38. はい、捕まえた
「な、何だコイツ!? どっから出てきやがった!?」
「怯むな! やれ!」
恐怖を紛らわすような怒号と共に、男たちが一斉に飛びかかる。
采蓮は突然姿を変えた凌霄に唖然としていたが、その野太い叫びで我に返った。
(やばい……っ!)
武器を手に迫りくる男たちに、思わず身を固くした。だが、衝撃は来ない。
凌霄が何をどうしたのか、采蓮の目には全く追えなかった。
ただ彼が静かに手を一振りした、それだけに見えた。
なのに、殺気立って襲いかかってきたはずの男たちが、糸を切られた人形のようにその場に力なく崩れ落ちていく。
叫び声も、争う音もなかった。
ただ、男たちが次々と床に沈んでいく。
(何が、起きてる……?)
呆然とする采蓮を余所に、部屋にはさっきまでの飛び交う怒号が嘘のような静寂が広がった。
一部始終を見て、術についての理解もある朱雀は分が悪いと悟ったらしい。
引きつった笑みを浮かべて後ずさり始めた。
「ちょ、忘れてへんよな? 俺のこと追っかけたらあかんで? 魂に刻んだ契約や。破ったらえらい目に遭うてまうよ」
朱雀に話しかけられ、采蓮はこの男の存在を思い出した。
凌霄が突然仙人として復活したことについてツッコみたいのはやまやまだが、一旦脇に置くことにする。
「わかってますよ。私達はあなたを追いません」
采蓮が素っ気なく答えると、隣で凌霄がむすっとした顔で口を挟んだ。
「娘よ、今の私ならそのちゃちな契約も解いてやれるぞ。このような不届き者、今すぐ捕らえて――」
「約束は約束ですから。
……それに、こんな悪党、“天が赦さない”んでしょう?」
「む……」
その言葉に、凌霄は何かに気づいたように口を噤んだ。
朱雀は采蓮の言葉にホッとしたように表情を緩めた。
「お姉さん、話がわかるやん。やっぱ人間、信じられるんは金と契約やで。
……ほな、さいなら〜」
朱雀が踵を返そうとした、その時だった。
「はい、捕まえた」
「はい?」
不意に背後から肩を叩かれ、朱雀の動きが凍りつく。
「えっ!? なんやあんた、どっから出てきたん!? え!? 誰!?」
「天仙の景朔様です」
采蓮が淡々と答えた。
「……ちょっと来るのがギリギリすぎませんか?」
「真打ちはギリギリに登場するものかと思いましてねぇ」
のんびりと会話する二人に、朱雀は裏返った声を上げた。
「はぁ!? 天仙!? 仙人が二人もおるとか聞いてへんぞ!」
「言ってませんから」
「ちょ、お姉さん! コイツも止めて! 契約……!」
「嫌ですが? 私の契約は、私とこっちの人(凌霄)だけの話でしょ」
「な……コイツが来るのわかっとって契約に乗ったんやな!? せこぉ!」
景朔に首根っこを掴まれ、ジタバタと暴れる朱雀。
采蓮はその前にゆっくりと歩み寄ると、静かに袖をまくり上げた。
「……さて」
「なんや、その顔……お姉さん、目が笑うてへんよ?」
「これは、うちの村の分」
ゴンッ、と鈍い音が響く。
采蓮の拳が、朱雀の頭に真っ向から振り下ろされた。
「いったぁぁぁ!? 何すんねん!」
「これはムカつく天仙に振り回された分」
「ヒモに居座られた分」
「芋の村の分」
「寒かったあの村の分」
「それから……寧寧ちゃんの分」
「いたいいたい、頭かち割れてまう!」
「かちわれろ」
「なんやねんあんた!」
一発殴るごとに、これまで溜め込んできた憤りが拳に乗って飛んでいく。
「色々見てきたし、ずっと腹が立ってたんですよ」
静かに握り締めた手を震わせながら息を切らす采蓮の横で、景朔が感心したように、そして余計な火種を投下するように呟いた。
「あ、ちなみにお嬢さん。この人、あなたと同じ”まじり”みたいですよ」
采蓮の手が止まる。
朱雀は涙目で頭を抱えながら、きょとんと采蓮を見上げた。
「なんや、お姉さんも”まじり”なん? お仲間やんか」
「お前と一緒にすんな」
冷たい一喝に、朱雀は一瞬だけ、糸のような目をさらに細めた。
「あぁそうか……あんたは、こんな泥臭い世界におって、ずいぶん綺麗に生きられたんやな。羨ましいわ」
ふいに朱雀がこぼした、自嘲気味な笑み。
采蓮は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに無表情のまま、もう一度その頭をゴンと殴りつけた。
「いったぁ……!」
「あんたがどんな生まれ育ちか知りませんけど、同情なんてしませんよ」
朱雀はどこか吹っ切れたように言い放った。
「いらんわ、そんなもん」




