36. あー!だー!
コロコロと干草が風で転がっていく。
乾燥しながらも謎の熱気に包まれ、埃っぽくて視界が悪い。
「見るからに治安が悪そうなんですが?」
村に踏み入る手前で采蓮は立ち止まった。
「そもそもここ、針はないんですよね?何しに来たんですか私たち」
景朔の勢いと凌霄のイキりにつられてここまで来てしまったが、今更ながらに「なんだこれ?」となっている采蓮である。
「針がなくとも歪みがあれば正す必要はある。大丈夫だ。万事私に任せよ」
凌霄は采蓮の手をぎゅっと握りながら真面目な顔で答えた。
お姉さんに手をつないでもらっている5歳児にしか見えない。
そして一歩踏み込んだ、その瞬間――
しゅるるる……
「ん?」
手を繋いでいた感覚が消えた。
采蓮が凌霄の方を見下ろす。
「……赤ん坊になってんじゃねぇか!! なにが万事任せろだ駄目仙人!!」
つい、大声でツッコんでしまった。
その声に反応してぞろぞろとガラの悪い男たちが姿を表し始めた。
「……しまった」
「あー、だー(馬鹿者め。大声を出すやつがあるか)」
「落っことしますよ」
にやけた面のいかつい男が謎の木の棒を片手に担いで近づいてきた。
「おぉ? なんだぁ? お嬢ちゃん、赤ん坊連れてこんな村にどうした?」
「ヒヒッ、こりゃいいぜぇ。高く売れるんじゃねぇか?」
村に入っただけでこれである。
何という場所に景朔は送り込んでくれたのだ。
采蓮の内心でふつふつとあのヘラヘラした天仙に対するヘイトが溜まっていく。
「あー! だぁー!(娘よ! ここは私が!)」
一生懸命ちぎりパンのような腕をブンブン振り回している凌霄は、今の采蓮にとってはただただ邪魔くさいだけだった。
「暴れないでください。本当に落っことしますよ」
逃げようと後ずさったところで、後ろから肩を掴まれた。
「おっと、逃がすわけ無いだろ? いい金になりそうなモンが自分から飛び込んできたんだからよ」
采蓮は諦めた。
(今は無理だ。どう考えても逃げ切れる状況じゃない……
おとなしく捕まって、逃げ出す機会を探るしかない)
大人しくなった采蓮の腕を、下卑た目つきの男が後ろ手に捻り上げた。
「へへ……そうそう。いい子だ。大人しくしてりゃ痛い目にはあわせねぇよ」
そう言いながら采蓮を後ろから押して歩かせる。
凌霄はとっくに取り上げられていた。
「あーうー! だ! だ!(はなさんか! この! この!)」
「威勢のいいガキだな。コイツなかなかいい面してるぜ。かなりいい値がつきそうだ」
凌霄の赤ちゃん語が虚しく響き渡る。
二人は汚らしいアジトらしき場所に連れ込まれた。
既に人攫いの前科があるのか、ご丁寧に木製の格子がついた牢のようなものが部屋の奥にある。
(え……これ、まずくないか……?)
この牢に入れられてしまったら自力で出られる気がしない。
采蓮の背筋を冷や汗が伝った。
「あの、」
「だめだめだめ〜。お前はここに入る以外にないんだよ。」
采蓮が何か言う前に顔に傷のある男が遮った。
「まぁ……お嬢ちゃんが俺たちの相手をひとりでしてくれるってんなら話は別だけどよぉ……?」
「すいません何でもないです入ります」
臭い息を顔の近くで吐きかけられて、采蓮は逃げるように自ら牢の扉をくぐった。
(最悪だ……)
ゲラゲラと笑っているむさ苦しい男たちを横目に見ながら、采蓮は牢の奥で膝を抱えた。
「だー、あー。うー(案ずるな、娘よ。私がなんとかしてやる)」
同じく牢に入れられた凌霄の小さな手が采蓮の頬に触れた。
「さっきから何言ってるかわかんないです」
「だぅっ!?(なんだと!?)」
薄暗い牢の隙間から射し込む光が、舞うホコリをキラキラと反射させている。
(なんでこんなことに……)
ごろつきが集まる村なんて、やはりただちょっと気が見えるだけでなんの力もない小娘が入れば格好の獲物になるだけに決まっていたのだ。
最初から薄々わかってはいたのに何故来てしまったのか。
采蓮は自分のバカさ加減に泣きたくなって膝に顔をうずめた。




