に「飲み込んでください」と窘めた。おかんか。
「まぁ、そうですね……」
凌霄はごくんと飲み込んでから箸を持った手で自らの胸を叩く。
「家事は私に委細任せよ。そなたは寝ておればよい」
不安すぎるその申し出に、普段ならば何かしらツッコんでいただろう。
だが采蓮はただ瞳を伏せて物憂げに告げた。
「あんまり目を閉じたくなくて……」
「なに?」
その言葉に、凌霄の瞳からふざけた色がふっと消えた。
彼はおもむろに采蓮の頬へ手を伸ばすと、逃がさないようにその顔を上向かせ、至近距離で瞳の奥を覗き込んできた。
「そなた……瞳の裏で、なにか“視えて”おるのか」
「…………」
その声は低く、探るような響きを孕んでいる。
采蓮は、すべてを見透かされてしまいそうなその視線から、顔を背けて逃れようとした。
「おい、なぜ黙り込む」
「急に真面目ですね。普段ふざけてるくせに」
「茶化すな」
黒曜石の瞳が真剣に煌めく。
(真面目な顔すると本当に美男だな)
間近に迫る凌霄の顔を見て、ぼんやり思った。
頭がまわらない。
「この目が、きらいなんですよ。
……わたしが人間じゃない証だから」
寝不足で意識が緩慢になり、誰にも話したことのない本音が采蓮の口から零れ落ちた。
「私ももはや人間ではないぞ」
そういうことじゃねーよ。
と思うが、眠くてツッコむ気力もなく、乾いた笑みが浮かんだ。
「そりゃ……300年近く生きてる道士様と比べられましても。
それに、私は望んでません。この"目"を」
采蓮の弱々しい拒絶を受け、凌霄の手のひらが頬から離れていく。
「そうか……如何に美しかろうと、そなたが望まぬのであればそれは過ぎたものなのだろう。
無理に聞き出すことはすまい」
だが次の瞬間、凌霄が徐ろに立ち上がり、采蓮の腕を掴んで寝台まで引きずるようにして連れて行く。
そして、まるで子供を抱っこするように抱き上げてそこに座らせた。
「寝ろ。」
有無を言わさぬその響きに、采蓮はムッとする。
「だから眠れないんですって」
「その目が原因であればしてやれることはある」
そう言ってぺちっと采蓮の額に札を貼り付けた。
「魔除けの護符だ。本来は妖や霊魂といったものの目眩ましに使うものだが、そなたの目にも効くだろう」
いきなり札を貼られて面食らった采蓮だが、半信半疑で目を閉じてみた。
(なにも、見えない……)
驚いた。生まれてこの方、目を閉じれば光の筋が飛んでいるのが当たり前だった。
これはこれで違和感はあるが、目の前で光が弾け合うよりはずっとマシだ。
「道士様、本物っぽい」
「本物だが!?」
(ああ……すごく……眠い……)
久しぶりの安寧に、采蓮の意識はすぐに落ちていった。
――その安らかな寝顔を、凌霄はしばらく無言で見つめていた。
「……なるほど、”気”か」
そう呟いて、彼は彼女に貼り付けた護符を剥がす。眠れてさえしまえばこれはもう邪魔にしかならないだろう。
「さて……家事を片付けるか。
ふふ、起きた娘が感動に咽び泣くさまが今から見えるぞ。」
凌霄は気合を入れて腕をまくった。
その結果は――
「まぁ、こうなるでしょうね」
しっかり眠れたことでいつもの調子を取り戻した采蓮が冷めた目で床に広がる惨状を見下ろす。
「いや、その……簡単だと思ったのだが……」
鍋は焼け焦げ、床にひっくり返されて中身が散乱している。
なんかぷよぷよしているのだが、このダークマター。きもい。
「はぁ……ほら、片付けますよ」
しゃがみ込んで鍋を拾いあげる。
凌霄はしょんぼりと肩を落としている。
「うぅ……私の計画が……」
「はいはいよしよし」
その晩は二人で保存食を食べた。
味気ないはずの保存食が、なぜだか美味しく感じたのは采蓮だけの秘密である。
……などと、思った事もあった。
この時の采蓮はまだ、この仙人に備蓄を食いつぶされることになるとは思っていないのだから。
2/23改稿しました。




