5.ファンミーティング
(……美の無駄使いにもほどがあるだろ)
せんべい布団からはみ出た長い脚。朝日を浴びて発光しているような白い肌。
昨夜、粥を完食した後に「うぅ……穢を取り込んだせいで体が重い気がする」とぽっこり膨れた腹を擦りながら抜かしていたこの男は、どうやら本気で居座る気のようだった。
「……起きてください、道士様」
「ん……。む、娘よ……。朝餉か? 昨夜の粥に、もう少し塩気があればなお良いのだが……」
「叩き出されたいんですか?」
寝癖すらも神のいたずらとでも言わんばかりに気だるい色気を無駄に振りまいていた凌霄がハッとして居住まいを正す。
「それは困る。そなたへの礼がまだだ」
「帰ってもらえればそれがお礼ってことで……」
「それでは道理が通らぬ」
「チッ」
「!!」
采蓮の舌打ちに「また……また……」と涙目になって床にのの字を書いている凌霄。
采蓮はそれを完全にスルーして話を軌道修正した。
これは大事な話なのだ。
「いいですか。ここに居る以上、決まりを守ってもらいます」
采蓮がぴっと指を立てて突きつけると、何故か自信満々に胸を張る自称仙人。
「よかろう、私は厳しい戒律を守り抜いてきた男だ」
「どの口が言ってんだ。」
「まず、私の許可なく勝手に出歩かないこと」
「それは承服しかねるな。私がなぜ力を失ったのか調べねばならぬ」
やたらもっともらしい顔で言ってきた。
(余所でやれ余所で……!)
「あなたみたいな無駄にキラキラした男がうろついてたら、村の連中が騒ぎます。私は静かに暮らしたいんですよ。」
「私も騒がしいのは好かぬ。安心しろ」
全然安心できない。むしろフラグだろそれ、と采蓮は遠い目になった。
壁のシミを眺めて無意味に数えそうになる。
しかし、凌霄は言い出したら聞かないと昨日一日で嫌というほど思い知らされているのだ。
采蓮は事前に妥協案を用意していた。
「わかりましたよ……
ではあなたは私の“遠方から来た、世間知らずの従兄弟”です。いいですね?」
「えー? 私は俗世から離れ二百八十九年もの間修行し「出ていってもらっていいんですよ」
「はい」
ふぅ、と息を吐いて目の前の美丈夫の皮を被った駄犬を見つめる。
「とにかく、働かざる者食うべからず、です。家の裏で薪でも割ってきてください。」
「薪割りか……。よかろう、仙術を使わずとも、それくらい造作もない」
凌霄はフッと笑って立ち上がり、優雅な仕草で斧を手に取った。
軽快な足取りで戸口をくぐって行く。
(まぁ、家の裏なら人目につかないし……大丈夫だろう)
――それが間違いだった。
半刻ほど経った頃。
小屋の中で保存食の整理をしていた采蓮の耳に、何やら騒がしい声が届き始めた。
(……まさか)
薪割りの音に混じって、「きゃぁー!」「こっち向いてー!」という、この静かな山村にはおよそ不釣り合いな黄色い歓声が響いている。
「ふっ」
パッカーン!と乾いた音を立てて薪が割れた。
凌霄は、少し汗ばんだ首筋をなぞり、乱れた黒髪をサラリと払ってみせた。
ただそれだけの動作に、人垣を作った村娘たちが「ひゃあああ!」と身悶えしている。
「…………」
采蓮の目が死んだ。
「お、来たのか。見ろ、これが普通の反応というものだぞ?」
采蓮の姿を見つけた凌霄がにこやかに近づいてくる。
先程の「安心しろ」発言が見事フラグ回収された瞬間である。
村娘達が目を光らせ、采蓮に詰め寄ってきた。
「采蓮!!」
「この方は!?」
「どういう関係!?」
こうなることはもはや予定調和だったのだろう。わかっていた。
そんな諦念を浮かべながら村娘達に愛想笑いを浮かべる。
「遠方の……従兄弟で。少しの間居候することになったんだ」
「「「同棲!?!?」」」
彼女たちの目がギラついている。
「従兄弟だから。別に何もないよ」
采蓮はじりじりと後ずさる。
のんきにヘラヘラしている凌霄の腕をグイッと掴まえ、呼び止める声を振り切って一気に家の中に駆け込んだ。
後ろでまだ騒ぐ声は聞こえるが、とりあえずはもう大丈夫だ。
扉に背を預けて肩で息を吐く。
そして――
「おすわり」
極寒の視線で凌霄に命じる采蓮。
凌霄は反発した。
「なっ……娘、私を犬のように、」
「お す わ り」
吹きすさぶブリザードの様な声と視線に凌霄は震えた。
2/23改稿しました。




