3.出会い③
采蓮の感情は怒りを通り越し虚無となる。
この男は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
「こんなボロ屋にあなたが寝る場所なんてありませんよ。それに、食事はどうするつもりです?
……というかそもそも、あなたの家は? ないんですか?」
この男、どう見ても身なりからして庶民ではない。
まさか本当に仙人というわけでもあるまいに。
「仙人に決まった住処などあるものか。
案ずるな。寝床など不要。床でも地べたでも構わぬ。それに、仙人は食事などせぬ」
得意げに胸を張る凌霄。
設定を頑なに守る目の前の不審者に、采蓮は胡乱な目を向けた。
(こいつ……まさかこの手口で女に貢がせてるんじゃ……いや、だったら家にはくるわけないか)
采蓮がそんな自問自答を繰り返していた、そのとき、
ぐぅ……
ばっとお腹を押さえる自称仙人。
「ふ、不要だ」
キュルルる……
説得力皆無な腹の虫がダメ押しでこだまして、采蓮の無言が凌霄を突き刺した。
「……そうですか。それなら安心ですね」
「本当に不要なのだ……先ほどから一体どうなっておる……」
自分のお腹を押さえながら絶望した様子の凌霄を尻目に、采蓮は山菜の入った籠を持ち上げた。
「では、私は“私の分だけ”夕餉の支度をしますので」
ぴくっと凌霄の肩がはねた。
「う、うむ」
采蓮が下ごしらえを始めると、後ろから覗き込んでくる気配がする。
再び感じた香の香りに眉をひそめる。距離が近い。
「何を作るのだ?」
「山菜の粥ですかね。簡単に腹がふくれます」
「ほう……」
采蓮が鍋を掻き回している間も、ずっと凌霄が落ち着きなく周りをウロウロしている。
「良い香りがしてきたな」
「そうですね」
粥を掬ってお椀に注ぎ入れる。ふわりと漂う湯気がまた食欲を刺激してくる。
「……食うのか」
「そりゃ、作りましたからね」
「う、うむ。それはそうだ」
采蓮が匙で粥をとると、やたら距離近く座る凌霄が身を乗り出してきた。
「……あの、食べにくいです」
「あ、ああ……すまぬ」
座り直しても、視線は采蓮の持つ匙から一切離れていない。
はふっ
ごくっ
采蓮が粥を口にするのと、凌霄が喉を鳴らす音がほぼ同時に響いた。
「うまいか? どうなのだ?」
「……」
(犬……)
飼い主から待てを言い渡された犬そのものである。
わかりやすすぎる態度に、スルーしきれず根負けした采蓮は椀を差し出した。
「食べますか?」
「えっ」
目に見えて凌霄の瞳が輝いた。
だがそれもつかの間、ぐっと唇をかみしめて苦渋に満ちた顔をする。
無駄に悩ましげで鬱陶しい。
「いや、だめだ。食事は穢れを溜める。」
「そうですか」
采蓮があっさりと引いて再び食べ始めようとするのを見て凌霄が慌てた。
「あっ……やっぱり、ひとくち……だけなら……」
それが終わりの始まりだった。(完食した)
*****************************
その日の晩。
たらふく食べた凌霄は流石に気まずかったのか、「今度こそ寝床は不要」と勝手に地べたに寝転んだ。
このときにはもう采蓮は追い出すのを諦め始めていた。
なんというか、この男は毒気を抜かれるのだ。
好きにさせていた采蓮だったが、何やら寒そうに体を丸めて手足を擦り合わせているのが目の端に入り込んでくる。
「くちゅんっ」と乙女のようなくしゃみまで聞こえてきて、無言で布団を出してやった。
もはや何も言うまい。
「おお……ぬくい。これはいいものだ」
せんべい布団なのにご機嫌でぬくぬくする美丈夫の姿はいっそ哀れだ。
部屋数などない小屋なので同じ部屋に年頃(に見える)の男女が眠ることになるわけだが、相手はコレだ。
意識するだけバカバカしい。
采蓮自身も床について布団を被った。
――そうするといつものごとく、暗闇の中の、孤独を知らせる光が浮かび上がってくる。
2/23改稿しました。




